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第8話 コミカライズは多分きらら系

 光陰矢の如し、という言葉に俺はあり得ないほどの納得感を覚え、そしてその言葉を深く噛み締めていた。


 いや、本当に恐ろしいほどに充実感のある日々だった。


 別に大して中身のある時間だったという訳では無い。


 というか、むしろ意味にしたら薄い時間ではあっただろう。


 お互い、大して運動が出来るわけではない、むしろ俺は病弱故にすぐに息を切らすし、エメリーだって同じようなものなのに「楽しいから」とマラソン大会で二人並んで序盤からかっ飛ばし、そして仲良く最下位入線ということもあった。


 林間学校で見たこともない土地、環境に二人してテンション爆上がりし、初めて見る山猫を追い回していた結果、危うく山奥で遭難しかけて好奇心は猫をも殺すを体現したこともあった。


 外での写生の授業中、サボるついでに二人で落ち葉を集め、八百屋で買ってきたさつまいもをこっそり焼いていたら、不運にも担任にバレてこっぴどく叱られたこともあった。


 この世界でも何故かあったバレンタインデーに乗じてエメリーと二人でチョコを配りまくり、そしてクラスメイトも教師陣も先輩も後輩もみんな巻き込んでチョコパーティーを強行開催したこともあった。


 一クラス37人、全校210人の小さな学校にクラス替えなんてものはなく、同じ担任同じ面子で時間は過ぎる。


 こんな感じでどれもこれも意味がない、けれども余りに楽しい日々を過ごしていた俺とエメリー。


 気がつけば、入学してからそろそろ3年。


 二人とも心身共に少し成長して、体つきも少し大人びてきて、俺もだいぶ少女の身体というものに慣れてきていた頃には、3年生も既に終わりの近い3月を迎えていた。



「お疲れ様です。さっさと帰りましょうエメリーちゃん」


「あ、うん……」



 週始まりの休み明け。


 いつもよりテンションが低いな、と朝から少し思っていたが、今の少し遠慮気味というか普段に比べて小さな返答で俺はエメリーの異変を確信する。


 俺は背負ったカバンを背もたれに掛けて、もう一度席に座り直した。



「ねえ、エメリーちゃん」


「何?マイちゃん」


「なんか、悩みとかありますよね?」

「……やっぱ分かる?」



 「隠し事苦手だからなぁ」と彼女ははにかんだ笑みを浮かべながら頬を掻き、そしてため息を吐く。


やっぱり図星だった。


 エメリーは椅子をグッとこっちへ寄せると、頬杖を突きながら打ち明けてくれた。



「実は、あたしの親戚が一昨日倒れてさ」


「あ、今住まわせてもらってるっていう……大丈夫だったんですか?命、とか」


「それは大丈夫だったよ。昨日実家の方の病院入ってた。で、ここからが本題なんだけどさ」


「はいはい」


「親戚の家なのに親戚入院しちゃったからさ、今あたし一人暮らしなの。それでパパに「実家帰ってくれば?」って言われてんのね」


「あー……そういえば、あの……お家騒動?みたいなの、片付いたんですか?」


「そこなんだよねー。実はまだっぽくてさ。でも年頃の娘を一人にしておくよりはマシだろうって……」


「あー……」



 確かにそうだ。


 齢15、それもスタイル抜群の美少女である。


 相変わらずウェーブの掛かった金髪ボブは光で輝いていて、あるところにはしっかりある肉、健康的な長い手足はこれで運動苦手とかウソだろと言った感じ。


 ちなみに俺はそれなりの胸を手に入れた。虚弱美少女がぎりぎり持つのを許される程度のサイズである。


 そんなことはさておいて、すれ違った男が二度見する正真正銘の美少女である娘が離れた田舎町で一人暮らしともなれば、父親としては気が気でないだろう。


 でも……。



「転校……ですよね」


「うん。マイちゃんとは離れちゃう。……やだなぁ、あたし……」


「私もやですよ……」



