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漫才のような小説1—―ラブコメ篇/新歓コンパでの出会いからようやく会話が成り立つまで

作者: げんしょう
掲載日:2026/05/07

 ——とあるビルの飲食店街

「新歓会場って確かこのビルの地下って言われたんだけど、得体の知れない店がたくさんあって、会場まで辿り着けるかな——部活の名称も怪しげで記憶があやふやなんだよね。何か、グルメと民族学が融合したような変てこな名前のクラブだったよなぁ。ああここだ。良かった。お店の案内板に書いてあった」

―—〝クラブ首長族〟『歓迎 部族飯愛好文芸部 新歓コンパ会場』

「本当にこんなとこで新歓すんのかよ。奇天烈な店名でなんか心配になって来た」

——カランコロン

「部族飯愛好会の人たちはどこにいるんだろう。顔も見たこともないのに合流できるのだろうか」

「おーいこっち」

「よく俺が部族の一味だって判ったな。まあ、いいわ。ちーす。新入部員でーす。どこに座ればいいっすか?」

「君の担当部落はそこの角の隅っこ地域だ」

「何だよ、担当部落って。ちぇっ。角の隅っこってえらくはずれ席じゃん。何か眼鏡掛けた気難しそうな女が座ってるぜ……ちょっと可愛いけど。ちーす、ちーす」

「……あなたは何をもって、私にその安っぽい掛け声を二度も掛けるのですか?」

「だって先輩への挨拶ってこんなもんでしょ」

「なぜ入り口から入ってきたときの掛け声と、今私へ掛けた掛け声が変わらないのですか」

「そこから聞いてたの? 角の隅っこにいるのに地獄耳。でも、ちーすって世の中で最も一般的な挨拶だから」

「挨拶は総論においては普遍的なものであっても、各論に入るにしたがい、相手との関係性において細分化されていくものではないでしょうか」

「うわ、何だって? 郭論に入るにしたがいサイフォン化? 何だか気難しそうなうえに小難しいことを言う先輩だなあ。弱ったなぁ。お腹痛くなってきた」

「『ちーす』とは何語ですか」

「まだ続くのか。そりゃ日本語ですよ。少なくともウズベキスタン語ではないです。挨拶でいきなり外国語を使う人って、お調子者の短期留学生くらいでしょ?」

「私は本大学の日本語文学部に籍を置いておりますが、私がこれまで受けて来た日本語教育の中に『ちーす』という慣用句が存在しません。興味を惹かれますので、その日本語の成り立ちを詳しく教えてもらえませんか」

「そりゃもう、単純に『こんにちは』の略語です」

「ちーすの中には、こんにちはの『ち』の字以外に残り香が微塵もございません」

「困った人だな。何だか話が噛み合わないなぁ。うーんとあれこれ考えて、ちーすを正式名称で申し上げますと『遠方からはるばるとこんにちは。ええ。もう主人の具合もすっかりとよろしゅーございまして、いつもありがとうございます』の、こんにちはの『ち』と、よろしゅーの伸びる棒と、ございますの『す』でちーす。日本民族特有の広い感謝の念が含まれた言葉です」

