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私は愛されヒロインには向いていない

作者: 月森香苗
掲載日:2026/09/28

 愛されヒロインというのをご存知だろうか。その名の通り、誰にでも愛される物語の女主人公のことだ。

 素直で心優しくみんなに愛される、そんな存在。


 酒カスヤニカスのニート極めてた私がそんなものに転生したと思い出した時の絶望がわかる?

 酒は命の水、ヤニは気分転換の煙。働くよりも自堕落に生きていたいと思って限界ギリギリの生き方をしていた「私」が、愛されヒロイン様の行動が出来ると思う?

 無理。


 まず、この世界について説明しよう。

 前述通り、私は地球の日本で底辺生活で生きていたゴミカス女である。そんな私が死んだのは、腹減りすぎてポイ活で貯めたポイントで交換した電子マネーでスーパーの値引き食品でも買おうかと外出した時のこと。

 腹減りすぎて気持ち悪くなり、おえぇ、と川の上にかけられた橋の手すりに縋り付いた時だ。二列走行の自転車が幅も気にせず爆走してきた挙句、多分嫌がらせだったのだろう。思い切りこちらに突っ込んできて諸々あって手摺から落ちた。

 あの時車が何台も走ってたからドライブレコーダーに記録が残ってると信じてる。

 私は川に向かって頭から落下した。長雨で川の水量が増えていて、そりゃあもう汚い水に向かって。

 空腹で気持ち悪くなっていた私がその後どうなったのかは覚えていない。でも間違いなく死んだ。あのクソガキは殺人者として人生終わってしまえ。


 で、気付いたら神がいるところにいて、なんやかんやで生まれ変わることになった。どうせなら働かなくても楽に生きられるような世界に生まれたいとは言った。

 神が管轄する世界は日本の娯楽作品を反映してるものが多かった。

 魔王と勇者の世界、ドラゴンのいる世界、SF的な世界。その中で空きがあったのがこの世界だった。

 恋愛漫画「恋する聖女は五人の貴公子に愛される」というものを参考にしたらしい。ちょうどたまたま目に入った作品だから。で、そこの愛されヒロインになーれ、とぶち込まれた。

 いや、無理でしょ。そもそもその漫画知らないし。

 強制力なんてものはないから、好きなように自由に振舞っていいよ。漫画と違う展開が見たいから、なんて言いながら私はヒロインにさせられた。とはいえ、神いわく、聖女になる必要はないし、中身が違えばそりゃあ結末も変わるけどどんな世界になるか、それが見たいそうで。


「見た目だけはあざとかわいい女って感じだよねぇ」


 前世の私とは相容れない女を全面に出した、猛禽類のごとく男を狩りとる女って感じのビジュ。酒カスヤニカスでも学生の頃は擬態して量産型として生きてきたから分かる。

 この手の顔の女は上目遣いでにこりと笑えば、男が勘違いして貢いでくれた上で、「あたしは何も言ってないですよぉ?〇〇さんが親切にしてくれただけですぅ」って言うやつだ。

 それはまあいいや。

 ナチュラルブラウンの髪の毛に黄緑……いや、黄色はそこまで強くないけど緑にしては明るい色の大きな目。まつ毛は長い。

 胸はそこそこの大きさでスタイルは結構いい。特に脚の形が綺麗だとは思う。

 男ウケが良さそうな外見だから、あとはあざとかわいい女のテンプレ行動をすればそりゃあ男はオトせただろう。


 私でなければ。

 中身が私の時点で終わってんだよね。

 いやさ、無理。既に三十半ばまでを経験してきた酒カスヤニカスが、十代のキラメキの中で生きるのは無理。

 今でこそこの体はヤニも酒も入れていないから衝動は抑えられているけれど、無性に手が求めてるんだわ、酒とヤニを。五歳なのにこれは辛い。

 そんなヒロインとかないでしょ。

 というか、神は好きに生きろ、強制力はない、と言っていた。

 オッケー好きに生きるわ。



 それから十年。


「なんでヒロインの役割をちゃんとしないのよ!」


 子爵家に生まれた私は兄がいるので跡取りでもないし、適当に緩く生きるためにそこそこに裕福で責任が重くない、家の釣り合いが取れる男を探し求めて王都にある貴族の子女が通うサルマルディン学園に入学した。

