第2話 許嫁だから、想ってはいけないと思っていた
私は、彼の許嫁だ。
桜庭紗月という名前より先に、その立場を教えられた。
幼い頃から当たり前のように隣にいて、気づけば将来も決まっていた人。
だからこそ。
私は、ずっと自分に言い聞かせている。
これは恋じゃない、と。
彼が優しいのは、義務だから。
私を気遣ってくれるのは、許嫁だから。
それ以上の意味は、きっとない。
彼は誰にでも優しい。
困っている人を放っておけないし、頼まれごとも断れない。
だから、私だけが特別だなんて、思ってはいけない。
そう思っているのに。
朝、挨拶を交わすだけで胸が少しだけ跳ねてしまうし。
食事の席で視線が合うと、ほんの一瞬なのに顔が熱くなる。
そんな自分が、情けなくて仕方がなかった。
放課後、同じクラスの男子に声をかけられた。
課題の相談で、ほんの少し話しただけだ。
笑ったのも、愛想笑いに近い。
それなのに。
帰り道で、彼の姿が見えなかったことに、胸がざわついた。
いつもなら、少し離れた場所にいるのに。
その日は、いなかった。
夕食の席でも、彼はどこかよそよそしかった。
目も合わない。
会話も、必要最低限。
……嫌われたのだろうか。
そんな考えが浮かんで、慌てて首を振る。
違う。
そもそも、好かれている前提で考えるのが、おかしい。
私は許嫁。
それ以上でも、それ以下でもない。
夜、自室でベッドに座り、膝を抱える。
本当は。
一度でいいから、聞いてみたかった。
私のことを、どう思っているのか。
でも、それを聞いてしまったら。
もし「家の決めた相手だと思っている」と言われたら。
その距離を、私はもう保てなくなる。
だから。
想ってはいけない。
期待してはいけない。
許嫁だからこそ、踏み込んではいけない。
そう決めていた。
そのはずだったのに。
「……どうして、こんなに好きなんだろう」
小さく零した言葉は、誰にも届かない。
ただ、静かな部屋に溶けていった。