「ほぉ。相当な力技でしたが『しゅー』が『ちー』に変化する様は、かなりの躍動感と日本語の奥深さを感じさせる興味深い解説でございました」

「あざっす」

「おぉ。これはまた異なる言葉をお使いで。こちらも一つ由来を」

「えぇ! また理屈考えんのかよ。……うんとね『ありのままの姿見せるざまっす』。スネ夫さんのお母様が図らずも漏らした一言です」

「なんと! あざっす誕生の陰には、少しも寒くないざます、二十二世紀の猫型ロボット社会の裏キャラが大きく関わっていたとは」

「なんだよ。俺より今時の言葉使うじゃん」

「で、裏キャラというのは……」

「その単語は自分で言い出したんでしょ」

「少し話題を変えましょう。あなたは言葉の簡略化について如何なる御意見をお持ちでしょうか」

「全く話が変わってないじゃん。今、ちーすとあざっすが省略される変遷について話していたとこ」

「ああそうでしたね。私、文芸部一筋なもので、この手の日本語を掘り下げる話には夢中になってしまいます」

「そういや『部族飯愛好文芸部』って確かに書いてあったな。先輩はなぜこの部に入部したんですか?」

「私は中学も高校も文芸部で、大学でも文芸部に入ることを切望しておりました。我が大学には文芸部が三つありまして、一つが『死神お産婆絶叫文芸部』、もう一つが『血で血を洗うカタストロフィー三段締めブンゲイ部』でして、その二つの文芸部の過激思想にはあまり共感できなかったため、最も穏やかそうな部族飯愛好文芸部に入部しました。死神とカタスは大学公認の倶楽部活動なのですが、部族飯は倶楽部名の衝撃度が弱過ぎたせいか、いまだに公認をもらえておりません」

「死神とかカタスとか略すの大好きじゃん。大学の公認ってクラブ名称のインパクトで決まるものなのか。公認を受けると何の特典があるんですか」

「はい。俱楽部名の部族飯に捉われずに、部族飯以外の食事が選択できます」

「部族飯は、好みじゃなくて大学の押し付けなんだ。お腹だけじゃなくて頭も痛くなって来た。俺とこの先輩の言っていることはどっちが真っ当なんだろう。もう、本当に話題を切り替えましょう。先輩は文芸以外には何の話に興味がありますか」

「私は文芸部以外の部活に参加したことがなく、ですもんで人と話すことは筆談以外大の苦手で、これまでほぼ人類との間で会話が成立したことがございませぬ」

「嘘つけ。さっきから俺よりずっとぺらぺら喋ってるじゃん。筆談なんかしたことあるのかな。いつでも文学の話をしてるの?」

「文学の話であれば男の人とでも大人とでも女将とでも普段通りお話しができます。文学以外は、先輩部員から連綿と引き継いで来た部族飯の話題しか知りません。タイの部族飯としては北部のラオス系民族の『カオ・ソーイ』や南部のマレー系民族の『ナシ・パット・プン』がお薦めです」

「めちゃくちゃ詳しいじゃん」

「どんな料理か見たこともありません。知りたくもありません。他の部員のように部族飯に興味がないうえに人類との会話が苦手なので、このような倶楽部の呑み会の席に参加すると、ひどく緊張してしまいます」

「呑み会参加は自分の意思で決めてるんでしょ」

「部族飯愛好文芸部に在籍してる以上、こういった呑み会を拒否することは卑怯です」

「そんなに、強くこぶし握らなくても……」

「ただし、参加はしても他の部員からも店員さんからも極力話し掛けられないように、お店にいち早く参りましてこのように角の隅っこに陣取ります。この座席を確保致しますと、この呑み会に参加したことへの最大の達成感を味わえます」

「まだ呑み会の始まる前のことでしょ? 喋るのが苦手という割には随分と長々話してるよね。ところでお名前を教えてもらえますか」

「角の隅っこにいるからといって名前が角野隅子ではありません。京の風香る飛ぶ鳥と書いて京香飛鳥と申します。『きょうかあすか』と言っても命の危機にある訳でもありません」

「名前だけで二つもネタ持ってるのかよ。羨ましい。じゃあ俺も名前を『ヤコブ』にしたい」

「私は日本語文学部日本語言語学科在籍なので、海外の文化を、たとえ名前たりともすんなりと受け入れることができません」

「部族飯愛好文芸部なのに?」

「はい。私の流派は部族飯愛好文芸部の分派ヤマト民族会派文芸班です。文学方面以外では他人と会話が成立しないのに、ましてや人の冗談など理解ができません。元来文芸部に気の利いた冗談を言う奴はいやしません」

「なんか面倒な人だな。話が全然噛み合わないし。あの、私が飛鳥さんの何か気を悪くするようなことを言っていたらお詫びします」

「飛鳥と、恋人のように下の名で呼ばないで、ください。あなたに言われ、ると甚だしく安っぽ、い存在に感じられます。あかの他人、なうえ後輩なのですから、京香、さんと呼んでくだ、さい。飛鳥さんなどと呼ばれると、私は、滅茶滅茶、緊張して、しまいま、す。ふぅ」

