始まりーオーラルヒストリー
すべて改定しました笑
馬蹄と地面が打ち合う音が聞こえた。
目標に向かって、駆け抜けている一騎。その馬上にいる男は笑っていた。
男は敵を捕捉するとオーラを纏っている剣で斬りつけ絶命させる。敵は首や腕を刎ねられ、すぐに戦意喪失した。
その様子を見て男は一層笑う。なぜなら、この男はネクロフィラスだった。
男は白い陣幕ー敵本陣を見ると一層上機嫌になったのか高笑いを始める。
躊躇いもなく突入する。そして、最終目標を視認する。それは狼狽えた。
「貴様は魔王」
禿頭の男が脅えたように黒い外套の男を見て叫んだ。これは絶望の声であった。
しかし、男は笑っている。
「魔王ではない。わが名はルグナス=ジークムントだ。冥途の土産に持っていけ。」
その時首が落ちた
「うわっ」
少年は目を覚ました。戦の世ではあるといっても今の夢は気分の良いものでなかった。自分が一人称視点で次々と敵を斬っていくのだ、気色の悪く、恐ろしい光景であった。
服は汗で濡れており、顔色も聊かよくない。荒くなった息を整えるように深呼吸を幾度かした。
「ルグナス、起きていたのね。」
母が扉の前に立っており、いつも通りにこやかな顔をしていた。ルグナスは母の顔を見て安堵したのか、顔色はさっきと比べて良くなっていた。
「ああ、母さんありがとう。」
「起こすのはいつものことじゃない、あなた頭でも打った?」
母の言っていることは正しい事であったし、自分でも何故礼をいったかわからなかった。しかし、恐らく安堵感を与えてくれたからだろうと自分を納得させる。
「大丈夫さ頭は打っていないさ、それにいつもの僕だ。」
「ならいいのだけど、でもあなたも時期にジークムント家の当主でしょ。今日は起きていたけれどもいつもは寝坊が重なっているのだから」
「ああ、わかっているさ。」
母の話を遮る形で返答した。なぜなら、この話は実際耳に胼胝ができるくらい聞いているので、すでにうんざりであった。ルグナス自身、貴族という身分を嫌悪していた。
ルグナスは言い過ぎかと考え、母に再び目線をやったが、母は無言しかし笑顔のままで階段を下りていっていた。
好き放題している自分にも嫌悪しながら、寝具から出た。
そしてそのまま、母が準備しているであろう朝ごはんを食らいにいくことために、階段を降りた。
下の階に降りるとやはり朝食が用意されていた。パンをスープにつけ、粥にしたものが食卓に並んでいた。ルグナスは席に座り、「頂きます」とだけいい、それをおもむろに頬張る。
悪夢を見たせいで腹が減っているのか、完食するのはすぐであった。
「従者を雇わないの?」
ルグナスは素朴な疑問を母にぶつけた。貴族には珍しくこの家では従者を雇わなかった。「家族との触れ合いを大事に」というルグナス父であるレグナスの方針であった。ルグナスは大変馬鹿馬鹿しいことと思っていたのだが、貴族離れしている点は気に入っていた。
「いいじゃないの。私は慣れたわ。」
「しかし、あかぎれ等でえらくつらそうなんだが。」
「それも慣れたわ。」
「いつもありがとう。」
ルグナスは「慣れている」の一点張りであったので、笑顔の母に笑顔でお礼をいって食卓から離れようしたが、思い出したかのようにその場に止まる。
「今日、あいつと狩りに行ってくるわ。」
「あいつ―バサカ君のことね。わかったわ、気を付けなさいよ。」
母はすぐに連想することができた、というのもルグナスの友達はバサカくらいなものだった。推測するには容易だった。
「わかっているよ。」
ルグナスはぶっきらぼうな態度であった。自分でもこのような態度を取るつもりはなかったのだ。それに悪夢のせいか今日ばかりは見慣れている母の笑顔に違和感を覚えていた。
