水の底
三ヶ日駅のホームに立つと、耳の奥まで蝉時雨で満たされる。
「ふうう、今日は一段とチリチリすっなあ」
自慢の長い体毛がなびく。シロー・ムラサキは、赤茶に輝くその毛をはためかせ、駅舎のなかへと逃げ込んだ。夏の線路は、陽炎がゆれるほど。けれど、この駅の待合室は不思議と涼しい。ベンチに座って目を閉じると、浜名湖を大きく越え、猪鼻湖を抜けてきた風が、青い草の匂いとともに鼻先で遊ぶのがわかる。
―ガタン、ゴトン
遠くから、列車が近づいてくる。ぼおう、とひときわ大きな口であくびをしつつシローが顔を上げると、真っ青な夏空を背景に、白を基調とした車体がすべり込んできた。降りてきた部活帰りの高校生たちが、笑いながら「あっちー!」と首をすくめるその様子を、シローはくりくりの青い目でやさしく見つめていた。
「お、いるじゃん、シロー」
「オレ、久々だわ」
茶化されてる。わかってもシローは、ぬいぐるみのようにそこにいた。
「うわっ、何やってんだ」
「わりー、わりー」
バッグのなかでゆさぶられた炭酸が、勢いよく泡を飛ばしたようだ。夏が一気に弾け、若い彼らをあわてさせる。そのさまを、微笑ましくシローは目を細め、ゆったりとした動きで、その手にあった三ヶ日特産のキミドリオレンヂからつくったジュースを喉へとすべらせていった。
若い一団が去り、いっとき静寂が。誰もいないことを覚えると、シローはひんやりとした床にお腹をぺたりとつけた。
―これがスキだあ
外には灼熱の太陽。けれど、ここだけは水の底みたいに穏やかだ。
蝉のその声に抱かれるように、シローはそのまま、ひと眠りした。水の底へ、沈んでいくみたいに―




