かずさと華の演劇計画
かずさと華は、リビングで暢気にお茶を飲んでいた。
今日は珍しく、偶然に休日が重なったのだ。
アーミンが嬉しそうに、甲斐甲斐しくお茶とお菓子の準備をしてくれている。
「ねえ、かずさ。執事喫茶とメイド喫茶の従業員なんだけど、気づいたら美形バッカリなのよ」
「へえ、そうなんだ。若い子ばかりだと、客層が賑やかそうだね」
「そうなのよ。片寄ってるの。レストランの方は全方向に人気があるんだけどね」
2人ともソファーに背を預け、気が抜けた感じで会話が続いていく。
この世界に転移してから数年が経ち、さすがにアーミンもシルバーも、二宮家の状態には慣れていた。
(お忙しい方々だから、自宅ではくつろいで欲しい。このような姿を晒して下さるのは、きっと信頼の証なんですね)と、ちょっとずれた信頼関係も築けていた。
右も左も分からなかった二宮家にとっては、彼らはなくてはならない人達であり、もう最初から全力で頼っていたが、今はそれが加速している状態だ。
すっかり素で過ごしているので、ちょいちょい日本での名前で呼びあっているが、ニックネームと思われている為支障はない。
そんな日々である。
「それでね、ここって娯楽が少ないでしょ。電気関係のことはよく分からないから、テレビとかネットとかまで作れないし」
「そうね、それは思うわ。でもきっと、そのうち賢い人材が育ってくれるでしょ?」
「でも、お母さん待てないわ。あなたは若いから良いけれどさ。映像だって魔法で映写は出来るけれど、出来る人は少数だし、長時間だと無理でしょ?」
「そうだけど、仕方ないじゃない?」
チーズケーキを食べながら、曖昧に返事をするかずさに、華が激昂する。
「かずさ、可哀想なお母さんに協力すると言いなさい!
まったくもう、全然親身にならない長女(泣)」
「えっ、何怒ってるの? 何処に地雷があったの?」
「……地雷なんてないわよ。退屈だって言ってんの。
まあこれも、やることなすこと上手くいった弊害かしら?」
「(え、退屈? で、私怒られたの? 理不尽~)
……さあ、どうだろ?」
もう面倒で、抵抗しないことにしたかずさ。
華の希望に添って、韓国ドラマ風の舞台の脚本を(かずさの)仲間達と書き上げ、無駄に美形なキャスト(美少女と美少年)を主役にして、脚本も作り出した。
「う~ん。若い美形も良いんだけど、年配の演者がいないと舞台が締まらないのよね。どうしよう?」
この世界に来てまだ数年のかずさ達に、演技が出来る中年や老齢の伝手等はない。
リンダに頼むと早いが、大袈裟になる予想しか出来ず、なるべくそれは避けたかった。
最終の選択にしたいと考えていたのだ。
「だって、お母さんの暇潰しに、リンダ夫人を巻き込めないわ。もし頼んだら、帝国劇場からバリバリのプロが来そうで怖いのよ!」
「そうなるわ、きっと。でも、全くの素人で作り上げる劇だから、プロが入るのはちょっと変だよね。
それにリンダ夫人なら、劇団員ごと連れて来そうだもん。
『カルーラさんにお手間なんて取らせないから、安心して楽しんでね』とか言われそうで。
でも目指しているのは、昼ドラだから。あんなに崇高なものじゃないのよね。
リアルな感じがお母さんの希望でしょ?」
「さすが、我が娘ね。そうよ、それなの。瞬時に感情移入出来そうなのが良いのよ」
「確かに気楽な感じは、帝国劇場にはないわね。それにね、何故だか夫人は私に甘すぎるの。言っただけで現実になりそうだし……。それに流されたら、いろいろ駄目になりそうで」
「分かるわ、それ。まるで命の恩人のような目で、あなたを見てるものね。でも所詮は貴族と平民だから、線引きはしないと。頼りすぎは良くないわよね」
「そう、それ。分かってるね~。さすがお母さん」
「まあ、それほどでも、あるかしら。ふふふっ」
「もう、くふっ」
(な、なんと深いお考え。このシルバー、浅慮でございました。さすがはドンマイン家の方々です!)
傍で聞いていたシルバーは、まさにリンダに連絡する寸前であり、安易な考えを恥じることなった。
(お嬢様達はプロではない人材をお望みだ。さすれば大人や爺婆がいれば良いのか? ならば、あてはありますぞ。どうかお任せあれ!)
