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第12話 白昼夢の中のきおく

「会ったって……今日ですか?」

 悪夢を思い出してキリキリと音を立てる胸に、強く手をおしあてる。


 マティアスさんが、今日、墓参りに行って、ユーディット=コリンズに会った。


「……ありえない」

 一般市民が“墓地”といえば、複数の農村が合同で管理している、共同墓地のことを言う。

 国内には4ケタでおさまらない数の農村があって、共同墓地1ケ所につき3から4の村が棺を埋めるという話なので、村の数の3分の1ぐらいの共同墓地があるわけだ。

 その数ある共同墓地の中で、たまたまマティアスさんの妹とユーディットの縁者の墓が同じ敷地内にあり。

 さらには降霊節でもないのに、たまたま墓参りに行ったマティアスさんと対面して。

 その上、話までしてきたのだという。

 あんまりにも、できすぎている。


「ありえない……ですか」

 マティアスさんの声音に、どこか冷ややかな音が混じる。

「えっと……なんでしょうか」

「いいえ? ところでメーディアさん」

「はい」

「さっき、ユーディット=コリンズと、1回だけ会った、と言いましたか」

 短く切りながらたずねてくる声に、罪悪感がむずむずする。

「ええ」

「それは、いったいどこで?」

「えーっと……ユーリに付き合って、物陰から……」

 今まで隠していたことを素直にうちあける気になれなくて、とっさのウソで誤魔化してしまう。

「隠さなくていいんですよ。病室の1件は、ジェイから報告を受けましたから」

「え? ……話しちゃったんですか」

 そういえば、ジェイさんに口止めを頼んではいなかったか。

 なんとなく、彼も言わないような気がしていたのだけど。


「ジェイの護衛は役に立ちましたか?」

「ああ……あれは、マティアスさんの指示だったんですね」

「指示と言うか、助言と言うか……頼みごとですよ」

 そんな微妙なニュアンスの話をされても、何がどう違うのか全然ピンと来ない。

 しかし……そうか。

 あの延長休暇に一緒にいてくれたのは、マティアスさんに言われたからだったのか。

 ……べ、別に、落ち込んでないけど。寂しくもないけど。ただ、心がどんよりするのはなぜ?


「しかしなるほど、病室の襲撃犯はユーディット=コリンズですか。次会った時どうしましょうね」


 今まで聞いたことも無い低音が、胃の底を撫でるようにかすめた。ぞわー。

「あの、物騒なこと考えてませんか?」

「安心してください。店に迷惑はかけませんから」

「いやあの、そういう問題になく……」

 あと、店ってどっちの店だろう。スリーピングシープ? パブ?

「だ、ダメですよ。あの人って確か冒険者ですよね? また返り討ちにあいますよ」

「う……メーディアさん、その話はもう忘れてください」

 初対面だったユーリとケンカして、打ち負かされた前科があるマティアスさんである。

 間違っても“いいぞやれやれ!!”なんて、無責任なことは言えない。

「真正面からケンカなんかしませんよ。彼はある意味、一番安全ですから」

「安全?」

 あの、私、殺してやろうかとまで言われたんですけど? そのユーディットが安全なら、誰が危険なんですか? 真正面からケンカしたユーリですか、どこに基準があるんですか?


「それで、病室では話ができましたか?」

 マティアスさんの言葉が、おもいのほか押し付けがましく聞こえて、胸が痛む。

「……関係ないじゃないですか」

「ありますね」

「どうして?」

「俺、あの人の同類なんです」

 ドウルイ……同類? 何が? なんの?

「今日墓参りに行った妹、長いことほったらかしていたんです。庇護してくれる親もいなくて、さぞや辛い人生を生きてきたことでしょう。それもこれも、俺が放り出したせいです」


 前のめりになって机に乗せていたひじを下ろし、真っ直ぐ彼のブラウンアイを見つめる。

 自嘲気味な苦笑いの奥に、何か強い感情が灯火のように揺れて、瞳に映りこんでいるのが見えた。

「彼女は、俺と和解する間もなく、謝るスキもあたえずに、(やまい)で命を落しました。俺は、あなたとユーディットに、同じ思いをして欲しくない。……いや、ちがうな。同じことをされると、ひどく辛い思いをすると思う。それがいやなんだ」

 とつとつと、リズミカルに、同じ調子で、メトロノームのように言葉を並べるマティアスさん。

 そのせいだろうか、とても大切なことを言われているはずなのに、頭で意味を分かる以上のことは何もできなかった。


「……ユーディットから、私の事を聞きだしたんですよね。いったいどうやったんですか?」

「今と同じ。少し昔話をしたんだ」

 ジェイさんに向かって話しかけるような、気安い口調。なんだか、マティアスさんじゃないみたいだ。

「他人とは思えないって、彼も言っていたよ」

「他には」

「君が3歳のとき、事故が起こったらしい。それからこっち、ずっと行方知れずだったと言っていたな」

 事故。子供が1人行方知れずになるような事故。


 そういえば、病室に来たユーディットは、私になんと言っただろう。

『お前が家族を捨てた』

『番犬』

『兄と妹』

『孤児院に』

『なぜ自分が孤児なのか』

 なぜ、私は孤児なのか。


 物心付く頃にはすでに、私の家は院だった。

 周りには同年代の男の子がいて、年上の人たちは基本的に自立すればそれまでで、出戻ってきた人はいない。

 しばらく院にいればすぐに下の子たちも入ってきて、彼らの世話を焼く日々が始まった。

 それらよりも昔、院に入る前の記憶は、白昼夢のような曖昧なものばかりで、何ひとつ確かな思い出がない。


 自分の根っこにあるべき記憶の冷たさに、おもわず愕然とする。

 自分の不幸を自慢したくはないが、あんまりに何もなさすぎる。

 そんな非常に薄い孤児院の記憶をさかのぼっても、家族と決別するような、決定的な事件や事故は思いつかない……いや、あった。

 私はどうして、12歳のあの日、孤児院を出た?

