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鎖国のアリス  作者: むう
3/5

有栖、怪しげなネコから助言を受ける

帰路についた有栖は、また迷路のような道と反対方向へ向かってしまう気まぐれな電車を乗り越えて、家へと帰る。住宅街でも外れの方にある木々に囲まれた小さなアパート。階段を上って自分の部屋の扉を開けると、手を洗ってすぐ、着替えることもせずに有栖は写真集を広げ始めた。勉強にも食事にも、なんにでも使っている背丈の低いテーブルの前に座って、一ページ、また一ページと休むことなく読み続ける。


イタリアのフィレンツェにフランスのパリ、イギリスのロンドンといったヨーロッパから中国にアメリカ、エジプトに南極まで、世界中のありとあらゆる場所が映し出されたその写真集は、有栖にこれまでにないほどの感動を与えた。


「素敵、本当に素敵だわ。」


頬を赤く染め、テーブルに肘をついて目をつむる姿は、まるで恋する少女のよう。有栖は初めて見る外の世界に夢中になっていた。美しい街、笑顔溢れる人々、豊かな自然。すべてが有栖のこれまでの人生にないもので、外の世界に対する憧れは風船のようにどんどん膨らんでいく。


「こんなに素敵な世界があるなんて。きっと夢で見る世界のように、すべてがあべこべだけど、とても素晴らしい世界なのだわ。」


それから有栖はどこへ行くにもこの写真集を持っていき、少しでも時間があると本を開いて外の世界を想像するようになった。ある時はワンピースでお花畑に寝転がり、またある時はドレスでお城のパーティーに参加する。有栖は毎晩見る夢と合わせて、だんだんと現実世界から遠ざかっていく。


そんな日々を過ごしながらも、大学へは通い続けていた有栖。その日も大学での講義の合間のお昼休みにひとり、人で賑わう中庭でサンドイッチのお弁当を広げながら写真集を眺めていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「そこのお嬢さん。ほら、サンドイッチを食べて写真を見ている君だよ。」


そこまで言われて、有栖はようやく自分が呼ばれていることに気づいた。しかし周りを見渡してみても有栖の方を向いている人はおらず、どこから話しかけられているのかがわからない。サンドイッチを食べる手を止め、あたふたと回りを見る有栖の姿に焦れたのか、さらに正体不明の声は話しかけてくる。


「ここだよ、ここ。」

「ここってどこ?私に話しかけているのはどなた?」

「ここさ、上だよ。君の上。」

「上?」


声に従って、有栖は上を向く。すると木の枝の上にネコの耳としっぽを持った男の人が寝転がっていた。そよ風に揺れる木の葉がこすれる音と楽しそうな話し声が響く中庭。木の上で時折あくびをしながらも、にこにこと笑うそのネコは、自由で怖くて魅力的だった。


「あの、一体どちらさま?なぜ木の上に寝転がっているの?」

「ここが気持ちいいんだ。そして俺はネコ。見ての通り。それより君こそ何をそんなに楽しそうに見ているんだ?」

「私は教授から貰った写真集を見ているのよ。世界中のいろんな国が写っていて、とても素敵なの。」

「ふーん、君は外の世界が好きなのか?」

「そうね、好き。とっても好きよ。」

「行きたい?」

「行ってみたいけど…。でもそんなの無理よ。この国から外にでることなんてできないわ。」


有栖はそう言って、視線も肩も落としてしょぼくれた。日本は他国と一切交流していないため、ただの一般人の有栖が外へ出るのは不可能。外の世界に憧れ続ける有栖は、方法を考え続けていたけれど、どれほど考えても思い浮かぶことはなかった。それまでの笑顔とは一転して顔を伏せ、暗く沈んだ少女。しかしその様子を見たネコは笑みを深め、声色を明るくして、さらに話しかけてくる。


「行けるさ。君が本当に行きたいのなら。」


その言葉が耳に入った瞬間、有栖は思い切り顔を上げる。にこにこと笑うネコの顔を見上げるが、言葉が詰まってうまく出てこない。二人の間を風が通り抜け、周囲の音をかき消す。有栖は一度、目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。そして再び目を開いて、ネコの顔をじっと見る。


「その話は本当なの?」

「もちろん本当さ。俺はうそをつかないぜ。ただし、君に覚悟があるのならだけどね。」

「どうやって行くの?」

「この国で最も重い罪を犯せばいい。そうすれば国外追放になって、晴れて外の世界への切符を手に入れる。片道切符だけどね。」

「最も重い罪?殺人ってこと?そんなの無理よ。」

「違う違う。この国で最も重い罪は、我らが女王陛下に不敬をはたらくこと。そうだな、女王主催のパーティーで、“この国は間違ってる”とでも叫んでやればいい。」

「それだけでいいの?」

「ああ、それだけ。とっても簡単だろう?昔は不敬罪で斬首になってたらしいけど、法廷が血で汚れるから国外追放になったんだってさ。ただ、さっきも言った通りこれは片道切符。覚悟がないなら、この箱庭でぬくぬく生きていた方が幸せだよ。」


そう言ったきり、ネコは昼寝を始めてしまった。枝の上でしっぽをくねらせながら、穏やかな寝息を立てている。有栖は残っていたサンドイッチを食べつつ、ネコの話を思い返していた。女王に不敬をはたらけば国外追放、それが本当なら有栖はあこがれ続けた外の世界へと行くことができる。殺人や強盗なら勇気が出ないけれど、女王にたった一言伝えるだけならば、有栖でもできる気がしたからだ。有栖は残りのサンドイッチを口に押し込んで、手早く荷物をまとめると、図書館に向かった。


すでに午後の授業が始まり、あちこちの教室から声が聞こえてくる。ガラス張りの扉からは、寝ている生徒に真剣にノートをとっている生徒、ほかにも様々な生徒が見えた。そんな生徒たちを横目に、有栖は小走りで図書館へと向かう。


数分して図書館の前に到着すると、入口にいる受付の職員さんに学生証を見せ、大きな扉の中へと入る。本棚には、上下も前後もバラバラに仕舞われた本たち。有栖は30分くらい本棚と格闘して、やっと日本の法律関係の本を見つけることができた。読みやすそうな数冊を手に取り、開いている席に座って読み始める。静寂に包まれた室内。辺りにはペンを走らせるかすかな音だけが流れている。


すべてにざっと目を通し終えた有栖は、最後の本を閉じるとふうと息を吐いて、思いっきり伸びをした。そして本を元の場所へと戻すと、図書館を後にする。はやる気持ちを抑えながら、有栖はただ家に向かって歩き続けた。


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