そう考えたシルバーは、彼の冒険者仲間や引退した陰険策士ジジイや辣腕暴力ババア(誉め言葉)など、共に闘った同士達に速攻で話をつけに行った。
「勤務先のお嬢様が、演劇が出来る爺婆をお探しだ。相手を追い詰める迫力があって、アクションが出来る者で候補者がいれば頼みたいのだが……。
ああ、報酬は破格だ。
ドンマイン家の話は知っているだろう?
脚本は長女のカルーラ様で、主導は奥様のルラミー様だ。
俺としては、是非、帝国劇場にも負けない舞台を目指して欲しい!」
普段頼みごとなんてしないシルバーからの協力要請に、冒険者ギルド横の酒場に集った同士は喜色めいて声を挙げた。
「何々、愛憎渦巻く家族の愛憎劇ですって? そんなの実際に家族に毒殺されかかって、冒険者に逃げた私に任せると良いわ。
実話で演じられるし、ヒロインを演じられるくらい悔しさも十分あるわ。
まあ年のこともあるし(60代)、当時の義母や義妹を追い詰めるつもりで、どんな役でもやってあげられるわよ」
ノリノリで、元侯爵令嬢のミランダ・グランチェが名乗りをあげた。
毒殺どころか、暗殺者にも毎夜襲われかけた経歴を持つ彼女は、実母から受けた護身術と攻撃魔法で難を逃れていた。
実母は彼女が12歳で亡くなったが、元愛人であった義母と実父により薬を盛られた可能性が強い。
実母は夫の裏切りに気付いており、ミランダを幼い時から鍛えたのだった。
そうでなければ、今頃生きてはいない。
「おお! ありがたい、ミランダ。恩に着るよ」
「ああ、存分に着て頂戴。報酬はずんでね」
「それは勿論だ。不足なら、俺も出そう」
「ふふふっ、良いの? 私は高いわよ」
楽しげに微笑むミランダは、白髪混じりの銀髪に、燃えるような深紅の瞳を持ち、今でも十分に美人の妖艶さが感じられた。
冒険者として鍛えられているので、プロポーションが美しいのだろう。
今でも時々、若者冒険者のガイドとして、ダンジョン入りしている猛者である。
「おう、俺もやってやる。こう見えて魔獣との命のやり取りで駆け引きはうまいつもりだ。
身体中傷だらけだが、それは良いんだろう?
まあ顔にも多少爪や刀傷はあるが、そこはメイクか?
それで誤魔化せるだろう? がははっ」
「ありがたい。ガッドレーまで協力してくれるなんて。
たぶんだが、その傷は活かしたままの役もありそうなんだ。
若い役者もいてイライラするかもしれないが、よろしく頼むよ」
「良いぜ、シルバー。お前に貸しなんて、なかなか作れないからな。
今度旨い飯でも作ってくれよ。家のかみさんもお前の料理のファンなんだよ」
「飯で良いのか? そんなのお安いご用だ。
いつでも言ってくれ」
「おう、楽しみにしてるからな! ワハハハッ」
「ああ、ありがとう」
身の丈が2メートルはある60代のガッドレーは、歴戦の冒険者だ。ちなみに、今も現役だ。
厚い筋肉と茶の剛毛髪と同色の長い顎髭は、白髪混じりだが、それがとても似合う豪胆な顔つきをしていた。
太い眉と鋭い眼光は、見ただけで相手を威嚇する。
でも真っ直ぐな性格は竹を割ったようであり、笑うと少年のように邪気がない。
剣も使えるが、魔法で全身に強化魔法をかけ、タイマン(一対一)でやりあうのが好き。
都合の良い状況はそうない為、部下のアパッチが差配する。
「もう、仕方ないですねえ。分かりました、私も参加しましょう」
「良いのか、アパッチ。お前人前に出るの嫌がるだろう?」
「嫌がるではなくて、危険に身を晒さないが正解です。
ですが、仕方ないでしょう。ガッドレーはきっと無防備になりますから、逆恨み要員は私が対応します。
ああ、ご心配なく、私なら気を抜かず対処しますから」
「頼りにしてるよ。さすが作戦参謀様だ。格好良いな」
「……持ち上げずとも結構ですよ、シルバー。その代わり、私にも食事を頼みます。……孫が貴方のファンなのです」
「そうなのか? それは光栄だ。勿論、たくさん作るぞ。
食事もデザートも、最近作る種類が増えたんだ。
ドンマイン家では奥様が、どんどん新メニューを発案するからな。
楽しみにしてくれ」
「うん。冒険者時代から貴方の飯は旨かった。私もまた食べたかったんだ」
「そうか。アパッチに言われると照れるな。まあ、飯は任せておけ。特にカレーは得意中の得意だから。
