有栖、女王のパーティーで罪を犯す
数日後、有栖の家にパーティーの招待状が届いた。上品な封筒が真赤な蝋で閉じられている。有栖は丁寧に封を切ると、中の招待状を鍵つきの引き出しに閉まった。そしてクローゼットから一張羅の水色のワンピースを取り出し、袋に入れて街のクリーニング屋に持っていく。さらに黒いヒールとカチューシャはしっかりと磨いて、ぴかぴかと輝く状態に。パーティーまでの準備を終えた有栖は、その日が来るのを今か今かと待ちわびていた。
パーティーの当日、空は快晴で絶好のパーティー日和。有栖はいつもより丁寧に髪にアイロンを通し、カチューシャをつける。クリーニングから帰ってきたワンピースを身にまとい、最後にヒールを履けば、準備は万端。有栖は招待状を持って、会場へと向かった。
会場は東京の真ん中。お昼時で多くの人が行きかうその場所は、赤い制服を着た警察官たちが集まって物々しい様相になっていた。入口では招待客たちが一列になって、順番に招待状を受付の警察官に渡している。有栖も列の最後尾に並ぶ。順番が来て、招待状を渡して受付を通過した有栖は、会場へと足を踏み入れる。赤い薔薇のアーチを抜けると、真っ白なテーブルクロスに金色の装飾がなされた茶器がセットされた美しい庭園。会場スタッフが忙しそうに招待客たちを席に案内する中、警察官は会場内のあちこちにも配置されていた。
「綺麗だけど、少し息が詰まるわね。」
有栖はそうつぶやきながらも、指定された席に移動する。そして同じテーブルに振り分けられた数人の客と会話を楽しみながら、パーティーが始まる時を待っていた。やがて受付から警察官が引き上げてきて、入口が閉ざされた。会場の隅にいたウサギがラッパを吹いて、高らかに口上を読み上げる。
〈我らが女王のご入場。この国に平和をもたらした最高の指導者。〉
ラッパの音が庭園に響き渡る。それと同時に警察官たちは敬礼を行い、招待客たちは手が千切れるほどの拍手を送った。庭園の最も目立つ場所に整えられた一つのテーブルに向かって、建物の玄関からレッドカーペットが敷かれている。その上を女王はゆっくりと歩いて登場し、落ち着いた所作で席に着いた。そしてセットされていたティーカップを皆に見えるように掲げ、短い挨拶を始める。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。今日というなんでもない日に感謝しながら、ぜひパーティーを楽しんでいってください。」
女王の言葉に再度、拍手が溢れる。有栖も他の招待客と同じように数十秒もの間、拍手をし続けた。やがて拍手が収まると、スタッフたちが次々にお茶に合わせたお菓子を運んでくる。マカロンにスコーンにショートケーキ。甘く幸せで満ち満ちた空間を皆が享受した。
食後の紅茶も終えた頃、今度は自由に移動できる立食式のパーティーが始まった。先ほどのお菓子とお茶を楽しむものよりも、人との会話を楽しむ雰囲気になっていく。そして皆が順番に、ひとり赤い革張りの椅子に座る女王に挨拶を行っていた。有栖もまた、この機会を逃すまいと女王の近くへと移動する。そしてその時は訪れた。
「ごきげんよう、女王陛下。私は有栖と申します。今日はこんな素敵なパーティーにご招待いただき、とっても光栄ですわ。」
「ごきげんよう、有栖。パーティーを楽しんでいってくださいね。」
有栖はワンピースの裾をつまんで、挨拶をする。そして差し出された女王の手の甲にキスをした。女王は特に表情を変えることなく、前の招待客に与えた言葉と全く同じ言葉を有栖に与える。事務的で無感情な挨拶。有栖は少し怖気づいて手をぐっと握りしめながらも、なんとか笑顔を作った。
「女王さま。私、お伺いしたいことがあるんです。」
「なんでしょう。」
「どうしてこんなめちゃくちゃで、おかしな国をお作りになったの?」
有栖がそう言った瞬間、それまで表情を変えなかった女王が怒りをあらわにした。顔はおでこから顎先まで、怒りで赤く染まり、眦は吊り上がる。そして近くに控えていた警察官を呼びつけて、有栖を拘束させた。
「この不敬者をとらえなさい!」
警察官はすぐに動いて、有栖の両腕を背中側に引っ張ると、手首を手錠で拘束した。しかし有栖は止まらない。
「私、夢を見たのよ。この国とは真逆で、すべてあべこべな世界の夢を。でもとても魅力的に見えたの。ねえ、女王さま。あなたがこの国を守ってくださったことは知ってるわ。けど、なぜこんな選択をなさったの。外には沢山の国があって、夢の世界ほどではないかもしれないけど、もっともっと美しい世界が広がっているはずなのに。」