 一応ね、楽に行きたいとはいえ、貴族として生まれたからには擬態もきちんとしていた。量産型女子の経験が生かされていた。

 近くの領地の女の子と仲良くなって友達になり、群れの中で生きる女子の一人になっていた。

 漫画のヒロインって、結局は埋没せずに一人異常行動をして目立つから目をつけられるのであって、友人の中に紛れ込んでいたら目立たないわけよ。

 ていうか、大抵の漫画の愛されヒロインって美人じゃないし。可愛いかもしれないけど、その程度の顔はほかにもいるし。美人の方がレア度高いよね。

 子爵家の子とか男爵家の子と群れて行動して、ちょっと良さげな男の子とグループ交流したりしながら楽ちん生活に向けての婚活を頑張っていたら、一人の時にド派手な美人に声を掛けられた。

 罵られたな、これ。


 この女も転生者なのかな。記憶あるよねぇ。ヒロインとか言ってるし。

 でも、私は量産型女子として生きた過去の記憶があり、愛されヒロインなどお断りとして振舞ってきたから、この世界の貴族令嬢として当たり前の振る舞いをすることにした。

 左腕で講義用の本を抱え、右手はスカートを摘んで頭を下げる。

 見るからに上位貴族の令嬢に下位貴族の娘は自ら声を掛けてはいけない。名乗りをしてもらって初めて自分が名乗り、そこから会話が許される。

 これはごく普通の当たり前なマナー。だから私は答えることも出来ないのだけど、目の前の人はぎゃんぎゃんと喚き散らす。

 声をかけられた時は二人きりだったけど、少しすれば人が集まるのは道理で、ひたすらにスカートを摘んで頭を下げている私を見た人達は違和感を覚えたようだ。


「レスティエ嬢。君は彼女に名乗ったのかな? 君が声を掛けなければその令嬢は返事もできないだろうに、一方的に罵声を浴びせ続けるなど、醜態を晒して何がしたいのか」

「で、殿下! これは!」

「私はエルバイトだ。この国の第二王子である。令嬢、君の名前は」

「第二王子殿下に申し上げます。私はカスケルド子爵が娘、アンジェラ・ジョーズにございます」

「顔を上げて良い。ああ、長時間頭を下げていたせいで顔色が悪い。この令嬢の友人はいるか。支えてあげろ」


 さすが王子。頭を下げ続けたせいで血の気が引いていたことに気づいて貰えた。私の友人が両側から私を支えるようにしながら申し訳程度に頭を下げている。


「レスティエ嬢、君の振る舞いは学園でも問題視されている。侯爵家の令嬢らしからぬ言動に目を瞑ることは出来ない。君はこの令嬢を罵倒していたが、彼女がなにかしたのか?」


 王子。私は何もしてないですよ。何もしてないから罵倒されたんですよ。

 ヒロインとして行動してないから。


 大抵の作品のヒロインって常識のない行動をしている。だから注意されるのは当たり前だけど、私は常識の範囲内で行動していた。だから漫画の中に出てくる男達と接することはなかった。

