#20 父が帰ってくる日、私は消火栓を握っている
(2026/2/11)
今日は、父からの告発のようなLINEで目覚めた朝――いや、昼だった。
昨晩、新作小説『名前のない感情の解剖学』を書き上げた。
寝る間も惜しんで没頭し、完成の余韻に浸りながらうとうとしていたところに、通知音が鳴った。
経験上、父からの連絡はあまり良い知らせではない。
地元・愛媛での定職を辞め、突飛とも言える県外就職をしてみたり(職種は同じだが)、かと思えばそれも辞めたいと言い出したり。
自由、と言えば聞こえはいい。母と妹は呆れ、嫌悪も抱いているようだが、私はどうしても嫌いになれない。
いちばん人間らしい人だと思っているから。
母と離婚して、もうすぐ一年。
どんな内容だろうと恐る恐る画面を開くと――
今の仕事を辞めて、また愛媛に帰る決断をしたらしい。
しかも今回は冗談ではなさそうだ。
父の人生だ。好きにすればいい。
ただ、ひとつだけ引っかかる。
母には伝えたのか。
離婚後も、何食わぬ顔で母の生活圏に現れかねない父だ。
プライバシーという概念がすり抜けていくタイプでもある。
返答は、まだしていない、だった。
絶句する母の姿が目に浮かぶ。
文字通り、思考停止するだろう。
母は強い人だ。
けれどその強さは、「自分は大丈夫」と言い聞かせることで成り立っている、ひび割れた盾のようなものだ。
今回の件は、その盾を貫通する気がしてならない。
同居すると決まったわけではない。
しかし、しないとも言っていない。
娘の私に父の真意は分からない。
火の粉は熱い。できれば被りたくない。
でも、火花を間近で見てみたい自分もいる。
帰ってくるな、と強く願う母。
自分の意思を尊重したい父。
その板挟みになるのは御免だ。本当に。
それでも、どう展開するのかは気になってしまう。
古来、火事は見に行くものじゃないか。
我ながら嫌な性格だ。
醜くて、そして少し愛おしい。
今度の帰省は波乱含みになりそうだ。
不謹慎にも、少しだけ胸が高鳴る。
オラ、ワクワクすっぞ。
消火栓のホースを握って、
対岸で待っている。




