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第14話 秋の大討伐祭 後編

 ユーリたち一行が出発すると、キャンプは一気に閑散とする。

 昼に1回戻ってきて、今度は別の作戦区域を目指すそうだから、それまでにお弁当にしておくべきだろう。

「ジェイさんはどうしますか?」

 頭だけで後ろをふりかえると、天幕の中には自分しかいなかった。

「え、あれ?」

 おもわずキャンプイス(コの字型のフレームと布でできたアレ)から立ち上がる。

 身体ごとふりかえると、私の真後ろにジェイさんがいた。

「あービックリした。急にどこ行ったのかと思いましたよ」

「驚いたのはこっちだ」

 多分に呆れをふくんだ返答に、ちょっと恥かしくなる。


「それで、何がどうしますかなんだ」

「えーっと……なんでしたっけ?」

「聞くな」


「すみませーん」

 背後からの声にぱっと振り向く。お客さんだ。

「まだ大丈夫ですか?」

「はい?」

「あの、仲間からすぐに店じまいするかもしれないって聞いて、あわてて来たんです」

「ああ」

 どうやら、みかん箱のはったりを()に受けた客から、誤った噂が流されているらしい。


「急がなくても大丈夫ですよ。夕方まで居ますから」

「え? でも……」

 マティアスさんと同じ年頃だろうか、年上の男性客は、私の足元にあるみかん箱に目を向ける。

「そんなに商品があるようには見えないんですけど……」

「魔法を使いました」

「はぁ……」

 青年が釈然(しゃくぜん)としないようすで頭をかく。

「そんな魔法聞いたことないんですけど……」

「まあまあ。どうでもいいじゃないですか、些細なことですよ」

「はぁ……」

 まだ何か言いたげな青年に、内心舌打ちしながら他の話題を探す。


「ところで、仲間から聞いて、って言いましたか?」

「ん? うん、まあ」

「ひょっとしてこのお祭り、新しい出店って珍しかったりしますか?」

 私たちも店を出しているこの区画には、スリーピングシープを含めて15件ほどが天幕の軒を連ねている。

 その中で、わざわざうちが噂になるというのは、そういうことではなかろうか。

「いや、そんなことはないんじゃないかな。だいたい毎年来てるけど、コロコロ入れ替わるのなんかしょっちゅうだし。でも、君みたいな可愛い子がいる店はめったにないね 」

 意味ありげな視線を向けられて、反射的に営業スマイルを作る。ご用命はモテ薬ですか?


