幸せの時間
「次はこれよ。はい、着てみて」
「ええっ。まだ着るのですか? 私、先程の花柄のスカートで良いのですが」
「何を言っているのよ、リーネ。
下位貴族である私達は、少しでも安くて豪華そうに見える、良いものを買う努力が大切なの。
今あるお金を有効に使わないと。
次はいつ買えるか分からないからよ」
「分かったわ、ミリィ。妹がしっかり者で頼もしいですわね」
「そうよ、任せて!」
アクアリーネとティンクミリィは、数日後に銀行に勤めることになる。
寮に入るので、今日はその準備の買い出しに来ていた。
今までは身の回りの物は、侍女かメイドが用意していた為、それらを買い求めることすら初めてのアクアリーネだ。
洗面道具などは適当で良くとも、さすがに衣類にはティンクミリィから声がかかった。
田舎貴族が新品の衣類を買うことはめったになく、だいたいは貴族用の古着を購入することが多いそう。
王都の男爵家も同じだと言う。
今回の買い物は就職祝いで新しく服を買うという、田舎令嬢の設定なのだ。
適当なところで妥協することは、資金提供者のリンダ夫人に失礼なのだと、アクアリーネに伝えるティンクミリィ。
服の嗜好は、人それぞれだと言われればそれまでだが、
「貴女達は物もろくに売っていない田舎から出てきた、キラキラした王都でこれから頑張る姉妹なのだから、少しばかりテンションを上げて楽しんでいる演技が必要ね」
と、リンダ夫人からアドバイスもされていた。
変なところで真面目なアクアリーネは「これもお仕事なのね」と懸命に頑張るも、どうしてもいつもとの違いに戸惑う。
そこをサポートするのが、ティンクミリィの役割なのだ。
普段は全てが決められていたアクアリーネが、何かを選ぶのにはエネルギーがいると知るのは新鮮だった。
与えられた物だけでは物足りないが、たくさんの中から選び出すのは大変な作業。
単純に気に入っても、値段を無視することも出来ないし。
色やデザイン、アクセサリーとの組み合わせや、手持ちの物と似ない物を買う等々。
今回は潜入用なので、枚数も少なくアクセサリーも限られているのに、少ないなら少ない中で組み合わせを考えるのも大変だった。
(いつもは私の代わりに、侍女が最高の組み合わせをコーディネートしてくれていたのね。
たぶん自分では、侯爵邸にある服やアクセサリーを組み合わせてもチグハグになると思うわ。
出来ないことが分かって少しショックだけれど、でも今はすごく楽しい。
ミリィと話し合っていろんなことを決めていくことが。
変でも失敗しても、それを選んだのは自分だという事実が。
寂しい時間とは無縁で、いつも煌めく時間で溢れているなんて、初めてのことだわ)
一日を買い物に宛て王都を歩き回る2人には、リンダ夫人からの指示で気づかれないように護衛が付いており、彼女達は潜入用の変装をされてから街に繰り出している。
ドラゴン姉妹のメイクアップアーティストのキャラウェイと、姉妹の弟カザナミがこの国に来ているから、メイクに抜かりはない。
彼らがいる間にメイクを学び実践に生かす訓練も、同時進行で行っている。
多忙なキャラウェイ達を、引き留める訳にはいかないからだ。
ドラゴン姉妹は水樹やかずさにグッズを頼んでいるので、関係者のリンダ夫人にいろいろ融通を図ってくれているそう。
どうやらドラゴン姉妹のいる国では作れない物がこの国で作られるので、すごく待遇を良くしてくれているらしい。
オタク文化は水樹達が持ち込んだので、さもありなんなんだけど。
オタクの先進国と認定されているようで。
観光がてらではあるが、身内のようなキャラウェイと弟のカザナミを旅行させるなんて、破格対応なのだそう。
「なあ、キャラウェイ。このランドすごいな!