「うるさい!この不敬者の口を塞ぎなさい!今すぐに!」
女王がそう叫ぶと、有栖を拘束していた警察官が口にハンカチを当てて、声を出せなくしてしまった。ぜえぜえ、と肩で息をする女王と澄ました表情の有栖。他の招待客は口をはさめず、ウサギはラッパも書類もすべて地面に落として呆然としている。
女王は有栖の質問に答えることなく、音が鳴りそうなほど強く地面を踏みしめながら、赤い絨毯の上を歩いていく。
「裁判よ、今すぐに!この不敬者の罪と罰を決定します!」
そう叫び、周囲の警察官たちとウサギに指示を出す。警察官は招待客を一か所に集める人、裁判の準備のために駆け回る人、それぞれ動き始めた。一方ウサギは、女王に落ち着くよう進言しているが、効果はほとんどない。
「女王、女王さま。落ち着いてください。まだほんの小娘です。一度の過ちです。僕からも注意しますから、裁判は、裁判だけはやめてください。」
「いいえ、いいえ!裁判は行います!不敬者に年齢も性別も学力も何も関係ありません!」
「しかし女王!」
「うるさい!私に意見する気ですか!この私に!」
咆哮のように叫ぶ女王の姿を見て、ウサギはもう手立てが何もないことを悟る。耳もしっぽも萎れさせながら、裁判のための準備を開始した。
有栖は警察官に連れられ、建物の中へと連行される。地下へと続く階段を下って上って、歩き続けると古びた牢屋にたどり着く。警察官がぎぎっという音を響かせながら扉を開くと、背中を押され牢屋に押し込まれる。換気が十分になされていないのか、かび臭い匂いを漂わせるだけでなく、冷え切った空気で満ちた牢屋の片隅に有栖は座った。
「裁判の準備が整うまで、ここで待っていろ。」
警察官は一言告げると、有栖に背を向ける形で見張り用の椅子に腰かける。有栖は体の芯まで冷え切っていくのを感じながら、裁判が開かれる時を待ち続けた。
「おい、おい!起きろ!裁判の準備ができた。これから移動するぞ。」
かなり時間が経ったのか、微睡んでいた有栖を起こそうと、監視をしていた警察官が大きな声で呼びかける。その声に反応して目を開けた有栖は、開けられた扉から牢屋を出た。そして背中を押されながら階段と曲がりくねった廊下を進んでいくと、裁判所にたどり着く。警察官が扉を開けると目の前には女王。有栖よりも高い位置にある中心の席に堂々と座っている。有栖は目を閉じて大きく深呼吸をした後、落ち着いた様子で歩きだす。そんな有栖を傍聴席にいる他の招待客とウサギが驚いた様子で見つめていた。
「これより、有栖の裁判を開始します。彼女の罪はこの私に対する不敬。そして罰は国外追放。刑は即座に執行されます。異議のあるものはいますか?」
裁判官は女王ただ一人。傍聴席に座る人々の中に女王に異議を唱えられる人はいない。有栖は動揺することなく、静かに女王の言葉に耳を傾けていた。
「異議のあるものはいないようですね。それでは確定を。有栖は不敬罪によって、国外追放です!」
そう高らかに告げる女王の言葉を最後に、裁判は閉廷した。傍聴席の人々は外へと出され、有栖もまた警察官に外へと連れていかれる。そして準備されていた車に乗せられて、どこかへと移動していった。窓には外が見えないよう黒いガラスが使用され、有栖は今どこにいるのか、どこに向かっているのか全く分からない。
しばらくすると車が完全に停止した。車の外に出た有栖があたりを見回すと、どうやら古い港のよう。夕陽が辺りを照らしていて、海も船も建物もオレンジ色に染まっていた。潮の香りのする風が有栖の頬を撫で、髪を揺らしていく。初めて見る海に目を輝かせる有栖のことなど見えていないのか、警察官はてきぱきと有栖の背を押し、歩いて行ってしまう。
港に並ぶ一つの船の前に着くと、そこにはボロボロのボストンバッグを持った別の警察官が待機していた。有栖を連れていた警察官はボストンバッグを受け取ると、それを有栖に渡してくる。
「数日分の水と食料と着替えだ。この船に乗って、一番近い大陸の港にまでお前を輸送する。お前は永遠に、この大地を踏むことはできないのだから、お別れでも言っておけ。」
警察官が重苦しい雰囲気で告げる言葉も、有栖には全く関係がなかった。女王に不敬をはたらいた時とも、裁判の時のとも異なる晴れやかな表情の娘。周囲の警察官たちは言葉を失う。しかし有栖は意気揚々と船に飛び乗り、水色のワンピースの裾をつまむ。そして水平線のかなたに沈みゆく夕陽を背景に、丁寧で息をのむほど美しい所作を披露する。
「みなさん、ごきげんよう。どうか素敵な人生を。」