 でも、別に貴族社会で生きているなら私が上位貴族の令息と接しないことで困ることなんて起きない。寧ろ接して籠絡した方が問題が起きる。


「それ、は」

「君達は行っていい。レスティエ嬢、君は学園長室に行くように」


 殿下の興味を引くこともなく、私は友人に挟まれたまま揃って頭を下げるとその場を去る。

 後のことは知らん。


「大変だったわね、アンジェラ。何があったの?」

「分からないのよ。いきなり声を掛けられて、でもご挨拶もしたことが無いから名乗りを待っていたのに一方的に怒られていたの……」

「あの方、上位貴族の中でも問題を起こされているみたいね。私達は大人しくしていましょう」


 普通なら上位貴族に目をつけられると人生が終わるものだけど、今回は私が同情されるような状況だったから無事でいられそう。

 それにしても、「ヒロインの役割をちゃんとしない」ことでどんな問題が起きるっていうの。

 あれかなぁ。常識外れ行動をする愛されヒロインを徹底的に叩き潰して逆転するって話もあったよね。それ狙ってたのかな。

 でもさ、ヒロインが何もしないなら何の問題も起きないから放置すれば良かったのにね。


「アンジェラ、体調はどう?」

「大丈夫よ。ねえ、帰りにカフェに行かない? 気分転換がしたいな」

「良いわね! シエラも行くわよね?」

「もちろんよ。モニカとアンジェラが行くのに私だけ置いていくなんてしないわよね?」

「しないわよ!」

「それなら、マーカス様とかもお誘いしない?」

「いいわね。アンジェラもそろそろロナウド様と距離詰めたいでしょう?」

「もうっ! でも、お声かけはしたいわよね」


 小声で話しながら教室に向かう。これくらいならよくある光景で、教師にも咎められない。下位貴族棟は上位貴族棟よりも少し緩い。

 かつての高校時代よりもお上品なやり取りだけど、これが普通だからね。

 愛されヒロインって貴族社会で生きていこうと思うとデメリットの方が多いと思う。漫画とか見てても男に囲まれてばかりで、女友達が多いのかといえばそうじゃない。

 恋愛対象が上位貴族だったり王族で、そんな男たちに囲まれる女の友達になりたいなんて下心しかないでしょ。それはそれでありだけど。

 でもね、上位貴族の礼儀作法も出来てない、勉強も出来ない下位貴族の女って間違いなく嫌われる。

 この世界の知識を得る度にそれを痛感する。伯爵家と子爵家の間には越えられない溝がある。そりゃあね、有益だって思われたらそこの溝に橋がかけられて繋がることはあるけれど、その伯爵家を飛ばして侯爵家とか狙ってみなよ。


 間違いなく暗殺対象になるから。そうでなくても陰湿ないじめで衰弱死が見えるでしょ。そのくらい身分の差って大きい。

 狙うのは精々一つ上くらいで、それなら目溢ししてもらえる。

 そんな常識を弁えないで愛されてるからと平然と上位貴族の中でもカースト上位の男たちに囲われる女が好かれるわけない。

 それにさ、愛されヒロインってノンデリだよね。

 貴族の婚活市場って相当シビアで、好条件の男って価値がある。それを独占しておいて「お友達だよ」とか、馬鹿すぎない?


 鈍感系ヒロインは嫌い。あからさまな好意に気付いてない時点で観察力無さすぎだし共感性もない。相手の好意や嫌悪に敏感になるのは生きていく上で必須スキルでしょ。

 万人に向けて善意向けるヒロインも嫌いだし、悪い人なんていないよぉってヒロインも嫌い。悪意を持たないで生きている人間ほど厄介なものはない。みんないい人だから、とほざいて現実を理解しないまま振る舞うから。

 大抵こういうヤツらは炊き出しとかするけど、貴族なら働ける仕事を生み出して長期就労できる環境を作り出してやれよって思う。一時的に腹を満たすのは教会の慈善活動に任せて、貴族なら金を生み出す仕組みを考えろよって思う。

 無謀な行動をして男を巻き込むヒロインも嫌い。正義感丸出しで動いては誰かを必ず巻き込んで迷惑をかける。特に王子とかを巻き込むヒロインはなんで打首にならないの? と思う。

 王族にしろ高位の貴族にしろ、護衛は存在しているし彼らには役目がある。特に後継者ともなれば厳重な警備の中で街歩きとか出来るのに、そんな警備関係をガン無視して動くのは頭が狂ってるとしか思えない。

 人の話を聞かないで勝手に動いて、結果が良ければ全てよしみたいな展開になるけれど、不必要なけが人を生み出したり、長期間内偵をした上で段取りを組んでいたものをぶちこわして大人の面子をぶっ壊しておきながら、子供のしたことだからと許されるのはおかしいでしょ。


 そんな要素を満たすのが愛されヒロインだと思う。

 アタオカマジキチじゃん。あ、頭おかしくてマジでキチガイの略ね。

 そんなヒロインになりたくはないね。


 で、今の私はユーベル子爵令息のロナウド・カッツェリーニをターゲットにしている。実はどこぞの上位貴族の従属位ってこともなく、食品加工が得意な領地の後継者。ジャムとかチーズとかを何度も貰ってきた。

 私と友人のシエラ、モニカの女三人とロナウド、マーカス、ジョナサンの男三人は全員家が子爵家で、婚約者もいなかったからグループで交流をしてきた。下位貴族の婚活って今はこれが主流。婚約者がいない者がグループ交流することで一対一にはならないようにしながら距離を詰めるやり方。