 最近の風潮だと、女性には美しい黒髪が求められている。

 極端な話、髪が美しければそれすなわち美人なのだ。

 その条件で言えば、毎日のように新作トリートメントの実験をしている私の髪が、そこらの娘に負けるわけがない。

「お世辞がお上手ですね」

「いやいや、ほんとだって」

 いくらおだてられようとも、表示価格未満での販売はしない。絶対に。


「そうだ。君、名前は?」

「人に名前をたずねるときは、自分から名乗るのがマナーですよ?」

 営業スマイルを貼り付けたまま返すと、妙な沈黙が落ちる。こいつ、他人の個人情報を聞き出そうとしておいて、自分は黙秘か。

「俺はジャック=サイモン。オール組で、今はひと休みして装備を整えているところ」

「スリーピングシープのメーディアです。ナーヴの西区B8ブロックで薬売りをしています」

「へぇ、メーディアちゃん、か」

 ジャック=サイモンの目が、好奇心でぎらついたように見えた。


「メーディアちゃんはこの仕事長いの?」

「そうですね……自分の店を持ったのはつい最近ですけど、調剤は10年やってます」

「……あれ? ひょっとして、メーディアちゃんが店長?」

「ええ」

「マジで!? てっきり売り子だと思ってた……」

 私が店長に見えないというのは、よく言われる話だ。とくに、マティアスさんと並んでいるとダントツ間違えられる。

 まあ、とくに不便があるわけでもなく宣伝効果もあるので、誤解を解かないままにしていることも、その認識に拍車をかけているのかもしれないが。

「ふーん、なるほどなー」

 ジャック氏の視線が、改めて商品に注がれた。その様子を静観しながら、この祭りの参加者、特にオール組における商品需要に考えをめぐらせる。


 秋の討伐祭は、幕営と野営を交互に繰り返して6日間行われる。

 たとえば普通の街娘が6日間の旅をするとしたら、毎日着替えられるように5日分の服を持って、一日の終わりには必ず宿場街に入り、宿屋で眠るだろう。

 はたして、冒険者が同じことをするだろうか。

 まずは服だが、冒険者は基本、荷物を抱えたまま戦闘をする。街中ならいざ知らず、多くの狩場と呼ばれる場所は治安が悪いのだ。旅をしている冒険者は、最寄の街で荷物を銀行に預けてから仕事に出ることもあるらしい。

 ユーリも、貴金属は最低限魔法を増幅する道具だけ、財布には大金を入れないようにしている。

 戦闘中も肌身離さず、となれば、大量に着替えを持って歩く余裕はないだろう。

 次に宿だ。普通の旅ならば宿場街に入って宿をとるだろうが、討伐祭の間はどうだろう。

 野営にしろ幕営にしろ、宿に泊まるように快適に眠ることはできないだろう。毎日汗だくになって狩り(または調査)をして、天幕を張って装備を手入れして寝て起きて。そういう生活をする場合、何が必要だろう。


「うーん、とりあえずこの傷薬を1つ」

 客の言葉に、考えていたことをいったん棚に上げる。

「はい、まいど」

 手早く紙袋に包み、代金と引き替えに渡す。

「ね、また会えたりしないかな。俺、もっと君の事が知りたいんだけど」

 下心満載のセリフに、とりあえず営業スマイルを返す。

「今度、私のお店に遊びに来てください。ナーヴの西区B8ブロックにありますから」

「あはは。じゃあ討伐祭が終わったらさっそく行こうかな」

「お待ちしてます」

 一礼してジャック氏を見送る。やれやれ、おしゃべりな客は肩がこる。


「そうだ、ジェイさん。お昼ごはんなんですけど……」

 振り返った先には、おもいのほか険しい顔をしたジェイさんが立っていた。

「ジェイさん?」

「今の客……」

 ちらと広場の方を見ても、もうジャック氏は見えない。

「おしゃべりな人でしたね」

「カタギには見えなかったな」

「え」

 穏やかでない発言に、ちょっとビビる。

「……普通の、どこにでもいる感じの人でしたけど」

「そう見せているんだ」

「へぇ……」

 最初の軽いショックが抜けると、今度はむくむくと、形容しがたい感情がわいてくる。


 ついさっきまで自分と話していた相手が、実は裏社会の人間だったとして。それはどれほどの事なのだろう……?

 街を歩けばいろんな人にすれ違う。冒険者や学者、学生に、警吏、水商売の女。その中に人買いや殺人犯が混ざっていたとして、それがどれほどの事なのだろう。


「……すまない」

「なんで謝るんですか?」

「俺が悪かったから、その怖い顔をやめてくれ」

 ぱっと両手で頬を隠す。いや、これでは意味が無い。手を移動して目元を隠す。

「……先に謝るの、卑怯です」

「怒ったのかと思った」

「怒りません。これくらいで」

 自分で作った目隠しの向こうから、すこし息をつく気配が伝わってくる。

 ため息……というには、なんだか生温かい。例えるなら、子供の失態をやれやれと笑う、あの雰囲気に似ているだろうか。

「昼にするか」

「……そうですね」



 昼食の後、午後からの営業をマティアスさんに任せ、冒険者で賑わう幕営をすこし見学する。

 ジェイさんも同行すると言っていたのだが、売上金や商品のある仮設店舗をマティアスさん1人に任せるわけにもいかず、結局ひとりぼっちの自由行動となった。べ、別に寂しくなんかないやい!!

 まあ、祭りとは言ってもほとんど仕事なのだろう。騒ぐことなく粛々と準備と休憩をこなしている冒険者が目立つ。

 考えてみれば、全行程7日間の大仕事だ。はしゃいでいる余裕はあまりないのだろう。となると、所々で騒いでいるのはスポット組だろうか。彼らの周辺だけがかろうじて祭りの体裁を保っている。


「こんにちは」

 真後ろからの言葉に、足を止める。

 なんとなく自分が呼ばれた気がしたのだが、あたりに見知った顔はない。気のせい……いや、勘違いだろうか?