スパイスでお好みの物を作れるぞ」
「おおっ、それはすごい。ますます楽しみだよ」
陰険策士ジジイとは、彼アパッチ(50代)のことだ。
細身の銀縁眼鏡の彼は、ガッドレーの腹心と共に、大きな魔獣討伐の際の作戦参謀だった。
膨大な知識(過去のスタンピートや地形(崖、河川、洞窟、森など)の特性、メンバーの魔法や剣術のレベルを把握し)を駆使し、一番相応しい作戦を立てられるブレーンだ。
細いつり目はやや軽薄そうであるが、常に冷静な判断力は無くてはならない逸材だ。焦げ茶の髪は艶やかで、染めているので若々しく見える。
長身痩躯で、雷撃と防御・治癒魔法が得意である。
攻撃も得意だが、常にガッドレーが突っ込んで行くので、防御に回る方が多かった。
シルバーとも何度も共闘している。
年齢はシルバーの方が上だが、チームのお母さん的なアパッチは気苦労が絶えなかった。
それなのに見た目と口調で、彼をよく知らない者には陰険眼鏡と言われ、時々落ち込んでいるのを気付いていたシルバー。そして慰めていた。
今は第一線から離れているが、ガッドレーがダンジョンに行く時は、心配で着いて行く(ストッパー)。
彼の理解者の嫁、息子、孫に恵まれて、幸せに暮らしていた。
時々討伐の際に、意見を求められることは続いている。
演劇だと、エリート経営者や神経質な父親が似合うだろうか?
「じゃあ、顔合わせは近いうちに連絡するから。今日はありがとう」
「良いのよ、気にしないで」
「俺も目立つの好きだしな」
「久しぶりに会えて良かった。元気そうで安心しました」
そんな挨拶をして、シルバーは酒場を後にした。
シルバーとしては有能な爺婆役が得られ、大変満足だ。
◇◇◇
ドンマイン家に戻りスカウトの話をすると、かずさと華は狂喜乱舞した。
「わあ、ありがとうね、シルバー。さっそくお会いしたいわ」
「私も冒険者の猛者って、憧れるよ。女性の冒険者って格好良いよね」
「でも……昔の伝手と言うことは、もしかして?」
「はい。私も若い時は、冒険者をしておりました」
「嘘っ、生粋の家令みたいなのに」
「確かにシルバーは強いもんね。基礎が出来てるせいなのね。シルバーはどうして、冒険者辞めたの?」
「それはある方に仕える為です」
「リンダ夫人ね」
「はい、その通りです。夫人にお聞きになったのですか?」
「まあ、たまたまね。夫人が口を滑らしたと言うかね」
「そうですか。きっと夫人は、貴方様達ならと思ったのでしょうね。口止めもされなかったでしょう?」
「そうね、されなかったわ」
「私も特には」
「夫人は、ドンマイン家の方に恩義を感じておりますから、きっと話されても文句は言わないでしょう」
「お、恩義? 私達の方が助けられてるのに?」
「それは私もですよ。毎日が楽しくて、起きるのが嬉しいですから。この年でワクワクしております。
夫人も若くして旦那様と死に別れ、悲しいことが多かったですからね。
今が一番、充実しているそうですよ」
「そうなんだ。いつも楽しそうだから、気付かなかったよ」
「ええ、本当にそうね」
家族のことで悲しいのは、とても辛いと思う。
特に二宮一家は、家族仲が良いからなんとかやれてると思うからだ。
仲悪い同士で異世界転移なんて、きっと拷問ものだったろう。
「リンダ夫人も大変だったのよね。それなら是非、開演第一幕は、来て貰わないとね」
「うん、そうだね。じゃあ、主演の美少女と美少年を連れて、早速シルバーの友人達にご挨拶に行かないとね」
「はい、連絡を入れておきます。出向かなくても、呼び出しますが、いかがしますか?」
「そうね。じゃあ、劇場予定の建物で落ち合いましょうか?」
「はい、それで良いかと。ではいつ頃に」
「そうねえ、向こうの都合もあると思うから、3つの日程を渡すから、都合の良い日を聞いてくれるかしら?」
「畏まりました。すぐに連絡してみます」
「よろしくね、シルバー」
「はい。では今から少し席を外します。後はアーミンに頼んでいきますので。では、失礼致します」
「気をつけてね」
そんな形で、華の暇潰し舞台計画は開始したのだった。
題名は『愛と悲しみの果てに』で、かずさ達が地球で見た映画が元ネタである。
実生活でリンクすることもあるのに、どうなることやらだ。




