第10話 先生
店を閉めて家に帰り、ちょっと工房に立ち寄る。
ふと、工房の一角に、見慣れない機材が出しっぱなしになっていることに気付く。
「げ」
真っ黒コゲになった鋳型と、燃料を食い尽くして沈黙した溶鉱炉が、あの朝のままそこに放置されていた。
急に検証なんか始めてしまったせいで、すっかり忘れていた。生ものじゃなくてよかった。
おそるおそる、鋳型を取り上げる。二枚貝構造の鋳型をしばっていたバンドを外し、中に入っていたガラス質の何かを取り出す。
転がり出てきたそれは見事に5層構造になっていた。下から、不純物のグレー、変色したらしいダークブルー、本来の宝石の色であるアクアマリン、透明なガラス、真っ白になるほどの気泡になっている。
っていうか、一番上の気泡キモイ。
鉱石がプチプチしてるんですけど。ひぃ!!
ブツブツの面をみないように作業台に押し付け、気泡をつぶしてしまう。ぞわぁっ!!
あぁ、生ものならよかったのに。
畑にまいておけば自然消滅したのに。
自ら手を下すことなかったのに。うう……。
今見たものは忘れよう。さいしょっから4層しかなかったんだ。うん。
自分で立てた鳥肌に、また気持ち悪くならないよう細心の注意を払いながら、記憶の上書き消去につとめる。ああああ。
小判型で手のひらほどもある増幅結晶は、カラフルな4層構造でさえなければ、まんまハンバーグだ。
不自然なでっぱりにヤスリをかけながら、ハンバーグ結晶を眺める。
これぐらいの大きさなら、手の甲まで覆うブレスレットにしてしまうのが一般的だろう。手の甲には気門と言って、ブースターに直接内部魔力を送れる機関が備わっている。
他にも、鎖骨の真ん中とか、額とか、耳たぶなんかに気門があり、それぞれ、ネックレス、サークレット、ピアスといったブースターをつける。
ただし、どんなにブースターを装備しても、ピアスなどで体に光銀を通さないことには、魔法は使えない。
そういえば、どこかの民族はピアスが嫌いで、魔法を使うたびに光銀のナイフを腕にさすんだっけ。大変だ。
さて。これだけきっちり層が分かれているのだから、いっそ加工屋に頼んで、別々にしてもらうか。
ピアスの飾り石かビーズにすれば、色々使い道もありそうだ。
使い道と言っても、私は銀細工の心得がない。
作り方さえわかればできそうだが、いかんせん真面目に習うやる気がない。
それに、趣味は店の経営に影響がない範囲にとどめなくては。
誰か、スリーピングシープに貢献してくれる銀細工職人がいると、狩りも生活も楽になるとは思うのだが。せっかくチャラルさんに狩場を補強してもらったのに、このままでは宝の持ち腐れになってしまう。
頭の中で、銀細工ができる知り合いを思い浮かべる。
同じ西区にある金物屋のおじさん……は、無理か。鍋包丁といった調理器具しか作っていないし。あとは、いつも空き瓶を買い付けているガラス工房。あそこの若旦那は、ガラス製品一筋だったか。
顔見知りに適任がいないのを自覚して、思わず愕然とする。
ああ、もうこんな時間。寝なきゃ。
夕暮れの差し迫るスリーピングシープで、ハンバーグ水晶の行方について算段つけていると、ジェイさんが工房のドアを開けた。
「店長、お客様がお呼びです」
「あはーい」
なんだろう。いやなご指名じゃないといいけど。
店のドアを開けると、まっ先に赤い三角帽子が飛び込んできた。仮装? まだ夏ですけど。
赤いケープに波打つ金髪を流した女性客は、私を見るなり顔を明るくした。
「メーディア!! 元気にしてたかい?」
「人違いです。私にはそんな奇抜なかっこうをして平気な顔をしていられる知り合いなんかいませんから」
ひと息に言い切って、ドアを閉める。
が、ギリギリ隙間につま先を突っ込んだ女性客は、ニコニコと不穏な笑顔を作っている。目、笑ってませんよ。
「なんだい、せっかく久しぶりに会ったのに。つれない娘だねぇ」