「動揺がそのまま言葉に表れる体質なんだね。そりゃもう、ほんとごめんね。飛鳥ちゃん」

「京香、です。意地が、悪い、のですね……ふぅ」

「ごめんなさい。私にできることがあれば、できることだけします」

「多く、は望めな、いのですね……ひぃ!」

「どっ、どうしました……」

「ひぃ……ひぃ、ひぃ、ふぅ!」

「もう産まれますか?」

「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ!……いえ、何でもありませんでした……過呼吸になってしまいました。もう落ち着きました」

「……お大事に」

「しかし『ナシ・パット・プン』さんは本当にお話がお上手ですね」

「『ナシ・パット・プン』ってどこで出てきた語句でしたっけ?」

「あ、失礼しました。『ヤコブ』さんでしたっけか? 『ナシ・パット・プン』は我が部の持ちネタのタイの部族飯のことでした」

「もうそんな古い話は憶えていません。でも、目の前で出産に立ち会ったのは、生まれて初めての経験です。私たちにとってこれは運命の出会いだとは思いませんか」

「運命など信じるほど私は西洋かぶれをしておりません。私は土着信仰の由緒正しき神の教えのみを信じつつ、これまで清く美しく生きて参りました。これからも神の御心にたがわぬよう、たとえ他人の気持ちを踏みにじってでも、私だけが死ぬまで幸せに生きていく所存です」

「何故、この人は今ここで自分勝手な決意表明をするんだろ。相変わらず話が噛み合ってないんだよなぁ。いつの間にか死ぬほど外国嫌いなキャラになってるし」

「私だけが死ぬまで幸せに生きて参ります」

「さっきも聞いたよ。発言がリフレインしてるよ。少し話を戻しましょう。文芸部で飛鳥さんはどういう活動をしてるんだよ」

「京香です。いきなり言葉が砕けましたね」

「飛鳥でも京香でもどっちでもいいじゃん。

文芸部だと普段小説とか書いてるの?」

「はい。よい小説を執筆するよう心掛けております」

「よい小説って由比正雪の親戚?」

「私は由比正雪殿とは縁戚関係はないのですが、思うに無関係です」

「あれ、まぶ? じゃあ誰の親戚なの?」

「その心惹かれる『まぶ』の語源を教えてください」

「面倒だから『まちをぶらぶらしよう』でまぶ。今度街ぶらデートでもしようよ」

「また、御冗談をおっしゃる」

「いやもう、まぶ真面目な話」

「出会ってものの三十分しか経っていない異性に逢引きに誘われて、即座に応諾するような軽い女に私は見えているのでしょうか」

「何言っちゃってるのよ―—そうだ。今度の日曜日、デートらしく映画を見に行こうよ。飛鳥さんは何か見たい映画がある?」

「京香です。ひとの話には全く耳を傾けないタイプの殿方なんですね。逢引きかどうかはともかくとして、確かに私には見たい映画があるのです。『あゝ野麦峠』が再上映されているので、大画面で見てみたいのです」

「固いな。固いし古いな。でもいいよ。じゃあ、具体的にプランニングしましょう。待ち合わせ場所は渋谷のハチ公前に、日曜日の午後二時でいい?」

「本当にほんとうなの?」

「マジマジ。激マジ。超マジ。ローマ字」

「この殿方の言動を、どこまで本気にしてよいんだか……」

——デートの当日。午後二時ハチ公前。

「あ、飛鳥さんだ。ちーす、ちーす」

「京香です。あなたはこのような雑踏の中でもどこにいても変わらぬあなたなんですね」

「あざっす」

「ほめてません。むしろ暗に見下しています。

あなたが文芸部に入部したこと自体が不思議でなりませぬ」

「いやぁ、俺は部族飯のほうの流派だから」

「まあ、確かにその一面は否定できません。それより映画館の場所はお判りでしょうか」

「いやさっぱり。だってこれだけたくさんの人がいるんだから誰かに訊けば判るでしょ。あぁ、あの人が何か知ってそうだ。すいませーん。あーええと、あれ? あなたは日本語が判りますか? パードゥン? ヒアユア。メイビーオフコース」