 周囲を順繰り見わたして後ろを向くと、1人の男と目が合った。

 年のころは私と同じぐらいだろうか。染めたらしい明るい茶髪に、見た目重視な片手剣が、若者らしい活気とともに、軽率な印象をあたえている。

「こんにちは」

「あ。えっと……」

 たっぷり10秒ほど見つめてやっと、今朝ジェイさんを尋ねてきた男のことを思い出す。


「君、今朝見た薬屋の店主だろ? ちょっと話し相手になってくんない?」

「えーっと……人違いです、たぶん」

 なんとなくやっかいごとの臭いをかぎとって他人のふりをする。

「のど渇いてない? おごるよ」

「いえ、間に合ってます」

 右手を肩の高さまで上げて遠慮のジェスチャーをしながら、できるだけ素早く身をひるがえす。


「君の用心棒について、ちょっと話しておきたいことがあるんだよね」


 立ち去りかけていた足が、自然と止まった。

「お茶しない?」

 しぶしぶ振り返ると、茶髪の彼は人の悪い笑顔を浮かべていた。



 たったあれだけのセリフでナンパされてしまった自分のチョロさを、大地にひざまずいて嘆きたい。嗚呼。

 露店で売っていた温かい甘茶をごちそうになりながら、休憩テントの長椅子に2人で座る。

「それで、話って言うのは?」

「んー……君さ、用心棒の彼の事、どれぐらいわかって使ってるわけ?」

「は?」

 いきなり明後日の方向から来た質問に、頭の中でハテナマークが踊る。

「俺さ、あいつと同族っていうか……同郷? だから知ってんだけど、あいつメチャクチャ強いハズなんだよね。そういうの聞いてる?」

 自分の記憶をさかのぼって、ジェイさんについて聞かされていること、知っていることを思い出してみる。


 そういえば、マティアスさんから紹介されたとき、騎士団に匹敵する戦闘力を持っている、みたいな説明をされたような……。

「本人からはとくに……」

「ふーん……」

 気のない返事をしながらも、彼は得心顔だ。

「やっぱ隠してるってことか。そっか」

 うんうんと頷いて、なんだか1人で勝手に納得した様子。

「やっぱり、だけじゃあわけが分からないので、私にも説明してほしいんですけど」

「いやいや。本人が秘密にしたがってるのに、俺が教えるのはマナー違反でしょ」

 む、確かに……。


「そうだな……俺に言えるのは、あいつの強さを過信しないでくれってことかな」

「それはどうして?」

「力には代償がつきまとうもんだよ。とくに俺たちは、支払える代価は払わないと気がすまないらしいから」

 彼は、飲み干したあとの紙コップを、テントのかどに置かれたくずかごへ放り投げる。パコンとふちでバウンドしたかと思うと、あんがいすんなりとかごの中へ消えていった。

「代価を払いすぎて素寒貧(すかんぴん)になったら、あとは凍え死ぬのを待つばかり、ってなもんさ」

 かるく肩をすくめて、苦笑いとも嘲笑ともつかない表情を投げて寄こす。

「別にあんたが用心棒を使い潰すタイプだとは思わないけど、もうちょっと、自分が何に守られてんのか、興味持ったほうが良いよ」

 言いながら席を立つと、そのままテントの外に向かって歩き出した。

「あの……」

「あんまり引き止めても悪いし、俺は退散するわ」

 振り向きもせず頭の上で手を振る姿が、人や荷物にさえぎられて見えなくなるまで、ただそこに座り続けていた。


 彼は最後“君”ではなく“あんた”と言った。

 自分が“誰に”守られているのか、ではなく“何に”守られているのか、と言った。

 彼は、ジェイさんの何を知っていて、ジェイさんとはどういう関係なのだろう。

 私は、ジェイさんの何を知っているのだろう。

 ジェイさんは、私に何を隠しているのだろう。

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