「娘言うな」
なんだか前にも、この店でこんな問答をした気がする。2ヶ月ぶりにあったユーリと。
「ドアが壊れそうなので、どちらか手を離してください」
ジェイさんの無情な言葉に、私はあえて即座に手を離す。
勢いよくドアが開いて、赤い三角帽が転がった。
「あだぁっ!?」
ごろんと尻餅をつく姿に、一応溜飲が下がる。
「まったく。久しぶりに帰ってきたと思ったら、なんてかっこうしてるんですか」
「はあ? ファッションだよファッション。似合うだろ?」
床に落ちた帽子をはたきながら、再び金髪の上に載せる。
波打つ金髪に豊満な体つきをした、なかなかの美人だ。
確かに奇抜なファッションも、彼女の魅力を霞ませてしまうことはない。
しかし、問題は年だろう。明らかに。
「先生、今おいくつでしたっけ」
「ぐっ」
あけすけな指摘に掴みかかろうとする先生を、ジェイさんの陰に隠れてやり過ごす。
彼も、最近慣れてきたのだろう。またこの展開かと、ずいぶん冷めた目でなりゆきを見守っている。
「アラサーなんですから、無茶しちゃダメですよ」
「あ、アラサー!? メーディア、いったいどこからそんな言葉を覚えて来るんだい」
「今のセリフ、思春期の娘を持ったお父さんみたいですね」
「おとーさん!? この絶世の美女を捕まえておいて!!」
「そうですね。10年前は美女だったでしょうね」
先生はガックリと床に手をつくと、大人しく帽子とケープを脱いだ。
「お帰りなさい、ミュゼ先生」
「まったく……こんな性悪だと知っていれば、弟子になんかしなかったのに」
先生を休憩スペースに通し、お茶を出す。
「にしてもあの白髪の、なかなかいい感じじゃないか。あれかい? あんたの旦那?」
「いえ、従業員です」
「薬屋って風情じゃないんだけどねぇ」
「ジェイさんは猟師の経験があって、日ごろは採取の護衛をしてもらっています」
「へぇ。あんただって、あたしが手ずから育てたんだ。たいていのところは1人で行けるだろうに」
「1人で行けるところには、もう用がないもので」
「ほんと、可愛くない弟子だね」
カチャカチャと、紅茶に砂糖を溶かす音が響く。
「あんた、そろそろ色恋のひとつくらいないのかい?」
「色恋?」
いきなり何を言い出すのだろう。若さに嫉妬でもしだしたのか。
「あんたもそろそろ適齢期だろ? 早いうちに身を固めっちまいな」
「残念なことに、相手がいないもので」
「なんだい。あたしの加齢を笑ってる場合じゃないじゃないか」
あれは、いきなり真っ赤な魔女帽子なんかかぶって登場した先生が悪い。
「そんなことより先生。今まではどちらへ?」
「話のそらし方が雑だね。んー、最近はリベラントで研究漬けだね。その前はコーベニアで冒険者ギルドの世話になってたけど」
「ギルドの?」
おもわず首を傾げる。
冒険者ギルドというのは、駆け出しの冒険者が全面的にお世話になり、ベテランの冒険者が情報の基点として活用する組織である。
研究職の人が雇われて所属しているのは知っているが、先生が世話になるとは、どういうことだろう。
ちなみにこの人、こう見えて精霊魔法研究の第一人者で、国の内外を問わずけっこう頼りにされている。
「んー。古代魔術派のやつらとけっこう派手にやりあってて。うっかりギルドに保護を求める事態にね」
「うっかりのレベルを凌駕しますよ。なにやってんですか先生」
「うん、面目ない」
魔法関係の学会では、大きく2つの流派がある。古代魔術と精霊魔法だ。
古代魔術を研究し、さらなる文明を追及すべきだとする古代魔術派。
精霊魔法を研究し、古代文明に頼らない、自分達独自の文化をなすべきだとする精霊魔法派。
当然2派の仲は最悪だ。今まで衝突した回数は数え切れない。
どちらの組織にも、まあ世の中の為になるならどっちでもいいじゃない!! という穏健派がいれば、絶対に他派だけはぶっつぶす!! といきまいている過激派がいて。