うちの国にも作ってくれないかな?」
「確かに楽しいわね。でもうちの国はやっと経済が潤ってきたばかりだから、まずは生活改善が先なのよ。
国としては飢える者をなくして、魔獣達をもう少し制御するのが先ね」
「そうだよな。数年前は何の産業もない、危険な魔獣が多く出る田舎の普通の国だったもんな」
「そうよ。やっと安心して暮らせそうな基盤が出来たばかりなのよ。……ランドは金と費用と設計者と、建築者とその他諸々必要なのよ。
まだ我が国は、金が集まった段階だもの」
「漸くスタートラインか? それなら、めったに来れないとこに来れたことに感謝だな」
「ええ、そうね。私は仕事をきっちりこなしてからだけど、カザナミはいろいろと見てきたら?」
「俺1人でか? う~ん、でもまあ行ってみるかな。
美味しい店を探して、キャラウェイを連れて行くよ」
「良い奴だな(ジーンと感動)」
そんな暢気な男2人旅だ。
◇◇◇
アクアリーネ達の買い物が終わり、翌日はメイクの練習がある。
キャラウェイも男らしくて美しいが、金髪碧眼で線の細いカザナミもキラキラしている。
まるで王子様だ。
キャラウェイはオネエ口調だが、さすがに(この国では)メイクはしていないので、ちょっと変わったイケメンの部類。
かずさが見たら喜んで拝むだろう。
「メイクは愛情よ。
いくら地味にすると言っても、醜くするのが目的じゃないの。
その人間の中に潜む、隠された一面を引き出す手伝いをするだけよ。
女には1000の顔があるの。
環境によっては、それが貴女の顔だった可能性もあるのだから。
勿論盛りメイクだってそうよ。
環境により、必要であった顔がそうなるのだもの」
キャラウェイは誰かを思い出して笑う。
その時彼の国の公爵令嬢ラリサは、くしゃみをしていた。
「変だな? 風邪なんてひいてないのに?」
なんて言いながら。
「そうね。私が侯爵家に生まれていなければ、化粧もしていなかったかも?
そう思うと、この地味な顔も頷けるわ」
「地味かなぁ? 十分可愛いけどね、リーネは。
丸眼鏡とか髪を茶色のウィッグにしないと、美貌は隠せないわ。
私なんてちょちょいと普通メイクで、もう地味なのに」
「ミリィはいつも可愛いわよ。
生まれ変わるならそんな顔になりたいわ」
嫌みでなく本心なのは、ティンクミリィも気づいていた。
関わるごとにアクアリーネの審美眼には、疑問を抱いていたから。
(もしかしてだけど、リーネの審美眼は壊れているのかしら、ね。
だからドレスも選ばせて貰えなかった、とか?
ありえるわ~)
アクアリーネの物を見る目は、壊れていると言うか、苦手意識のせいなのかもしれない。
彼女は義母のことが苦手で、彼女の娘である異母妹達も苦手である。
その毒々しい美しさと、派手な原色の衣装や化粧も。
美形の父である侯爵のことも、母を蔑ろにしていて嫌いだった。
それがトータルして、それらを避けまくりおかしなことになっていったようだ。
拗れに拗れて、彼女は美形が苦手である。
家族は仕方ないとしても他人はNGだったので、本心はサムは苦手な部類なのだ。
化粧やドレスなどを選ぶことで、彼女はそれを自覚していく。
本当に好きなものと、実は苦手なものに対して。
それを優しくサポートするティンクミリィは、ズレながらも彼女を理解していく。
(嘘なんかつけない彼女だから、本心なのね。
勿体ないなぁ。
まあその天然なのが、良いところでもあるのだけれど。ふふっ)
微笑みながらアクアリーネを見た瞬間、彼女もまた嬉しそうな顔で、「メイクが出来たよ。変じゃないかしら?」とティンクミリィに振り向いていた。
その時不意に守ってあげたいと、本当の姉のように思ったことを気づかないまま、時は過ぎていくのだった。




