始まり―オーラルヒストリー2
バサカはルグナスに歩み寄る。バサカの眼つきはいつもの友人のものではなかった。歴戦の戦士その表現がぴったりであろう。ルグナスは今までしらぬ姿にたじろいだ。
「バサカなのか?」
「ああ、俺はバサカ=グロースターだ。」
「グロースター家か。お前名家だったなんだな。」
ルグナスはどう接していいかわからなかった。理由は簡単であるルグナスは知らなかったのだ、バサカが名家出身であることを。更にいうとジークムント家とグロースター家には頂上が見えないほどの家格の壁がそびえ立っていた。グロースターはこの国の始祖からお仕えする家柄であった。現当主ガザール=グロースターも“守護王”と呼ばれるほどに武名に名高い。一方、ジークムント家はコロニオス街とその周辺村落を統率する豪族程度にすぎなかった。
「隠すつもりはなかった。そもそも、てめぇが詮索してこなかったというのもあらぁ。」
ルグナスが顔を上げると悪びれることもなくいつも通りに笑うバサカが目の前に立っていた。
「だから、構わんさ。いつも通り接してくれてよ。」
バサカは恥ずかしそうに頭を掻き、ルグナスは安堵を浮かべていた。
「ありがとう。あと助けてももらって。」
ルグナスはよろめきながら立ち上がり、走り始めた。だが、数秒後に悪寒を感じた。後ろから冷却された怒気がルグナスの体を突き刺した。後ろを向くと仁王像の如くオーラが出ているバサカが立っていた。先程のあったかいバサカの表情はなかった。
「貴様が行って何ができる。」
すべてを貫くような声と視線がルグナスの体を抜ける。命の危機を感じ取れるほどに。
「当たり前だ、家族を救う。」
決意自体には強固な思いが乗せられていたが、声に覇気がなかった。声を絞り出すのがやっとであったという感じだ。
「ほーう、家族を助けようとして一人で死にに行くの間違いではないか?」
バサカの言葉は辛辣だった。確かにルグナス一人では確実にたどり着くことが不可能であった。
「でも、救いたいものがあるんだ。それで自分が死ぬのなら!!美しいことじゃないか!!」
先ほどの弱弱しい声から打って変わり、悲劇を載せた叫びがバサカの耳を通過した。ルグナスは泣き崩れる。
「知っているさ。さっき一合打ち合ってわかったさ。相手はプロ、僕は素人だ。でもでも。」
「できることはあると?一人で?」
バサカは追い打ちをかけるように冷たい言葉吹きかける。しかし、ルグナスはあることに気が付いた。
― 一人で死ぬ?
そして、ルグナスは思い立ったかのように立ち上がった。
「頼む、助けてくれ。」
ルグナスは頭を低くした。その姿をみたバサカはクスリと笑った。
「ようやく気が付いたのかよぉ。おせーな。」
バサカの顔はいつもルグナスが見ている友人の顔に再び戻っていた。
「だが、一つ条件がある。」
バサカは懐から紙を取り出した。何やら魔術のようなものがかかっているものだった。
「これはバーレット・スクロール―これで契約を結んだものは一生斬ることが出来ない因縁で強制的に結ばれる。でも、なぜ。逆じゃないのか。僕が出すべきものじゃないのか?」
この場合バサカがバーレットスクロールをルグナスに対して提出すればルグナスの従者にバサカがつく。さっきも言った通り越えられない家格の壁が存在する。これは異常な事であった。
「これに納得できないようなら、一人でいきな。」
これに関してはルグナスにデメリットはなかった。むしろ、バサカに対しての一方的なデメリットだった。
「だっておまえならもっと上に」
「しらねーよ、俺はそれでも貴様いや主に仕えたい。」
といいバサカは臣下の礼をとった。バサカの決意を目の当たりにしたルグナスは「さっきは僕の思いを受け取ってくれた、ならば」と思い、紙に自分の名前を記した。
「契約は完了だ。行くぞ主よ。坊主どもを駆逐しよう。」
「ああ、我が身の最善を持って。」
ルグナスは前を向き走り出した。その前にバサカは走った。当然、主人を守るためである。
「街の殲滅は終わったか?」
荘厳な服を着ている禿頭の若い男―神国の宗主プローブの隣にいる、武士の風貌をした男に面倒くさそうな声で首尾を尋ねる。それをききすぐに偵察のものを呼び、概要を聞きた。
「プローブ様。現在、半分程度まで制圧完了しているようです、ただ。」
ここで一度言葉に詰まる。
「バサカ=グロースターがこの地に出陣しております。」
「ほう、それはおもしろいな。」
プローブはさっきまでの気怠そうな顔はなかった。そこには子供が玩具を得たかのような顔をしていた。
「補足で申し上げますと先ほど処刑した」
「レグナス=ジークムントの息子も来るか。」
遮るようにプローブは男の言葉の続きを紡ぐ。なお一層プローブは嬉しそうであった。
「そうだな~ライリュウよ。いい策でもないか。」
先ほどの男―ライリュウは「ふむ」とうなり、考え始める。
「プローブ様いい策がございますわ。」
ライリュウの思考はその声で途切れた。そして二人の視線は赤髪のものへ移る。
「なにようだファースト。」
ライリュウは赤髪のもの―ファーストの事を睨みつける。しかし、ファーストは無視をしてプローブの元へ寄る。
「とりあえず、地図は役に立ったようですね。」
「よくやった、貴様なら忍び込むのも容易だったようだな。」