「何故わざわざ外国人に尋ねたのですか」

「たまたま声を掛けた人がアメリカ人だっただけです」

「あなたの世界観がさっぱり理解できません。それで、映画館の場所はお判りになりまして?」

「いやぁ、日本に観光に来て渋谷は初めてだけどめちゃエキサイティングだって、アメリカ人に褒められちゃった」

「あなたに少しでも世間との橋渡しを期待した自分をみすぼらしく感じます。いいです。私が訊いてみます。あの、つかぬことをお伺いしますが。えっ? ああ、チョンクオレン? ウオシーリーペンレン。トゥーシュークワン。シエシエ」

「ちょっとちょっと。一体誰と話をしてるの?」

「たまたま声を掛けた方が中国人だっただけです」

「飛鳥さんも相当世間からずれてるぜ」

「京香です。でも必要な情報は戴きました」

「で、映画館はどこだって?」

「目の前にある交番で訊きなさいと教えて戴きました。わざわざ中国人に訊いた甲斐がありました」

「飛鳥さんは中国語が話せるの?」

「京香の祖父がかつて遣唐使をしていた縁で」

「遣唐使してたって、おじいさんは千二百歳かよ。平安時代の生まれかなぁ。しかし映画館に辿り着くだけで困難を極めるね」

「あなたといると非常に無駄で怠惰な時間を費やしてしまいます。上映開始時刻も迫っているので急がねばなりませぬ」

「俺のせいにするなよ。で、映画館はどこなの?」

「これからお巡りさんに訊きます」

「最初からそうすればよかったな―—えーと、聞いた通りにこっち行ってそこを曲がってあの坂を上ると―—あったあった。この映画館だな。チケットを買わないと―—すいません。大の大人が二名。はい、付き合い始めたばかりで、まだ結婚話には至っておりません。いやぁ、お互い苦労続きで痩せちゃいますね」

「深い話をしておいでですが、お知り合いですか?」

「いえ。母親に瓜二つな顔立ちをしていたもので親近感が湧いてしまって、つい縁側で長居を」

「このようなところで主婦のような井戸端会議をしないでください。またも無為で怠慢な時間を過ごしてしまいました。急ぎませう」

「平安人かよ」

 ——映画鑑賞後

「『あゝ野麦峠』は泣けたねえ」

「はい。手拭いがびしょ濡れです」

「俺も飛鳥さんに借りたハンカチをびしょびしょにしちゃった。はい、返すね」

「その(けが)れた布切れは差し上げますので、決して返却などしないでください」

「なんとも冷たい言い方。じゃあ、このあと御飯食べに行こうよ」

「まだ午後四時ですが、まあ夕御飯というくらいですから、夕方の食事には丁度よい頃合いなのかもしれません」

「いちいち日本語にうるさいんだなぁ。飛鳥さんは何食べたい?」

「京香です。私はお酒が苦手なので、居酒屋さんのようなお酒の残り香のきつい場所を不得手としております」

「この間新歓やった呑み屋では大丈夫だったじゃん」

「うちの部の特性で、毎回呑み会が部族飯屋さんなのは致し方ないのですが、部族飯屋さんにありがちな、お酒の匂いの特にきついタロイモを発酵させた部族酒の独特な香りはどうにも受け入れることができず、その臭いを嗅がないように、先日の呑み会の間はずっと息を止めておりました」

