第13話 秋の大討伐祭 前編
大陸の東、東方諸国では、12月のことを師走というらしい。
年の終わりには、本来どっしり構えていなくてはいけない先生でさえ、走り回って苦労するほど皆が忙しい、という意味だそうだ。
コーニア公国では、冬は雪が深く都市間の移動がままならないため、年末年始はひっそりと過ごす。
魔法文明の復興で雪害が低減した最近でも、その風習は変わらない。
そういう事情で、冬のんびりできるかわりに、この国では秋が忙しい。
稲の刈り入れの季節であり、冬支度の季節なのだ。
ここコーニアにも師走という言葉があったなら、それはきっと9月を指す言葉だっただろう。
「秋の大討伐祭……?」
スリーピングシープのレストエリアに、ジェイさんの声が落ちる。
「はい。公国騎士団主催で、大都市付近の魔物を狩るんです」
「なんだってまた……」
「まず第1に、晩秋に作物を荒らされたり、人里を襲ったりしないように。第2に、街の人が冬篭りする際の物資の一挙調達。第3に、冒険者騎士団傭兵集団の交流のため、です」
「はあ……」
いまいちしっくり来ないという顔のまま、ジェイさんが首を傾げる。
「最近は生態系への影響がどうのっていって、討伐隊の半数が調査要員って話ですけど」
なぜそこまでしてまでも大討伐祭を続けているのか、私も詳しいことは知らない。
「で、ここからが本題なんですけど」
ジェイさんの隣に座ったマティアスさんに視線を向ける。
今は開店前の準備時間で、今日は特別ミーティングだ。
「我らがスリーピングシープも、大討伐祭にでしゃばりますよ」
「……はい?」
「なんだってまた……」
釈然としない2人に、こほんと咳払いしてみせる。
「大討伐祭では、冒険者を中心に組まれた猟団が、コーベニアを始点に、街道を時計回りに行進します。道中は基本野営ですが、3ヶ所仮設基地を作って幕営します。その内の1ヶ所がナーヴ……ここまでいいですか?」
ジェイさんがコクンとうなずく。
ちなみにマティアスさんのほうは、パブがらみで私よりも日程に詳しい。
「猟団は討伐祭3日目、ナーヴのすぐ近くに1日陣営をはって討伐にいそしみます。のこる旅程はあと3日。そろそろ薬が心もとなくなってきた、予想外に大きなけがを負ってしまった……はい、そこで登場するのが、魔法の薬屋スリーピングシープです。幕営の中で露天を広げて、仮設2号店しますよ」
「ああ……」
「なるほど」
2人がそろって、合点したとうなずく。
「それで、マティアスさんは当日、忙しかったりしますか?」
「いえ。パブは事前説明に使われるだけですから、当日は特に何も」
「よかった。じゃあ、午後からの販売員をお願いしますね。ジェイさんには、用心棒をお願いしたいんですけど……」
「わかった」
「ところで、猟団がナーヴに来る日以外は、何もしないんですか?」
「あんまり店を空けるのも、よくないですからね。事件が起こらないかぎり、討伐祭のあいだも平常運転、ということで。もちろん、パブの方が忙しければそちらに行ってもらってもかまいませんよ」
「いえ、大丈夫でしょう。人手がひとつ増えたところで、大差ありませんから」
「そうなんですか?」
その日の昼、ユーリが薬を買いに来た。
いつもの傷薬を、包んでわたす。
「討伐祭ですか?」
「そそ。あたし、初日のコーベニアからオールで参加するから」
討伐祭では、1小隊程度の騎士団と学会の調査員、それに数十名規模の猟団が国内を巡る。
この、ずっと参加する冒険者のことを、オール組というらしい。
「去年みたいに、スポット参戦すればいいんじゃないですか?」
「あたしはそのつもりだったんだけどさー、相方が『学会に知り合いがほしい!! ユーリも来い!!』って」
「なんてはた迷惑な……」
しかしはて……?
