#8 生命維持装置と罪悪感、あるいはポテトの塩のしょっぱさについて
(2026/2/6)
私には「ロー」の時にだけ現れる、奇妙な癖がある。
心身が省エネモードに入り、生命活動を最小限に抑えているはずのこの期間、なぜだか猛烈に「エサ」が欲しくなるのだ。
お腹が空いているわけではない。けれど、脳内の司令塔は赤いパトランプを点灯させ、重い指先を操ってUber Eatsを召喚させる。
「また余計なメシを頼んでしまった……」
心の中の石川五ェ門が呟くが、届いた袋を開ける手は止まらない。
これは、幼い頃から私に備わっている「生命維持装置」なのだと思う。
かつて四十二度の高熱を出した時も、慌てて病院の準備をする母を横目に、私は「待って、待って」と縋り付いた。せめてクリームパンのクリームだけでも、と指で掬って舐めとるために。
死の淵に立ってもなお、食への執着だけは衰えない。その強欲さは、自分でも時々恐ろしくなる。
今、モニターの中ではボクサーたちが命を削る減量に挑んでいる。
アニメ『はじめの一歩』。鷹村さんや宮田くんが、戦うために血の滲むような思いで空腹と戦っているのを眺めながら、私はバーガーキングを口に運ぶ。
期間限定「ビッグマウスホワイトバーガー」の暴力的な肉肉しさが、ポテトとの永久機関を生み出していく。部屋に充満する、油と塩の匂い。
ストイックに戦う人々を鑑賞しながら、油まみれの指を動かす背徳感。
「美味しい」という感動よりも、「食べてしまった」という後悔が、咀嚼のスピードを鈍らせる。
けれど、装置は止まってくれない。
ポテトの袋の底に残った、最後の一本。
指先についた塩を舐めてみると、なんだかひどく、しょっぱかった。
これが私の生存戦略。
かっこ悪くても、罪悪感に塗れても、こうして「エサ」を詰め込んで、私は明日へと繋いでいくのだ。