蚊帳の外から見ていると、同じような性質を持った似たもの同士なのだけど。
ちなみに、うちの先生は過激派。なにしろ、売られたケンカは買わないと気がすまない人なので。
「そういえば」
いったん工房に引っ込み、昨日のハンバーグ結晶を取ってくる。
「これをどうしようか悩んでいたんです。相談に乗ってください」
「これは……なんだい?」
「増幅石の原石を、ガラス棒と一緒に溶かして、電流を流した上で固めたものです」
「そりゃあまた、変なことしたねぇ」
先生の、赤と黒のツートーンで塗り分けられた爪が、コツコツとハンバーグ結晶をつつく。
「ここの不純物をちょいと削って形をなおせば、それなりのブースターになりそうだね。混色系……にしちゃあ混ざり具合が少ないね」
「分断して、別々の石にするべきでしょうか」
「あんまり溶かしなおすのはよくないよ。この状態なら、同じ石のままの方が増幅率は高そうかね。ペンダントでよけりゃ、明日までにこさえるけど」
「ええ?」
思わず目を見開く。なんか、予想だにしないセリフが。
「なんだい、その反応は」
「えっと、それは先生が使う用に? それとも、提供してくださる?」
「はあ……そんなに厳しくしたかね」
先生はよくブースターを作ってはいるが、私が彼女からもらい物をしたことはほとんどない。
そのかわり、調達手段や簡単な加工方法を教えてもらっていたので、ある意味それが贈り物だろう。
「出来たらあんたにあげるから。そのかわり、詳しい作り方と原材料の出所を教えな」
「はい」
うん、これぞ我が師匠。
翌日のお昼前に先生が持ってきたのは、銀色の細いチェーンネックレスに、円盤状でストライプ模様のペンダントトップと、その左右に翼のように広がる水色クリスタルビーズの意匠がうつくしい逸品だった。
「さすがです先生、美しい!!」
「ふっ、褒め称えるがいい!!」
「ジェパンニ!! ガレ!! ブランクーシ!!」
「ふっ!!」
ひとしきり騒いだ後、約束の情報交換に入る。
「メーディア、先生はー?」
店の裏口から、ユーリが顔を出した。
「ん? なんだいユーリ」
「先生、昨夜はどこにいたんですか? 母さんがモンク言ってましたけど」
「昨夜はいつもの工房だけど……アヴリル、なんて?」
「今日こそ泊まりに来い、って」
「へーぇ。んじゃあお言葉に甘えますかね」
そのまま雑談に突入する顔なじみの横で、しげしげとネックレスを眺める。
店に続くドアが開き、マティアスさんが入ってきた。
「おや、お客様でしたか。どうもおはようございます」
安定の営業スマイルが炸裂する。マティアスさんの接客スキル、見習わねば。
「お、イケメン。メーディアの旦那?」
「違います」
この人はまた、ジェイさんのときと同じことを言う。
「ええ、まだ婚約者です」
マティアスさんのボケに思わずあとずさる。なにを言い出すかなこの人は。
「はぁ? イェーガーごときがなに言ってんの?」
案の定、ユーリがくってかかる。
ユーリはマティアスさんのことを“ちょっと”とか“あんた”とか呼んでいるので、イェーガー呼びは新鮮だ。
「あたしの目が黒いうちは、あんたには絶対渡さない」
ビシッと指をさすユーリの隣で、先生がほほーんと声を出す。
「そういえば、メーディアには専任警備官がついてたんだっけ」
「おかげさまで、浮ついた話ゼロなんです」
「そっかそっか」
「でも、肝心のユーリはステキな人がとか言うんです」
「あんたじゃなく?」
「もちろん」
「ちょっと!! 誰がいつそんな話したって? 何時何分何秒? 世界が何回回った日?」
「図星さされたからって、怒らないでよ」
私の冷静な返しに、ユーリの暴走がヒートアップする。
その熱をマティアスさんに放り投げ、私は手の中に納まったネックレスを、じーっと眺めていた。
さーて。性能実験はいつやろうかな。




