表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
許嫁だから、好きじゃないと思っていた  作者: 海鳴雫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第3話 それでも、君を選びたい

その話を聞いたのは、夕食のあとだった。


「お前たちの婚約だが……一度、白紙に戻そうと思う」


父の声は、ひどく落ち着いていた。


俺は一瞬、意味が理解できなかった。


白紙。


戻す。


つまり――婚約解消。


「紗月の将来を考えれば、もっと自由な選択肢があっていい」


「お前も、自分の人生を縛られる必要はない」


理屈は、分かる。


正しい判断なのだと思う。


でも。


胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。


「……分かりました」


そう答えた自分の声が、やけに遠く聞こえた。


部屋に戻っても、落ち着かなかった。


頭に浮かぶのは、紗月の顔ばかりだ。


事務的で、感情がないと思っていた。


でも。


あの笑顔を、他の誰かに向けるかもしれないと思った瞬間。


耐えられないほど、胸が痛んだ。


俺は、ようやく理解した。


俺は、ずっと逃げていただけだ。


許嫁だから。


義務だから。


そう言い訳をして、自分の気持ちを見ないふりをしていた。


名前を呼ばれるのが、怖かった。


本音を知られるのが、怖かった。


「……紗月」


その名を口にした瞬間、心が決まった。


夜の廊下を進み、彼女の部屋の前に立つ。


扉を叩く手が、わずかに震えていた。


「紗月、俺だ」


少し間があって、扉が開く。


驚いたように目を見開く彼女を見て、逃げ場はなくなった。


「どう、しましたか……?」


その声に、胸が締め付けられる。


俺は、息を吸って、はっきりと言った。


「婚約、解消の話が出てる」


紗月の表情が、固まる。


「……そう、ですか」


震えているのは、俺の方かもしれない。


「でも、俺は嫌だ」


その言葉に、自分でも驚いた。


「義務とか、政略とか、そういうのじゃなくて」


「俺が、紗月を選びたい」


彼女の瞳が、揺れる。


「名前で呼ぶの、ずっと避けてた」


「でも……紗月」


一歩、距離を詰める。


「俺は君が好きだ」


沈黙。


そして。


「……ずるいです」


小さく、そう言って、紗月は泣いた。


「そんなこと、言われたら……」


顔を覆う彼女の手を、そっと取る。


「遅くなって、ごめん」


「でも、これからは逃げない」


紗月は、ゆっくりと顔を上げた。


涙に濡れた瞳で、まっすぐに俺を見る。


「……本当に、ですか」


「ああ」


「俺の名前、呼んでほしい」


一瞬の迷いのあと、彼女は小さく息を吸った。


「……悠真」


その響きに、胸がいっぱいになる。


「紗月」


今度は、はっきりと呼び返す。


自然と、距離が縮まる。


額が触れ合い、互いの息が混じる。


「許嫁だからじゃない」


「好きだから、一緒にいたい」


その言葉に、彼女は小さく笑った。


そして、初めて。


義務でも、取り決めでもない。


選び合った二人として、唇を重ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