運動会 前半
運動会
私は苦い思い出がある。
もともと運動は得意ではないが、決してそれが理由ではない。
私としては思い出したくもないのだが、家にあるVHSにはそのときのものが残されているのだから、嫌でも思い出してしまう。
そう、それは幼稚園のとき。
私は背が低く、背の順は1番前だった。
だから、徒競走も1番目に走る。
また、数々の失態を犯し続けていた幼少期にあたっても、なぜか先生はマスゲームの先頭もそのまま私にしていた。
当時、記憶力には自信があった私はそれを受け入れ、先頭で練習に励んでいた。足は遅く、家で練習。だからといって、クラスには足が遅いのをバカにするような風潮はなく、友達とも練習は楽しく過ごしていたはず。
そして迎える本番。
私はたくさんの保護者が園庭を囲う様子にビビり散らかし、おそらく冷静な判断ができていなかった。
父と母の姿を見つけ出し、どこか安心したと同時に、恥ずかしいところは見せたくないという思いになった。
入場行進は可もなく不可もなく。元気に声を出して行った。このときはこのあとの惨状について、誰も知らなかったであろう。
そして、いよいよかけっこの時間。いわゆる徒競走だ。
20メートルを6人で駆け抜ける。
練習の成果をいかんなく発揮したい私はスタンディングの姿勢で、先生のよーいとう合図に、ぐっと力こぶしを握る。
そして、号砲がなった。
勢いよく、皆が飛び出した。
しかし、
何ということか、
私はスタートで出遅れてしまった。
あまりの音の大きさにびっくりしてしまったのだ。
体がビクッとなり、気づいた時には周りは5メートルは先に進んでいた。
とにかく、私は走り出した。
しかし、おそらく追いつけないだろう。
そう考えた私は
5メートル付近で、天を仰ぎ、立ち尽くしてしまった。
もう完走なんかどうでもいい。
私は負けたのだ。
これまで、少しでも勝てるように練習してきたが、音の大きさという、自分ではどうにもできない敵に負けたのだ。
こうなった以上、私を動かすのは並大抵のことではない。
焦る先生。
戸惑う観客。
そんななか、泣きもせず、ただ堂々と立ち尽くす私。
そんななか、私をそこからどける父。
次の種目からは出場しないと心に決め、ペア種目や団体競技にも出ないと訴える私。
最初は熱心に誘っていた先生も諦めたのだろう。
集団に戻り、代わりの選手等、運営に回っていた。
後半へ続く