「冒険者が学会と顔見知りになって、何かいいことでもあるんですか?」
「んーまあ、ないこともないかな。ギルドに来る依頼の最大手だから、直接契約できればかなり強みになる」
「はあ……」
依頼と直接契約のつながりがわからなくて、つい今朝のジェイさんみたいな顔になってしまう。
「いや、だから……学会はギルドに、誰でもいいからこれやっといてください、って依頼しに来るの。で後日、ギルドから『誰某がやっておきました、はい報告書です』といわれる。なるほど誰某かへー。終了。それに対して直接契約なら、ちゃんと面と向かって依頼が来て、報告のときも冒険者が依頼した学者とか、ひょっとしたらもっと偉い人相手に直に話をするわけ。学会はより要望どおりの仕事をしてもらえるし、冒険者は自分の名前を売ることにつながるから、冒険者にとっては、学会へのパイプってけっこう大事なんだ」
「なるほど」
ひょっとして大討伐祭には、冒険者と学者の顔合わせ的な意味もふくまれているのかもしれない。
「ねえ……もうちょっとまからない?」
「無理してうちのを買っていくことないんですよ?」
「なに言ってんの。スリーピングシープに比べたら、市販薬なんて水みたいなもんじゃん」
「こらこら。関係者が聞いてたらどうしますか」
「それに、あたしのメーディアが作った薬ってだけで、愛されている自分を実感できる」
「ジェイさーん、お客様がお帰りですー」
大討伐祭3日目。
猟団は予定通り昨日の夕方到着し、町にほど近い丘の上にキャンプ村を設置した。
今日、辺り一帯を討伐・調査したら、もう一晩ここに泊まり、明日の朝一で出発するらしい。
なんともハードな旅程だ。
ギルドに指定された場所に、天幕をはって商品を並べる。
「祭りというだけあって、かなり活気があるな」
「ジェイさんは初めてですか?」
「ああ。屋敷では基本、無給で無休だったからな。たまの休みは狩りをしていた」
「……そういえばそうでしたね」
ジェイさんたちの元職場が、恐ろしくブラックだったことを忘れていた。
「実は、私も今年が初めてで、これが2回目なんです。春の大討伐祭に参加したんですけど、これの半分くらいの規模でしたよ」
「なるほど、この大人数を相手にするのは初めてか」
「頼りにしてますよ、用心棒さん」
「メーディア!!」
店をひらくのとほぼ同時に、ユーリが駆けつけてくる。
「会いたかったよメーディア!! やっぱり猟団は男むさい」
「はいはい、私もですよ。何買っていきます?」
「スマイルひとつ」
「お金払いますか?」
「そこは普通プライスレスじゃないの?」
「プライスレスっていうのは、仕入れ段階だけに許される言葉だと思います」
「ぐぅ……」
「まあ、冗談はさておき……残りの薬はどれぐらいですか?」
「最近メーディアが冷たい……んー、あと2回出撃したら危なくなる感じかな。予備には手を出さないにこしたことないよね」
「今日って何回相当なんですか? 他の日みたいに移動がないから、その分長く戦いますよね」
「何回相当って聞かれると難しいけど……2回弱とかそれくらいじゃない?」
「なるほど……」
並べた商品から、いくつか薬をみつくろう。
「これくらいでどうですか?」
「ん、オッケー。いくら?」
カチャカチャとコインをやり取りしながら、ちらとユーリの向こう、歩きまわる冒険者を見やる。
「日ごろから街で見かけますけど、こんなにたくさんいると、ちょっと怖いですね」
「ん? 冒険者のこと? まあ、見た目はいかついけど、けっこうフランクな集団だよ。下品だけどね」
会計の終わった商品を、ユーリがカバンに詰め込む。
「毎度どうも。出発は何時ごろ?」
「もう1時間もしたら出るよ」
「いってらっしゃい。気をつけて」
「ん、いってきます」
去っていくユーリの背中を、なんとなく見送る。
と、1人の男と目が合った。
年のころは私と同じぐらいだろうか。
染めたらしい明るい茶髪に、見た目重視な片手剣が、若者らしい活気とともに、軽率な印象をあたえている。
「ふーん、薬屋か。珍しいところで同族に会うな」
「は?」
どうぞく? この人は何を言っているのだろう。