「そりゃ、素潜りの世界チャンピオン並みの肺活量だね。ええと……じゃあこの釜飯屋さんなんかどう?」

「はい。喜んで受けて立ちましょう」

「そんなに気合い入れなくてもいいんだけど」

 ——ガラッ

「ちーす」

「その『ちーす』はどうにかならないもんでしょうか。一緒にいる私までもが身の軽い女に見られてしまいます」

「心配ない。飛鳥さんの見た目はめちゃくちゃ気難しそうな角野隅子さんだから」

「そんなに持ち上げられると、お恥ずかしい限りです」

「話が噛み合っているのかなぁ。褒めてはいないんだけど。何頼む? はい、メニュー」

「献立表のことでしょうか」

「別にそこまで日本文学にこだわらなくても。

じゃあ俺は五目釜飯にしようかな。飛鳥さんは?」

「はい。京香は部族釜飯に致します」

「よくそんなもん瞬時に見付け出したな。っていうか部族飯大好きなんじゃん」

「大嫌いなのですが、この部に入部して以来『部族』と記載があると目が惹きつけられてしまい、つい口が勝手に反応してしまいます」

「ああ、部活病ね。よくありがち」

「そんな病名聞いたことがありませぬ。これまでも気の進まぬ食事会などに出席した際、お店で部族飯を注文して、同席者から非常に嫌がられて来ました」

「病気には充分気を付けないとね。でさぁ、さっきから訊きたいと思ってたことがあるんだけど。飛鳥は何で俺と歩いているとき、横に並ばないで少し遅れて歩くの?」

「さん付けでさえなくなりましたね。京香です。殿方と歩くときは、三歩遅れて歩くよう、家庭で厳しく躾けられております」

「それじゃあ、手を繋ごうにも届かないよ。腕を二メートル後ろまで伸ばさないと。躾の厳しい家で育ったのね。飛鳥のお父さんって、何をしてる人なの?」

「京香さんの父は警察官です」

「まぶ? お父さん怖いでしょ」

「そんなことありません。警棒で殴られたり、手錠で柱に繋がられたりしたことは、今まで一度もありません」

「当たり前でしょうが。いかがわしいクラブじゃないんだから。お母さんは元婦警だったの」

「いえ。母は都立高校の教諭です」

「めちゃくちゃ厳格な家庭だねぇ」

「そんなことはありません。門限が五時だなんて至って当たり前のことです」

「相当根に持ってるじゃん」

「御心配なく。本日は遅刻届提出済みです」

「公務員の家庭って、どこでもこんなに窮屈なものかなぁ。でもそんな環境で育つと、飛鳥のように初心な子ができるの?」

「京香さんです。私は初心ではないのですが、身体が弱いのです」

「話の繋がりがよく見えないんだけど」

「私はこれまで身体が弱かったもので、男の方と個人的にお付き合いをしたことがほぼございません。風邪やら何やらで、待ち合わせをすっぽかしてしまうことが多かったのも原因の一つなのですが――」

「話が長そうだな。本当にしゃべくりが苦手なのかなぁ」

「もう一つ男の方とお付き合いができない理由がありまして、それは以前にも申し上げたのですが、私が話し下手なことなのです。あなたのように、ええとあなたはどちらさんでしたっけ。『ヤコブ』さんでしたか。ヤコブさんとですと不思議と自然に話せるのですが、ほかの男性とではこのようには話が噛み合いません。そのため一人の男性と、逢引きを二回以上したことがありません」