そればかりか、母の笑顔を気持ちが悪いと思ってしまった。人生で初めてのことだった。
―これも自分の無意識からきている嫌悪感なのかもしれない。それが偶然に今日表象しているだけなのだ。
そう考察したが、何故かざらついた気持ちが心を駆け回っていた。いつもであれば、自分の醜い一面性として認識するだろう。しかし、今回ばかりは違和感が取れることはなかった。
だが、考えても無駄かと思い、それを頭から振り払って狩りの準備を始めるため自室へ戻った。
ルグナスは弓・食糧・水そして近接戦闘用の剣をもって目的地であるデグロス山へ向かっていた。この町ーコロニオスの領主の息子というだけあって、かなり目立ってしまう。街行く人に「お坊ちゃんお出かけですか?」と尋ねられる。うんざりしていたのは間違いないが、いつものことであったので気にすることでもなかった。実際、この町のすべての人が知り合いであった。顔と名前も一致している。ルグナスにとって当然のことであった。ただ、一人見れない商人のようなものがいた。
「御機嫌よう。」
見慣れない赤毛―線は細いが男か女か判定し難い者がルグナスに話しかけた。訝しんだ目で赤毛のものを嘗め回すように見たのち、
「何の用でしょう?この町の商人ではないでしょう?」
赤毛のものは口元に布を巻いており、顔の輪郭が見えなかった。その背中には体に合わぬ大きな荷物を背負っており、見た感じでは商人のような出で立ちだった。
「ええ、ちょっと首都マサカドに行くついでに寄ったんです。」
赤毛の者は目の角度が垂れた。恐らく笑っているのだろう、声色が和やかな事からもわかった。
「エグジストの首都に商人か珍しいな。」
「ええ、最近荒れているとのことでしたよね。」
ルグナスは驚嘆を禁じ得なかった。流石は商人である。この時代においても商人と言うのは全国を渡り歩き、その情報を様々な場所でリークする。それぐらい情報量は凄まじかった。むしろ、商人というのは、何か副次的なスキルを持ち合わせていないと成立しない職業なのであった。
「知っているなら辞めておけ、僕もあまりおすすめしないな。」
赤毛のものはルグナスの言葉を聞くと、腰に手を当てて考え始めた。そして、数秒後独りでに頷いて
「ええ、私も今迷っている所でしたので、そういうことならば止めておきましょうか。」
とすんなりと納得した様子だった。ちなみに首都マサカドはエグジスト当主シャイン=サイラートの暴政によって荒れに荒れていた。ルグナスは赤毛のものが腕っぷしが強いものならば引き止めることはなかったが、華奢な人間をあそこに送り込むことは望むこところではなかった。
「では、すいません。お話をしている時間は僕にはないんだ。」
とりあえず、バサカを待たせていることを思い出したので、話を切り上げる。ルグナスは再び歩き出そうとしたが、
「君。」
そう呼ばれルグナスは振り返った。普通の貴族ならば商人風情に「君」などといわれることがあったならば、激昂していただろう。しかし、ルグナスにはそんなプライドはなかった。
「なんだい。」と短く返した。
「いい瞳をしている、その黒い目がね。」
赤毛のものの紅い双眸とルグナスの黒い瞳とが反目していた。
よくわからなかったルグナスは会釈をしてからその場を離れた。
「そうよ、あなたはいい瞳をしているわ、魔王様。」
ルグナスに赤毛のものの声が聞こえることはなかった。そして、瞬く間の内にその場から消え去っていた。
「おせぇーよ。」
不機嫌そうに仁王立ちしている青髪の巨躯の男が、挨拶もなしに不満を漏らす。ルグナスはとりあえず、「よう」とだけ言ってから、「商人と話をしていて」と付け足した。
「商人と俺どっちが大切なんだ。」
いきなり、重たい質問ぶつけてくる。呆れたルグナスは溜息をつく。