 あと数年待てば15歳になり、保護者がいなくても労働で報酬を得ることができる。

 それなのに、あの日孤児院を出た理由は?


「事故……って、まさか……」

「何か、心当たりが?」

「12歳のとき、事件を起こしたんです。年上の男の子にけがをさせて」

「けが? 君が?」

「私、特異体質というか、ちょっと魔力の質が独特で。内部魔力がたまっているところに光銀を刺されると、暴発するんです。普段はそういうことが無いように、こまめに魔法を使うようにしてるんですけど……」

「それはまた……なんと言うか、ずいぶん珍しいね」

「そうなんですか?」

 そう言われれば、自分以外で内部魔力に独特の性質を持った人に、一度でも会ったことがあっただろうか。

「人には向き不向きがあるけれど、そういったものより、もっと根源的な個性だね」

 個性……。体質さえ個性と言ってのけるとは、マティアスさんは器が大きい。


「でも、12歳のときでさえ、子供をけがさせるぐらいの威力しかなかったんですよ? 3歳で暴発させたところで、たいした威力が出るとも思えないんですけど……」

「なるほど確かに」

 彼はうなずくと、角度そのまま、やれやれと頭をかく。

「ユーディットが全部教えてくれれば、話は早いんだけどね」

「うーん」

 正直、今の言葉には同意しかねる。


 まず、彼に対する好感度がとても低いこと。そして、意図的に口をつぐまれているように感じること。

 この2つだけでも、理由には足りるだろう。

「マティアスさんはどうして、そこまで……あの、首を突っ込もうとするんですか?」

「さっきも言ったとおり、俺は自分が嫌な思いをしたくないんだ。そのためにお節介が必要なら、いくらでも首を突っ込むよ」

 そういって笑うマティアスさんがどこか痛ましくて、私は俯いてしまった。

「もう少し……考える時間がほしいです」

「うん。俺は俺で、勝手にかぎまわるけど、いい?」

 いたわるような声に、一瞬視線を上げる。

 見慣れたブラウンアイが、優しくのぞきこんできて、きゅっと胸が苦しくなった。

 結局はまた俯いて、身を縮こまらせてただうなずいた。




 湯船に肩まで浸かって、浴室の天井をぼんやり見上げる。

 ネットに詰めたレモングラスが、ぷかぷかと漂って私に体当たりした。肌にはりついてくるそれをしっしと横にどけ、膝を抱えて背中を丸くする。


 昼間の夢と、ユーディットコリンズ。

 私は今まで、土地を渡り、保護者を渡り、ここまで生きてきた。

 いまさら、私を追い出した家のことを、知る必要があるだろうか。

 孤児院で家族の迎えを夢想していた頃、私はいっこうにあらわれない両親に、はげしく落胆していた。恨んでいたと言ってもいい。

 同じように身寄りのない孤児たちの中にいて、そういった感情をおしこんでいるのは、子供の身には酷なことだった。

 放っておくなら、ずっとそうしていればよかったんだ。

 わざわざご親切に教えてもらったって、そんなものは本当にいまさらで、普通の家族のような関係にはなれないのに。


 もしも明日ユーディットがたずねて来たら、私に何を話すのだろう。

 夢で見た彼のように、私を責めるだろうか。

 あるいは、金輪際自分たちは他人であると、言い渡しに来るだろうか。

 あるいは、よくある物語(ドラマ)のように、頭を下げて家族をやり直そうとでも言うんだろうか。


 天涯孤独な主人公の前に、家族を名乗る男があらわれる。

 これが小説なら、その男は生活のための金を、酒に女につぎこむクズで、主人公の稼ぎを当てにして寄生しようとする。あるいは寄生された状態で物語が始まる。

 クズ男でなければ逆に聖人君子で、かつて捨てた主人公のために粉骨砕身、罪をつぐなおうとする。

 そういう場合、主人公は男を信じられず、クライマックスまで散々すれ違ったあげく、最後に感動的な告白をきいて男を家族と認める。ハッピーエンドだ。


 私とユーディットの場合、そういった物語(ドラマ)定石(セオリー)には当てはまらない。

 ユーディットの主張では、家族を捨てたのは私、つまり主人公の方であるらしい。

 そして、ユーディットは不用意にこちらへ近寄っては来ない。

 小説の大前提である、主人公と男がもう一度家族になろうとする展開自体がないのだ。


 結局、小説というのはご都合主義だ。

 家族が生きているにもかかわらず独りになるというのは、かなりの事情がいる。

 その事情は、たかだか20年では勝手に解決もしないし、孤立した方にはいったいどんな事情があったのかすらわからない。お手上げだ。


 浴槽のふちでぷかぷかする緑色のネットを眺め、深く息を吐く。

 今日はもう寝てしまおう。明日も仕事だ、夜更かしは身体に悪い。



 もしも明日、ユーディットがたずねて来たら、私はどう感じるのだろう。

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