「俺とは話が噛み合っている感覚なんだ。で、ええと逢引きっていうのはデートって脳内変換しなくちゃいけないのね。で、ここまでそんなに英語嫌いなキャラだったっけ?」

「いえ、途中からキャラ変しました」

「何だよ、キャラ変って。どこが英語嫌いなんだ」

「キャラ変って何ですか?」

「知るかよ。自分に訊いてくれ。でね、次のデートを予約したいんだけど」

「承知致しました。天文館とか行きたいところは山ほどあるのですが、次の逢引きは芸術鑑賞にしたいと思います」

「天文館ってプラネタリウムのことだろうな。判った。次回は美術館な。ということで二回目のデートって、俺が生まれて初めてってことだよね?」

「おぉ。おっしゃる通り。体調不良ですっぽかさなければ、私の人生において初めての経験になりますが、あなたが相手だと全く高揚感がありません」

「知るかよ」

 ——翌週待ち合わせ後、美術館に向かう途中で。

「美術館って頭使うから、糖質が足らなくなるじゃない。途中で甘いものでも買って、食べながら行こうよ」

「美術鑑賞と糖質欠乏の関連性が理解しかねますが、甘味は好物なのでそうしましょ。あぁ、こちらの薄焼き巻き菓子の出店(でみせ)は如何でしょうか」

「何を言ってるのか判らない。なんだ、クレープ屋か。いいね、ここにしよう。ちーす」

「あなたの一貫した軽薄性には、崇敬の念を憶えます」

「また褒められちゃった。何にする? クレープ一つでいいよね」

「あなたが一人で食すのを、私が見物しているということでしょうか」

「馬鹿言わないでよ。二人で一緒に食べるに決まってるでしょ」

「私の残り物をあなたが食べるのですか?」

「俺が一口食べたら飛鳥さんに渡して、食べたら俺に返して、を交互に行なっていくという―—ああ、説明が面倒くさい」

「京香です。つまり関節接吻をするということですか?」

「考えてもいなかったけど、そういうことだな」

「なるほど。その食し方は極めて不衛生ですので、先程申し上げたように、私が半分食べた残りをあなたに差し上げる手法でもよろしいでしょうか」

「愛情のかけらもない言われようだけど、構わないよ。俺はチョコバナナが食べたいけど、飛鳥は?」

「京香さんは、苺抹茶生乳脂を希望します」

「メニューに書いてある生クリームまで和訳することないでしょ。ではイチゴ抹茶クリームをオーダーしましょう。お願いしまーす」

 —―程なくして

「来た来た。じゃあ、食べながら行こう。まず半分食べてよ」

「ほう、抹茶がたっぷりでなかなか美しい外観ですね。では遠慮なく半分戴きます」

「—―可愛い。飛鳥ったら、もう。かぶりついたから、抹茶で唇が土気色」

「京香さんの顔の美醜には触れないように。のち程お化粧直ししますので、見逃してください―—半分食べましたから、残骸は差し上げます」

「ほかに言いようがあるでしょうが。では失礼して―—ほう、美味しい美味しい。全部食べちゃった。それで、残り紙はそこらにポイっと」

「あー!」

「何てことはしません。ゴミはしっかり持って帰ります」

「びっくりしました。あなたが裏でポイ活しているのかと思いました」

「多分ポイ活の意味を履き違えていると思う」

 —―なんやかんやで美術館に到着。

「俺、絵画にはさっぱり疎いんだ。『種蒔く人』と『モナリザ』くらいしか見たことがなくて」

「私も似たようなものです。私が知っている画家もピカソとザビエルとヨハネ・パウロ二世くらいですよ」

「なんか美術と宗教がごちゃ混ぜになっていない?」

「あなたはどんな絵がお好きなのですか」

「俺はガンダムとか好きだな」

「それは、どちらのお国の方ですか」

「ええと、ジャパニーズのチューブ地域出身のかなり大柄な方です」

「全く存じ上げず申し訳ございません。お恥ずかしい限りです」

「いや、ガンダムを美術として評価している人がいたら、かなりマニアックなのでお気になさらずに」

「マニアックという用語は一体……」

「面倒なので、そこには引っかからないように。俺は絵画だとゴッホなんか好きだな」

「あ、私も大好きです」

「ゴッホって喘息持ちで、ずっと咳き込んでいたらしいよ」

「え! そうなんですか?」

「うん。ゴッホゴッホって」

「辛かったのでしょうね。お気の毒に」

「さっぱり話が噛み合わない」

「何か私、まずいことを申しましたか?」

「いえ、全く問題ありません」

「やはりヨーロッパの美術品は、十八世紀の王朝様式が秀逸ですね」

「蒸発性器の包丁掃除機がシューイチ? 飛鳥が何を言っているのかさっぱり判らない」

「京香さんです」

「もう、どっちでもいいです。いやぁ、たまにはゆっくり絵を見るのも悪くないな。これで全部見終わっちゃったね。じゃあ、食事でもしようか」

 ――絵画鑑賞後

「――この近くにトルコ料理屋があるので、そこで晩御飯にしよう」

「何とっ。 今日はお巡りさんに道を訊かなくてもいいんですかっ」

「前回のやり取りに遺恨があるようだな。すぐそこです」

 ——トルコ料理屋で

「香辛料の独特の香りが漂っていますね。あの……美術館はお気に召しませんでしたか?」

「いや、そんなことはないよ。なかなか楽しめたけど、歩き続けだったから足が筋肉痛になっちゃって」

「私、身体は弱いのですけれど、好きなことをしていると疲労を感じないのです」

「羨ましいね。俺なんて徹マンやると朝ふらふらになっちまう」

「てつまんって何ですか?」

「あまりお上品ではないお遊びです」

「そうなのですか。世間知らずの私には想像もつかない、切ったはったのやくざな世界のお話なんですね」

「ほぼ知ってるじゃん。あのさぁ、話の展開を早めたいんだけど、次のデートはどこへ行こうか」

「次週の逢引きは、図書館へ行くことにしましょう」

「図書館って、デートで行くところなの?」

「二人で行けば、それはそれで面白いところなんですよ」

 ——その翌週。図書館で。

「ここが区立図書館です」

「知ってる。外から見掛けたことある」

「この図書館はちょっと珍しくて、談話室が設けられているんです。普通図書館といえばおしゃべり厳禁なのですが、ここなら好きな本の話を自由にお話しして構わないんです。先に談話室に行って待っていてください」

