#19 なぜ異世界は強いのか、そして私は逆を行く
(2026/2/11)
昨今流行りの異世界ファンタジー。
もっと早く廃れると思っていたが、どうやら根強い人気を誇っているらしい。
「らしい」と言うのは、私自身があまり好んで観ないからだ。
RPG要素の強い作品は、ゲーム文化にほとんど触れてこなかった私には、どうも馴染みにくい。
けれど、この流行り方には覚えがある。
数年……いや、十数年前の「きららブーム」に近いものを感じるのだ。
私は当時、きらら系が支持される層をこう分析していた。
――ストレス度の高い人。
――地位や責任の重さを背負っていると感じている人。
きらら作品には、現実社会の重さから一時的に解放される“逃げ場”としての役割があったのではないか、と。
その延長線上にあるのが、今の異世界ファンタジーだと私は見ている。
むしろ、きららよりも構造は分かりやすい。
・評価基準が数値で明確
・「スキル」という個人の特異性
・努力が結果に結びつきやすい世界観
不安定で、何を掴んでいるのか分からない現実社会の裏返し。
そんな願望が、形を持って可視化されているように思える。
とはいえ、両者が「現実逃避」だと言いたいわけではない。
ただ、映像や創作の世界にまで現実の重さを持ち込みたくないだけなのだろう。
想像の世界くらい、自分のなりたいものになっていい。
それで少しでも気持ちが軽くなるなら、それは健全な作用だ。
――さて、ここで問題が発生する。
もしこの分析が的を射ているのだとしたら。
私の作品は、いちばん受け入れられにくい部類に入る。
困った困った。こまどり姉妹だ。
私の書く物語は、現実を直視する。
曖昧なものを曖昧なまま、答えを出さずに置いていく。
異世界ファンタジー好きにも、きらら好きにも刺さらないだろう。
たぶん、その通りだ。
……まあ、しゃーない。
自分が好きで書いている世界だ。
少なくとも、私はその世界で少し楽になっている。
それで十分じゃないか。




