業務の開始
「あらっ。二人とも計算処理がスムーズね。すぐに仕事を任せても良さそう。助かるわ~。もう忙しくて大変だったのよ~」
彼女達の仕事は融資審査に合格した人達へ、資金を振り込む口座開設の業務だ。
リンダが意図的に勤務者を減らし、アクアリーネとティンクミリィを入社させたのだ。
直属の女性上司であるニナーベは、2人の仕事振りに嬉しさで泣きそうな顔で迎えてくれた。
取り合えず最初の関門は突破である。
「嬉しいです。頑張ります」
「精一杯、働かせて頂きます」
軽く頭を下げて、微笑んで答える。
既に学園卒業の単位を取得している優秀な2人は、両親には秘密で学園を休んで銀行へ行き、放課後はリンダの話し相手をしていることになっている。
ティンクミリィの姉弟と、アクアリーネの弟だけが事情を知り協力している。
そこら辺の口裏合わせは、任務の成功の為にも徹底する(安心して働けることや身分がばれないことは、潜入のモチベーションに繋がるので)。
各両親達には、潜入後1か月の期間は孤児院用のバザーの為に、泊まりがけでリンダ邸で手配をする旨を手紙で伝えた。
「これも社会勉強だし、しっかりリンダ夫人に気に入られるんだぞ」とアクアリーネの父侯爵から。
「言葉遣いに気をつけて、礼儀正しくね」とティンクミリィの両親からも手紙で返信が来た。
全くの別ベクトルで、顔を見合わせて微笑む2人。
「どうやらお父様は、リンダ夫人の伝手が欲しいらしいわ」
「私なんて子供扱いよ。迷惑かけないようにだって」
どっちもどっちねと、脱力できたのは良かったのかもしれない。
◇◇◇
最初は慣れないなりに、業務に関わっていく。
アクアリーネは自分に対して(男爵令嬢風にと)対応を考えながら、ニナーベの指示を熟していく。
けれど…………。
いざ仕事をしていると設定なんか考える暇もなく、多忙すぎて手帳にメモ、手の甲にメモをして懸命に覚えていくしかない。
「はい。この通帳の利用継続ですね。すぐに新しいものを作成し、交換しますので!」
「こちらの金額を確認お願いします。ニナーベさんが確認後、管理長に確認印頂いてきます!」
「はい。入金額変更ですね。半分は持ち帰りですね。分かりました!」
「はい。結婚で氏名の変更ですね。お待ち下さい!」
なんていう感じでもう目まぐるしくバタバタと、業務が進行されていく。
そんな中でも彼女達は、調査用に自分の手帳に顧客の氏名と金額を書き付けていた。
そして勤務終了後に、リンダの協力者である銀行の職員にメモを渡すのだ。
重役以外は午後5時で銀行から帰るように促される為、アクアリーネ達が残って確認は出来ないから。
そんな感じで仕事が終わり、2人は疲れきって寮に帰っていく。
まだまだ気を抜けないし、いっぱいいっぱいである。
ベッドにダイブのティンクミリィと、それを見て真似をするアクアリーネ。
バフーン、バフーンと、ベッドに寝転ぶと「ぷは~」と力が抜けていく。
慣れずに疲れても、彼女達の表情は明るい。
「すごく忙しかったね。でもあっと言う間だった」
「ええ。とっても充実してわ。緊張したしね」
「足もパンパンだわ。お風呂入ってマッサージしないと」
「私は文字の書き過ぎで、右手の中指がヒリヒリするわ」
「ふふふっ」
「うふふふっ」
疲れても笑顔が漏れる2人は、何となく部活動のノリだった。
共通の作業をすることで、親密度も深まっていく。
それと給料に加え、リンダからの報酬も得られる破格の仕事なのだ。
もうやるしかない。
それでも。
1日、2日と仕事に慣れ、7日後には帰り道に喫茶店で甘味を食べる余裕も出てきた。
化粧もして大人っぽいが、まだ未成年なので飲酒はしていない。
「ああ、美味しいね。今日の労働の対価、苺多めのフルーツパフェよ!」
「ええ、本当ね。自分の意思で注文したチーズタルトも、チーズがすごく効いているわ。濃厚ですわ!」
「「仕事の後の甘味は、最高ね~」」
うふふおほほと頬も緩み、今まで食べた物より数倍美味しく感じていたデザート。
甘党の2人に与えられたご褒美チャンスだ。
好きな人と食べると、何倍も美味しいのは何故だろう?
メモ帳を渡された、銀行のリンダの関係者(上司)は大変だけだけど、大人達は頑張るしかないのだ。
もうすぐ大人になる2人は、少しだけ大人社会の一部を覗き見る。
そして数学的な仕事は合っていると認識し、労働も苦痛ではないと感じる。
どうやらアクアリーネは、結婚して優雅なマダムになるよりも、勤労により金銭を得る方が楽しいのではないかと思い始めていた。
そして自分で働いたお金で食べたパフェは、今まで与えられた高いドレスより、よっぽど嬉しく思えたのだった。
(ミリィがいるから、余計にそう思うのかしらね。家族と食事しても美味しくないもの。
と言っても、ゼスチャントは別よ。
あの子はもう、本当の家族だから。
今度はあの子にもご馳走してあげましょう。
うふふっ。楽しみね)
笑顔の増えるアクアリーネに、ティンクミリィも密かに笑みを溢すのだった。