 エメリーの父親の意見もよく分かる。


 でも、やっぱり3年間いっつも一緒にいた友人を跡継ぎ争いなんて泥沼には行かせたくないし、何よりエメリーと離れたくない。


 俺は知恵を絞った。


 こういうときは考えれば妙案が浮かぶというのが先人の知恵である。



「……あ」



 いや、ひらめいた。


 それはそれは案外簡単にひらめいた。


 何かのスキルの恩恵だろうか、しかし、とりあえず3年経ったが未だ全てのスキルの1割も把握出来ていないのだから、どれだけあの神様少女から貰ったんだろうと少し疑問に思う。


 それはともかく、妙案が思いついたのだ。


 俺は僅かに興奮しながら彼女の耳に口を近づけ、エメリーにそれを伝える。



「……!それ!出来たら最高じゃん!!」


「でしょう?!これなら両取りです!」


「うわほんとだ!!パパに手紙出すわ!!」



 そう言って彼女はハンドバッグだけ掴んで一目散に走って行く。


 急いては事を仕損じる、急がば回れなんて言葉もあるが、今の彼女に送るべきものは、鉄は熱い内に打てとか、思い立ったが吉日とかだろう。


 俺はふう、と小さく一息ついて、それでも少し興奮気味に帰路に着いた。



◇◇◇



「お帰りなさい、マイ様」


「ただいま。……ねえ、ノア。相談なんですけど」


「何でしょうか?」



 俺は家に着くなり、玄関で俺を出迎えたノアに先程の妙案を耳打ちする。


 彼女は最早考える間もなく「彼女であれば」と親指と人差し指でオーケーサインを作った。


 グッと俺は小さくガッツポーズした。



◇◇◇


 そして数日後。


 学校から帰ったあと、俺とノアはエメリーの家を訪れていた。


 パっと見は普通の一軒家だったが、素材も良いものを使っており、建築様式もかなり新しいものであった上に立地もかなり良かった為、それなりに高い地位の人間が建てたことは想像に難くなかった。


 やっぱりエメリーもお嬢様か……。


 ま、そんなことはさておき、今その一軒家の前では今三人がかりでエメリーの私物を運び出していた。


 屋敷の倉庫から持ってきた荷車に順調に積み上がっていく服や化粧品、それと思ったよりも大量の本。


 「好きなんですか?」と問いかけると「まあね」とエメリーは小さく笑った。



「あとは……これ!」


「なるほど。これで全部ですか?」


「うん!……ねえマイちゃん、本当に家具とか持ってかなくて良いの?」


「はい。どうせ屋敷には家具付きの部屋とか幾つでもありますので」


「じゃ、お言葉に甘えて……っていうか、本当にマイちゃん最高!まさか私がマイちゃん家に引っ越せば良いとかあたしじゃ絶対思いつかなかったもん!」



 そう。俺の妙案とはすなわち、エメリーをウチに住まわせること。


 没落寸前とはいえ貴族が面倒を見るとなれば、安全はちゃんと保証される。


 それも、みんな女だからそういう心配もないだろう。


 創作物ではよくあるありきたりな方法だが、実際自分がこのような解決方法を選ぶことになるとは思わなかった。


 そんなこんなで徒歩5分程のウチの屋敷へ到着すると、手分けして新しくエメリーのものとなる部屋に彼女の私物を運び込んでいく。


 彼女が選んだ部屋は俺の自室の隣。


 これから毎朝起きがけに見るのがお互いの顔と考えると少し恥ずかしいような、嬉しいような……いや、俺の精神が身体に引っ張られているかもしれない。



「……これで全部、ですか?」


「うん!色々ありがとね、マイちゃん!」


「何言ってるんですか、これからですよエメリーちゃん」


「……そっか、そうだよね!」



 そして彼女は俺の手を取ると、満面の笑みで言った。



「よろしくね、マイちゃん!!」


「はい、よろしくお願いしますね。……エメリーちゃん!!」

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