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第11話 血まみれの夢を見る

「店長」

 店内で閉店作業をしていると、一緒にいたマティアスさんに呼び止められる。

「はい?」

「来週の木曜、お休みをいただきたいのです」

「ええ、いいですけど……何かあるんですか?」

 返事はなく、ただにっこりと微笑まれた。眼福。



 月がかわって、暦の上では秋になった。けれど、街は相変わらずうんざりするような暑さだ。日が高いうちは客の入りもまばらである。

 久しぶりに自分の店の店番をしながら、珍しく休みを取り、朝早くから出かけているマティアスさんに思いをはせる。

 実はマティアスさん、パブのオーナーも兼業していながら、今まで1度もスリーピングシープを私情で休んでいない。……いや、そもそもスリーピングシープの臨時休業率がこの界隈(かいわい)でダントツなわけだけど。


 と、そこへちょうど、冷却魔法をかけなおしにジェイさんが入ってくる。

「ジェイさん、何か知りませんか?」

「は?」

「マティアスさんがどうして休んだのか」

 ジェイさんの視線が、なぜか私の後ろにある壁時計にとぶ。

「さあ、俺は何も」

「じゃあ、どうしてだと思います?」

「それもなんとも」

 つれない返事のジェイさんに、眉間にしわがよってしまう。


「何でもいいので、知ってること話してください」

「そうですね……」

 私のほうをチラ見しながら、冷媒魔石からはなれた。

「去年の今頃も、休暇申請を出していました」

「ほほう?」

 ジェイさんが言うのだから、きっとバーンズ男爵の屋敷での話だろう。

「ただ、にべもなく突っ返されたそうですが」

 ドッとため息が出る。

 いつも思うけれど、福利厚生なめてるわ。あの男爵。

「その情報は、本人から?」

「ええ」


 顎に手をそえ、舞台の探偵役のようなポーズをとる。

「もしかして、弔事ですかねぇ」

「それが一番自然かと」

 帰って来たら何かフォローすべきだろうか。いや、何も言わずに言ったのだから、触れてほしくないのだろう。そっとしておくべきか。

 カランカランと、入り口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」




 部屋の中に立っていた。

 自宅のダイニングと、孤児院の食堂を、足して割ったような部屋。

 ああ、私は今、夢を見ているんだ。

 私の左手には、銀色のナイフ。


 目の前に、私が倒れている。

 ぼさぼさの黒髪を緑のリボンでくくり、うつ伏せに横を向く顔にはしわが目立つ。

 歳を取った私。

 どうして、こんなところに倒れているのだろう。


 左手のナイフには、血がついている。

 私の血。左手の甲から流れている。

 倒れた私の向こうに、ユーディット=コリンズが座り込んでいた。

 顎に大きな切り傷をこさえ、体はボロボロだ。

 真っ赤な血が、服に、床に、飛び散っている。


「死んでいる」

 彼の口から、事実が告げられる。

 死んでいるのは、目の前の私? それとも、ここに立っている私?


「なぜだ……」

 怨嗟が零れた。

「メーディア!!」



「メーディア!!」

 はっと覚醒する。バックヤードのテーブルに突っ伏して、居眠りしていた。

 顔を上げれば、不安そうに覗き込むジェイさんの顔がある。

「うなされていた」

 早鐘のように鳴る胸を押さえ、額の汗をぬぐう。

「……ちょっと、夢見が悪くて」

 ちらと台所の置時計を見る。もう閉店の時間だ。

 どうやら、30分ぐらい眠っていたらしい。


 ちょっと背中を伸ばすと、あちこちから音がする。

 わざわざ寝苦しい姿勢でいたのだから、悪夢だって見るだろう。

「すみません。もう店じまいの後ですか?」

「いや、まだだ」

「やります」

「座っていろ。顔色が悪い」

 見下ろしてくるジェイさんの顔が、ちょっと怖い。大人しくイスに戻る。


 再び1人になった倉庫の片隅で、自分を抱きしめるようにうずくまる。

 なぜあんな夢を見たのだろう。

 倒れている自分といい、ユーディット=コリンズといい。尋常ではない。

 病室で会った後だって、こんなことはなかったのに。なぜ、今?


「ただいま」

 裏口の戸が開いたので、あわてて姿勢をただす。マティアスさんだ。

「お帰りなさい」

 一瞬意外そうな顔をしたかと思うと、すぐに微笑みが返ってきた。眼福。

「年頃の女性に出迎えてもらえると、それだけで幸せになれますね」

 基本、男2人ですもんね。


 そういえばどうして、マティアスさんまだ独身なんだろう。

 これだけ見目がよくて紳士なんだから、引く手数多(あまた)だろうに。

 向かいの椅子を引き、帽子と荷物を置く。

「こちらは、何か変わったことはありませんか?」

「いえ、特には。今日も平常運転ですよ」


「……少し、顔色が悪いですね」

 鋭い指摘に、思わず視線を逸らす。

「何かあったんですか?」

「ちょっとうたた寝してただけです」

「おや。少し帰ってくるのが遅かったみたいですね」

 ニコニコと人畜無害な笑顔を作るマティアスさんに、ちょっと怖いものを感じる。

 ああ、ユーリに散々言われたたぐいのセリフだこれ。


「……怖い夢を見たんです。それだけです」

「怖い夢、ですか」

 たぶん、夢自体は、寝落ちしてからずっと見ていたはずだ。覚えているのは最後のシーンだけで、その前になにを見ていたのかは、断片すら覚えていないが。

「話してみませんか? 抱えこんでいると、いつまでも引きずることになりますよ」


 マティアスさんの顔を凝視する。

 私の病室にユーディット=コリンズがやってきたことは、ジェイさん以外にはふせてある。

 無用な心配をかけたくなかったし、それに、私が腹を立てていて、病室での出来事を話したくなかったのだ。

 さっきの夢の話をしたら、連動して病室のことも話す必要があるのではないだろうか。

 まあ、今は頭が冷えているから、話すぐらい構わないのだけど。

 今まで伏せていた分、マティアスさんの信用を損ねてしまうかもしれない。これは問題だ。


 ……ここで黙り込んで、無駄に心配されたくない。

「部屋の中に、自分が2人いるんです。床に倒れている私と、それを立って眺めている私。倒れてる方の私は、歳をとって見えました」

 もう一度、さっき見た光景を思い出す。

「歳をとった私の向こう側に、怪我をした男の人がうずくまっていて、私を責めるんです」

「男? それは、知っている人?」

 やはり来た。少し身構えながらうなずく。

「1回しか、会ったこと無い人なんですけど……」

 だんだん秘密にしていることが面倒くさくなってくる。もう全部話してもいいかな。

「名前を聞いても?」

「……ユーディット=コリンズ」


 ガタン!!


 大きな音を立てて、マティアスさんの手がテーブルを叩いた。

「……メーディアさん」

「は、はい」

「確か、孤児院の出身でしたよね」

「はい」

「…………」

 マティアスさんは難しい顔をして、黙り込んでしまう。


「あの……?」

「今日、妹の墓参りに行ってきたんです」

 急な報告に、かるくめんくらう。

「そこで……ある人に会って、少し話をしてきました」


「ユーディット=コリンズですよ」

もともと次の話の半分を盛り込む予定だったので、文字数少なめです。

もうすこし、シリアスな展開が続きそう……。

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