 ロナウドはとんでもない美形ってわけでもなければイケメンでもない。でも、黒髪黒目で私には懐かしい色彩で心が落ち着く人。

 前世の時から私の好みは少しズレてたらしい。知らん。イケメンは観賞用でしょうが。

 愛されヒロインの体だけあって頑張れば男ウケする表情が様になるけど、中身が私の時点で無理がある。ボロも出るから最初から取り繕ってもない。

 思うけど中身が違えば表情とか全く別物になるよね、すくなくとも愛されヒロイン失格の表情しか出来ない。


 まっさらなこの体でヤニカスになるのは無理だししようとは思わないけれど、酒チャンスはあるから気をつけようとは思う。飲酒が十六歳から可能な上、エールは子供でも飲んでるんだよねぇ。この世界のお酒はワインのこと。

 水が安全なものじゃないんだよねぇ。これに関しては地球の歴史と変わらないと思う。

 私はとりあえず、井戸水だろうがなんだろうが一度沸騰してもらってる。あと、手洗いも徹底してもらってる。食中毒怖すぎるから。前世知識チートとかはまーったく考えてないけど、衛生面だけはほんとね。抵抗が強くて。

 それでも、ほら。恋愛漫画の世界を組み込んで神様が作った世界だからトイレは水洗式で下水道も整備されてる。キラキラ世界で汚物は流石にってことだよね。私も嫌だよ、窓から捨てる中世スタイルは。

 てなわけで、貴族といえばワインが確立していて、成人の十六歳になれば飲酒出来るのでそれを楽しみにしてる。

 で、だ、愛されヒロインから逃亡した私はこのままロナウドといい感じになって結婚コースを目指しているよ。


 男なんて一人で充分。身の丈にあった相手と結ばれる以上の幸せなんてない。

 会話レベルだってある。どう足掻いてもハイランクな生き方をしてきた人たちとは話が合うわけがない。高尚な芸術の話も出来ない。

 創作世界ではキラキラ世界で輝く愛されヒロインだけど、領地経営の話は出来ないだろうし、上位貴族の嗜みも出来なけりゃ教養もなくて、いずれは領地から出られなくなるよ。そんなに甘い世界じゃない。


「シエラはマーカス様、モニカはジョナサン様。私はロナウド様。この一学年で婚約にまで辿り着こうね」

「もちろんよ!」

「あと少しってところよね」


 小声で話し合いながら私は神様に言いたい。


 私はこの世界で好き勝手に生きてますので物語通りにはいきませんでしたけど、これで満足ですか?

 なんか変な人がいたけど、あれも神様の仕込みですか?

 とりあえず、愛されヒロイン適性がなかった私は堅実に相手を選んで平穏平和な人生を送りますよ。

 愛されヒロインに向いてるのはノンデリで向こう見ずで共感性のない善意という名の毒を持つ神経の図太い女だと思うので、次があるなら参考にしてくださいね。

主人公の「ヒロイン」への毒舌は主観的なものなのでこれが全てでは無いです。

が、私はどちらかと言うと男性向けのヒロインが本当に苦手でその恨みつらみをぶちまけてます。

女性向けでもそうですけど、勝手に動くな。暴走すんな。巻き込むな。ってヒロインいません?

「あたしがどうにかしなきゃ!」って相談もせずに動いて悪化させておきながら男に泣きつくやつ。あれがもう無理で。頼むから動くな大人しくしてろ相談しろ。つか、お前のせいで私の推しが大怪我したー!ってのもあるので……。あれ、なんなんですかね。


愛されヒロインの中身は三十代半ばの酒カスヤニカスニートで死んだ女。

よくある、高校生や大学生が転生してヒドインになるのも、社会人経験者が有能さを見せるのとも違う、現代日本なら底辺とか呼ばれるような人間だからこそ、無駄なことはせずに楽に生きられるように動いている。量産型経験者なのも大きい。

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堅実で素晴らしい。 身分ギッチギチの貴族社会だからこそ同性に好かれないと即詰むと思ってます。 高位貴族の旦那様に愛されても旦那様亡くなった後が問題ですからね。 実在したフランス貴族で誰からも好かれてい…
面白かったです! 勝手に動くな。暴走すんな。巻き込むな。←めちゃくちゃ同意です。頭もげるまで頷きました。天真爛漫と自分勝手は違うんだよなあ。 ヤニカス主人公ちゃん、何とか無事にお酒大好き婦人に収まって…
あとがきにめっちゃ同意してしまいましたw ほんと、やるなって言われた事をやったり余計な事して周りの人達に迷惑掛けたり被害に合わせる愛されヒロインとか大嫌いです。 そしてそれを許す奴等も好きじゃないんで…
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