「へいへい。談話室、と。ああここか。ほぅ、案外賑わってるんだ」

「——お待たせしました。山ほど本を持って来てしまいました。本に囲まれた生活って充実してますよね」

「いや、俺は部族飯派寄りだから」

「そうでした。流派が異なるんでしたっけ。まあ、細かいことは気になさらずに。私のお気に入りの本を御用意しました。はい、『欲望まみれの溶岩流』」

「本当の本当に面白い本なの?」

「はい。この世で最も面白い本です」

「そのみなぎる自信はどこから来るんだろ。まあいいや。読んでみる」

 ——三時間後

「よう。いつまで本読んでるんだ?」

「あぁ、今何時でしょう。あら、もうこんな時間ですか。時を忘れてしまいました。食事にでも行きましょうか」

「—―二人して談話室で沈黙して、たくさん持ってきた本のたった一冊を、三時間も読み続けるのがデートって、よく意味が判らん。本当にこの子と付き合っていけるんだろうか。話も全く噛み合っていないし―—まあいいや、食事に行こう。俺、気に入ったから『欲望まみれの溶岩流』を借りてくるわ―—奥が受付カウンターか。ちーす。この本借ります」

「いらっしゃいませ。お客様は当店初めての御利用ですか」

「ええ。借りるのは初めてです」

「承知しました。それでは御本人様確認を致しますので、住民票と印鑑証明を拝見できますでしょうか?」

「図書館にそんなもん持ってこないよ」

「戸籍謄本か土地の権利書でも構いませんが」

「むしろバーが高くなってるじゃん。ただの学生がそんなもん持ってるかって。大学の学生証じゃダメなの?」

「どちらの大学でしょうか」

「浅草大学だけど」

「申し訳ございません。浅大は三流大学なので、現在取り引きを停止しております」

「なんですとっ」

「どうなさいました?」

「あぁ、飛鳥さん。今、浅草大学が馬鹿にされてるとこ。在学生でも使ったことがない浅大とか略称で呼ばれちまって」

「京香です。浅草大学はその程度の存在ですのでお気になさらずに。私が代わりに借りておきますね」

「またの御来店をお待ち申し上げます」

「もう二度と来ないよ――本は返すけど。飯にしましょ。今日は腹立つから、ガツンと派手にサバの味噌煮定食で」

「ガツンの腹立ちと、たおやかなサバの存在のギャップがたまらないですね——で、ギャップって何のことでしょう」

「自分で処理して―—ああ、この店にしよう。ちーす。サバの味噌煮定食二つ」

「喧騒に飲み込まれているうちに、私もサバの味噌煮にまとめられていたんですね」

「あれ、カレイの煮付けがよかった?」

「いえ、今日の朝家を出たときから、サバを戴こうと心に決めていました」

「夢が叶ってよかった。あ、来た。戴きまーす――これで飛鳥さんの行きたがっていた映画鑑賞と美術館と図書館でのデートができたけど、そのほかはどこに行きたいの?」

「京香です。はい。次回は是非とも(たきぎ)能に連れて行って戴きとうございます」

「あれ、プラネタリウムに行きたいって言ってなかったっけ?」

「はあ、そう言えばそんなことを申しておりましたっけか……プラネタリウムだけに、記憶が星の彼方へ飛んで行ってしまいました」

「はい? 何とおっしゃいました?」

「二回も言う勇気はありません」

「ようやく話が噛み合ったな、飛鳥」

「京香さんです。プラネタリウムでなく天文館でした」

「プラネタリウムは英語でなくラテン語らしいよ」

「それならオーケー――失礼しました。それなら問題ございません」

「もう、ほぼ会話が破綻している」

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