サクサクと軽い足取りで近づいてきたかと思うと、私ではなく、ジェイさんに話しかける。
「やあ。君はスポット参加の人?」
「……違う」
「違う? オール組じゃあ見かけなかったけど……ひょっとして、本当に薬屋?」
大仰に目を見開いておどろく男に、ジェイさんがうんざりしたため息をはく。
「えっと……?」
「……話は向こうで聞く。メーディア、すこし離れる。何かあったら呼んでくれ」
「あ、はい」
ひょいと天幕と陳列台のすき間をぬけると、好奇心を隠そうともしない男をつれて、人のいない方に歩いていってしまった。
「ごゆっくり……」
1人で取り残されてしまった。ぽつーん。
「おい、ねーちゃん!!」
「は、はい!!」
横合いから怒鳴られて、思わず背筋をただす。
声の主は、50がらみの、立派なあごひげを蓄えたおじさんだった。
「困るんだよ、こんなところに店を出されちゃ」
「え、は……あの、ギルドからは許可を得ています」
「カーッ、ギルドのやつらは何にもわかっちゃいねぇ。毎年秋の大討伐祭、このエリアは俺の管轄って事になってんだ。それをあいつら、ことわりもなくこんな店入れやがって……」
頭の中で、何かのスイッチが入った音がする。
どうやら彼は、この祭りに昔から参加してる古参らしい。
見たところ、そこそこの発言力はあるものの、運営委員会からおうかがいを立てられるほどではなさそうだ。
「……なるほど、営業してはいけなかったのですか。それは存じませんで。ですが、こうして店は開けてしまいました。今回のところは、どうか見逃してはもらえないでしょうか」
陳列台の影、周囲からは見えにくい角度で、いくつかのコインを差し出す。
袖の下というやつだ。
おじさんはコインに気がついたのだろう、目算で金額を数え始める。
「……ふん、ここで折れちゃあ示しがつかねぇなぁ」
口では堅気そうなことを言ってはいるが、その顔には嫌なニヤニヤ笑が浮かんでいる。どうにも、もう一押し、手を打たせたいらしい。
「今回は早めに切り上げるつもりで、商品はあまり持ってきていないんです。これがはけたら、すぐにどきますから」
そういって、足元に置いた木作りの箱……いわゆるみかん箱を指す。
一抱えほどのそれはあまり大きくはなく、鉄を入れても30㎏にはならないだろう。
「そういうことなら、まあいいだろう。じゃましたな」
「いえ、ありがとうございます」
コインを受け渡すと、おじさんはしたり顔で戻っていく。
ジェイさんがいなくなったのを見計らって出てくるあたり、あざといというか、小物臭いというか。
……さて、皆様お気づきだろうか。
先ほど指したこの唯一の荷物。
実は無限カバンというか、無限コンテナになっていて、今日1日ではさばききれない量の商品が入っているのだ。
小娘の言うことをまんまと信じてしまった自称元締めのおじさんに、顔がにやけてしかたない。
こんなことしてないで、早く接客に戻らないといけないんだけど。
「……どうかしたのか」
「はっ、ジェイさん!! おかえりなさい」
「顔がにやけている」
「こ、言葉で指摘するのやめてくださいよ……」
赤くなる頬を、手で隠す。
「何があった?」
「ちょっと、古参の人に出店条件について忠告を受けまして。まあよくある話ですよ」
「……そうか」
「それより、ジェイさんのほうはどうだったんですか? あの人はお知り合いで?」
「いいや。初対面だ」
「それにしてはずいぶん……その、なれなれしい様子でしたけど」
「そういう性格なんだろう」
「何のお話だったんですか?」
「たいした事じゃない」
ぴしゃりと言い切ると天幕に入ってきて、今度はさっきよりも目立たない位置に陣取った。
「ジェイさん?」
「人目につく場所は苦手だ」
「あの、辛いようなら今日はもう……」
「いや。メーディアを1人にはできない」
真剣な目でかえされて、すこし心がざわつく。
脳裏には、ユーディット=コリンズから受けた“番犬”という言葉が、冷たくちらついていた。
せっかくのお祭りなのだから、こんなつまらないことは忘れてしまいたいのに。
私は存外、あの男の言葉に傷ついていたらしい。
つづく