「くそっ、なんだその溜息は、まぁ、いいぜ、今日は絶好の狩り日和なんだ。それぐらいの事は許してやるよ。」
バサカは弓を太陽に重ねて高々と声を上げる。顔もさっきの不機嫌な顔とは打って変わり意気揚々な面構えであった。
「お手柔らかにね。」
バサカはいつも異常な量を狩る。それに対してルグナスは足元に及ばない量しか狩ることが出来ない。時にバサカは熊すらも狩ってくる。いつも「化け物」とつぶやく以外できることがなかった。実はルグナスとしては少し悔しいのだ。そもそも、身体能力が歴然すぎるのだと開き直る以外自分を叱咤できない。
「今日は、山の動物を狩りつくしてやろうぜ。」
ルグナスは苦笑いするしかなかった。序盤からのこのテンションについていける気がしなかった。
その後、昼食の時間になるまでずっと走り続けていた。途中で散開したバサカは先に戻っており、不貞腐れた顔をしていた。
「早いね、もう戻ったんだ。獲物は?」
バサカは腹の虫の居所が悪かったのだろう。素行の悪い町のチンピラのような顔つきルグナスを見て、ある対象物に指を指した。
「きつねが一匹?」
成果を声に出されたことが非常に不快だったのだろうか。
「どうせ、お前も大して獲れていないんだろ?」
とバサカは悪態をつく。
「所がどっこいだ。」
ルグナスは隠してた収穫物を物陰から引き摺って来た。バサカの収穫量のアベレージより多かった。熊こそは、いないものの珍しい種類のキツネなどがいた。バサカは口をあんぐりと開けるしかなかった。
「お前、センスあったんだな。」
見下したような口調だった。ルグナスもいつもなら言い返すのだが、今日は聊か勝利に酔っていた。バサカの顔を見てニッコリするだけだった。
その様子が気にいらなかったか。バサカは弓を無造作に投げた。しかし、「あっしまった」と顔をしてそれをすぐに取りに行く。
「珍しいことってあるもんだよねー。今日は調子よくてさー。でも今朝は悪夢とか見たんだけど。」
自慢げに話を始めたが、バサカの返事は一向に帰ってこなかった。気になったルグナスはバサカのほうを見た。彼がいた場所は町が見える最高の位置だった。いつもは「いい街だ」とかいって陽気な会話をするだけで終わる。
だが、バサカの顔に血の気が引いていて、何とも言えない顔をしていた。不自然に思ったルグナスは尋ねようとも思ったが、バサカの視界に入っている光景を手に入れたなら同様の感情が取得できると考え、それを行動に移す。頭を回転させていくごとに見えたのは黒煙と炎だった。
「なんだよ、それ。」
声に出すのがやっとだった。この時の自分は感情というものが一瞬欠落していた。呆けているルグナスにバサカは苛立ったのか。
「見て、わからねーのかよ!燃えている。」
と怒声をあげた。しかし、ルグナスは自失茫然であった。何も耳に入ってこないといった様子である。
ここからでも、視認できる通り家などが倒壊を始めている。一件また一件と積み木のように倒れていく。だが、五件目が倒れたころだった、突然ルグナスは走り出した。狩り用に準備していた剣を持ち疾駆した。何かを考えていた訳ではない。この死の街と化した場所から自分の大切なものを救い出すために、本能による行動だ。冷静さなど微塵もなく。目を真っ赤にさせて山を下る。
すぐにバサカが追いかけてきた。狩りの時には常用している血の色に染まった朱槍を持ち、ルグナスと並走した。
「少しは落ち着け。行ってどうする?」
バサカは現状を把握して、今を冷静に見極めていた。彼に焦りは微塵もなかった。
一方でルグナスはバサカの声も届くことは無く必死に走った。身体能力が化け物であるバサカにとっては全速力ではなかったが、ルグナスにとっては肺と脹脛の筋肉が吹き飛んでしまいそうな速さなのであった。
