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獅子の国と迷子の妖精~宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした~【第一巻完/続き準備中】  作者: 相野端摘
宰相に捨てられた息子がたどり着いたのは、亡国の隠れ家カフェでした

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金色の導き手

 王都レオリカの大通りは、活気という名の冷たさで満ちていた。

 行き交う人々は皆、自分の生活と目的のために足早に歩いていく。ルーカスのような、見すぼらしい格好をした透けかけの少年など、誰も気に留めはしない。むしろ、その異様な姿に気づいた者は、まるで汚物でも見るかのように眉をひそめ、足早に遠ざかっていく。

 寒さと空腹、そして身体が消えていく恐怖。

 ルーカスの心は、氷水にじわじわと浸されていくようだった。

 ふと、彼の脳裏に、幼い頃に亡くした母の優しい声が蘇った。

『ルーカス、知っているかしら? このレーベダイド王国は、偉大な『有翼の獅子』様に守られているのですよ』

 母は、庭に迷い込んできた野良猫の頭を撫でながら、そう微笑んだのだ。

『ほら、猫ってなんだか小さな獅子のようでしょう? だから、猫にも優しくしてあげなさいね。きっと、獅子様も喜んでくださるわ』

 母の言葉を思い出し、ルーカスは無意識に、雑踏の中に猫の姿を探していた。

 もし本当に獅子様がいるのなら、どうかこの哀れな僕を……。


「ニャア」


 その時だった。人々の足元から、聞き覚えのある鳴き声がした。

 ハッとして視線を落とすと、そこにいたのは、先ほど庭で助けた三毛猫だった。猫はルーカスのズボンの裾を前足でちょいちょいと引っ掻くと、くるりと背を向け、まるで「こっちだ」とでも言うように、人通りの少ない路地裏へと入っていく。

 ルーカスは、覚束ない足取りで猫の後を追った。

 てってって、と軽やかに進む猫についていった先は、行き止まりの小さな広場だった。

 薄暗い行き止まり。そこに、彼は信じられない光景を目にした。

 数十匹の猫たちが、まるで臣下が王に傅くかのように、静かに身を低くしていた。そして、その視線の先に――古い木箱を玉座のようにして、一匹の猫が悠然と座っていたのだ。

 その猫は、異様だった。

 陽光を溶かして塗り込めたかのような、見事な金色の毛並み。ルビーのように全てを見透かす、鮮烈な赤い瞳。そして、普通の猫より一回りも二回りも大きい、威厳に満ちた体躯。その姿には、ただの獣とは到底思えないほどの威厳が宿っていた。

 ルーカスを導いてきた三毛猫は、その金色の猫の足元にすり寄ると、「にゃ、にゃあ」と何かを報告するように鳴いた。

 金色の猫は、ただ静かにその報告を聞いていたが、やがてその赤い瞳を、真っ直ぐにルーカスへと向けた。

 見られている。いや、見定められている。

 そう感じて、ルーカスは息を呑んだ。

 猫はふん、と一度だけ鼻を鳴らすと、木箱からひらりと音もなく飛び降りた。そして信じられないような速さで路地の奥へと駆け出した。

 他の猫たちは動かない。ただ、あの金色の猫だけが、ルーカスを導くように走り去っていく。

 もう、これに賭けるしかない。

 彼は、藁にもすがる思いで、その後を必死に追いかけた。


 猫の追跡は、一種の試練のようだった。

 猫は、不安定な木箱の上を平均台のように渡り、人一人がやっと通れるほどの壁の隙間をすり抜けていく。ルーカスも必死にその後を追った。

 呪いで覚束ない足がもつれ、何度も転びそうになる。壁に手をつき、息を切らし、それでも彼は諦めなかった。

 この猫が、きっと自分を救ってくれる。

 そんな、何の根拠もない確信だけが、彼の足を前に進めていた。

 やがて、猫が駆け上がったのは、なんと建物の屋根だった。

「そ、そんな……!?」

 呆然とするルーカスを尻目に、猫は屋根から屋根へと、まるで重力など存在しないかのように軽々と飛び移っていく。もうダメか、と思ったその時。猫は最後の屋根の上でぴたりと止まり、くるりと振り返ると、前足でとんとんと一つの場所を指し示した。

 その視線の先。職人街の、さらに入り組んだ路地の最奥に、一軒の古びた建物がひっそりと佇んでいた。


 息も絶え絶えに、ルーカスはその建物の前にたどり着いた。

 蔦の絡まる、趣のある三階建ての木造建築。軒先には、古びた円い看板が下がっている。そこには、可愛らしい猫と、その周りを舞う小さな妖精のシルエットが描かれていた。

『木漏れ日亭』

 それが、店の名前らしい。

 金色の猫は、いつの間にか屋根から降りてきており、その重厚な木の扉の前にちょこんと座り込むと、もう一度、彼の顔を見上げて「にゃお」と鳴いた。

 まるで、さあ、入れ、とでも言うように。

 そして猫は、不意に立ち上がると、その小さな前足で扉を「コン、コン」と、驚くほど器用にノックしたではないか。

 その直後。

「レオン様、お帰りなさい! 今開けるね」

 内側から、鈴が鳴るような明るい少女の声が聞こえてきた。

 カラン、とドアベルの澄んだ音が響き、ゆっくりと扉が開かれていく。

 ルーカスは、ごくりと喉を鳴らし、扉の向こう側に広がる温かい光を、ただ呆然と見つめていた。

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