ファーストは見えない口元をおさえてながら、
「当然ではないですか。それより先ほどのお話聞きましたぞ。」
「貴様が軍事に介入してくるでない。元商人風情が。」
ライリュウは暴言を吐く。若い宗主も流石に見かねたのか。渋い顔をして
「少し、黙りなさいライリュウ。」
「なんだと。」
「あなたの主義は宗主様を大前提として考えるではなくって?」
ついにライリュウは口を噤む。そして、無言でその場に座る。
「では、先ほどの続きでありますが、家の前で家族を殺しては如何でしょう?」
プローブはそれをきいて、我が意を得たりという顔をしていた。ライリュウは憮然としていたが、どこか悔しそうでもあった。
「それが良いな、ファースト名案だ。」
それに対して、ファーストはプローブの前に膝をつき「ありがたき幸せ」といった。
「では、伝令よ。レンジュの所へ行って件の事を伝えよ。」
伝令はその場にいたかのように後ろからスッと姿を現したのち
「御意」と一言いってファーストが瞼を閉じた次に瞬間には目の前にいなかった。
「あいかわらず、優秀ですね。」
ファーストはプローブの方をみると悪魔的な笑みを浮かべていた。宗教家らしからぬ顔であった。残虐僧プローブ、それは彼の異名だった。今迄も各地転戦し、無敗なのである。その都度周囲の領主や豪族に恐怖を瀰漫させ、また国中にもその残虐性は伝わっていった。
「気に入ったぞ、ファーストよ。貴様にこれから助言を仰ごうぞ。」
再び、ファーストは頭を下げ「ありがたき幸せ」といった。しかし、下げた顔にはありがたがっている人間の顔ではなく腹黒さを持ち合わせたもののみに許された笑みを浮かべていた。嘲笑ともとれるだろうか。
そのまま、ファーストは本陣から出ていった。
「何故、突然弛士官してきたあのものを信用なさるのです。」
ライリュウは二人だけになるとプローブに向かって檄を飛ばした。しかし、プローブの顔は変わらず、しかし、何かがライリュウを威圧していた。冷たき雪のような悪寒を感じ、ライリュウの体に鳥肌が立つ。
「貴様より頭の回転が速い。近代兵器である遠近距離、両方の銃器を扱うことが出来る。」
「申し訳ございません。」
ライリュウはこれ以上聞きたくないとばかりプローブの話を遮り、青い顔で陳謝した。
「わかればよい。貴様はただの軍団統率者である。脳ミソを使うことは甚だ期待しておらぬ。」
ライリュウはそのことについても何も言わず、頭を下げたまま本陣を出ていった。
「ゲマ家も用済みかの。」
一人残されたプローブのつぶやきが本陣に響いた。
僧兵は次々と薙ぎ払われていく。朱槍を持った青髪の男に。
「どけ!!宗教を食い物にする蛆どもめ。」
「バサカって戦場ではなお口が悪くなるんだね。」
ルグナスのつぶやきは聞こえなかったのか。バサカは一心に敵を薙ぎ払う。途中でバサカが畏怖の対象となり、逃げ惑うものも大勢いた。
とはいっても進行速度は物凄く遅い。普通に走ればそろそろついてもいい時間ではあるが、敵が阻んでいるため、三割程度の距離しか進んでいなかった。
バサカの額にも汗が滲む。すでに五十人ほどは斬ったであろう。ルグナスは化物を目の前で見て、苦笑いするしかなかった。
「拉致があかねぇー。なんだ、こいつらウジャウジャもやしの様にいやがる。」
―もやし??とルグナスは思ったが口に出さなかった。自分は働かず、彼のみに戦ってもらっているのだ。文句は当然の事揚げ足取りなど以ての外だ。
「弓兵隊、放てぃ」
突然ルグナスが聞き覚えのある声が後方から聞こえてきた。二人の上に矢がアーチを描き、敵の体に突き刺さる。
「シェパード!」
「御子息は無事でしたかい?」
彼はシェパード=ギブルド、ルグナスの父レグナスの重臣であり、信頼のおける親友であった。当然息子であるルグナスも顔を知っていた。
「親父は大丈夫なのか?」
ルグナスは反射的に質問をした。しかし、シェパードは頭を下げた。
「申し訳ない、見失ってしまいました。ご自宅に帰還されてから戻ってきていません。しかもあそこは…。」
シェパードはいうのを渋ったので、「占拠されたんですね。」とルグナスは代わりに言葉を紡いだ。ルグナスは歯軋りをする。だが、すぐに思考を切り替えて現状打破を試みる。
「だが、逃げているかもしれない。シェパード、現在お前が率いている兵は?」
「はい、千程度と把握して頂ければ。」
「敵は?」
「五万と推定されています。」
ルグナスは戦慄した。敵との差は五十倍である。救出はおろか自分すら死んでしまう可能性があった。
「迷ってる暇はねぇーよ。とりあえず、お前んちまで行くために援護をしてもらってくれ。」
バサカの言葉にルグナスは頷いた。
「では、目標はジークムント家だ。グロースターの子息を援護してください。」
「グロースター卿!!いえ、わかりました。」
一瞬、“グロースター卿”の言葉に驚いた顔を見せたがすぐに表情を変えた。
「全軍グロースター卿が居られるぞ。彼を援護するぞ。」
英雄一家グロースター家の名を聞くと兵士は皆雄叫びを挙げた。士気は一気に急上昇した。
「グロースター卿が居られる。この戦生き残れる。」という言葉も聞こえてきており、先ほどまで絶望していたことがわかる。しかし、希望を取り戻したのだ。