バサカは少し考察。そして、とりあえずルグナスの後を追うことに決めた。
街から山まで片道十五フル(分)程度はかかるのだが、今回はスピードが異常だったために半分以下の時間で付いた。
街の北口の前には布を頭に巻いたよう格好に、得物を薙刀としているものが二名ほど立っていた。その風貌から見るに神国の僧兵とやらだろうとバサカは推測した。神国はエグジストの隣国南の方に存在している神殿町を中心に運営している宗教国家であった。正式名称は浄土勤仏式聖教神国なのだが、このエズガンドラ国の人は神国と呼んでいた。
「そこをどいてくれ。」
ルグナスは僧兵に懇願したが、通してくれる気配はない。それどころかニヤニヤしてこちらへ近づいてくる。
「頼む!!母さんが!」
再び必死に懇願する。しかし、僧兵は指をさして笑うだけであった。
「どけと言っている!」
冷静さを失っているルグナスは僧兵に飛びかかる。しかし、相手は一応戦争慣れしている熟練者であった。剣術のなんたるかも知らぬ青二才の剣は薙刀で軽くいなされる。そして、もう一人がルグナスの人たり得る証を奪いに来る。ルグナスは死を確信したが横槍が入る。その言葉通り血の色をした朱槍がルグナスに向けて放たれた突きを薙刀を折り無力化した。そのまま、バサカはルグナスを抱え後ろに跳び間合いを取る。
「貴様、その汚物が仏になることを邪魔するか?」
「穢れめ邪魔をしたな。せめて、ホケロスを唱えてその罪を贖うがいい。そして、おとなしく首を渡せぇい。」
ホケロスは彼らの宗教の経典の一節。例えるならばこれまた隣国であるデイライズの宗教、浄土真心宗でいう念仏みたいなものである。僧兵は歪な笑顔を見せ、それを唱えろといい。片方はそれを唱え始めた。その音響は気色が悪かった。
それを意にも返さずに
「ほら、冷静になれ。」
僧兵を無視する形でルグナスの頬を二回ほど叩く。
「ああ、殺されかけたからもう大丈夫だ。すまない。」
ルグナスは謝罪を述べた。だが、恐れにより腰が抜けており、目は虚ろであった。その姿を見てバサカはため息をつく。
「少し休んどけ。」
ルグナスを近くの壁に凭れさせて、槍を握りしめた。そして、僧兵を睥睨する。
「いい度胸じゃーねーか、俺の庭荒らすなんざ、百年早いわ!!」
その姿には猛将という言葉が適切だった。幾たびの戦場を越えてきた人間の自信と威光なにより技量があった。
「貴様、神の使いたる我々を愚弄するか!!エグジストやはり粛清すべし。」
「うるせーな。」と一蹴り、
「だったらよぉー、エグジストの名門家である、グロースター家の人間を越えて行け。」
といいながら、威嚇代わりに槍を回転させる。しかし、僧兵は笑う。
「そんな奴はどこにいる?」
「我々の神眼に写すわ。腰抜けと山の猿の大将のみだ。」
指をさし、侮辱する。それがピエロかのように、愚かなる下僕を見るかのように。
だが、笑い声はすぐに一人に減った。僧兵は違和感を覚え、隣を見る。
「肉の塊。穢れだ。」
といい動揺していた。なぜなら、この僧兵にはバサカの行動が一切見えなかった。そして、もう目の前にいるのだ。
「よう、そんなにおもしれぇーか?このバサカ・グロースターを見てさ。」
バサカは僧兵の首に槍を突き付ける。僧兵は汗が止まらず、震えが止まらず、今にも精神の
糸が途切れてしまうようだった。
「貴様、貴様、神の使いを。」
「聞こえねー。」
問答無用で僧兵は有機物から無機物へと変容を遂げた。
バサカの槍は血を吸っているかのように面妖な光を放ち、喜んでいるようにも見えた。
「汚ねぇ、血だ。」
それをバサカは懐に入れていた布でふき取り、血のついたそれを放り投げた。
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