見果てぬ幸せは終わる
1/6 コメディーよりヒューマンドラマ寄りになりましたので、ジャンルを変更しています。
果てぬとは、最後まで見ることの出来ないこと。
侯爵令嬢アクアリーネ・アクセランテが、今の家族からは得られることがないと思っているもの。
それは『幸せ』と言う概念。
彼女は母リコッタの遺言の通り、幸せになれるように前に歩みを進める。
父ビルネールも望む、サムとの結婚で幸せになれると信じて。
それが相互ではなく、自分だけで完結したとしても。
その為には、サムが逆らうことの出来ない彼の母マリンがセッティングした、サムとのお茶会に定期的に参加したり、アクアリーネに与えられた令嬢予算からマリンへの贈り物も忘れずにした。
サムへのプレゼントや手紙を送ることも、婚約者のように頻繁に行っていた。
たとえ家族内で冷遇されていても、外聞を気にする彼女の父ビルネールは、彼女への使える資金は確保して渡していたし、教育にも力を注いでいた。
頼るべく者がいない彼女は、悲しい気持ちを払拭するかのように勉学に、淑女教育にと時間を使い自らを武装していく。
魑魅魍魎渦巻く社交界を生き抜く為には、それはとても大切なことであり必要とされること。
出来ないことは、爵位にあった教養がないと晒すことになる。
両親に頼れない彼女は、その振るまいなどの優秀さから高位貴族達に一目置かれており、マリンから目をつけられたのも必然だった。
ただマリンの性格を知る親達は、マリンが義母になることで娘が苦労することを考え、サムやジムニーとの婚約について二の足を踏む。
子供のことを駒の一つと考えるアクアリーネの両親達や、あわよくば上位貴族との繋がりを結婚で図りたいと思う、後のない没落貴族達からは釣書が多く届いてはいたが。
◇◇◇
あるパーティーでもマリンの命令で、サムはアクアリーネのエスコートを行い、ダンスを1曲踊って行動を別にする。
彼は友人のところへ。
彼女はマリンの下へ。
サムは紫の髪に金の瞳で、女性に好かれる容姿をしているが、俺様である為カルーラ以外との令嬢とダンスはしない。
アクアリーネとはマリンの命令故である。
もっとも平民であるカルーラが、サムに無理矢理伴われた集まりを楽しめる筈はないのだが。
反面ジムニーは黄緑の髪に茶の瞳で、優しげな風情に加え人たらしなので、乞われれば誰とでもダンスを踊る。
家庭の事情(主にマリン)がなければ、すぐに婚約者は決まっていただろう。
アクアリーネは、サファイアのような透き通った青い瞳と深紅の艶髪を持ち、常に貴族らしく行動する。
サムから言わせれば高位貴族にはへつらうが、下位貴族には傲慢だとの評価。
でもそれは当たり前のことで、身分によって態度を変える必要があるのだ。
極端な話、王族と平民を同じような気安い態度で関われば、確実に重い処罰が下され最悪死が待つ。
カルーラが誰にも優しいのは、彼女の性格もあるだろうが、それ以前に彼女は平民なのだ。
彼女の普通は、貴族の普通とは違っていた。
彼女の両親は商売で貴族と関わっていたが、内気なカルーラはリンダと関わるまで(家族以外で)男性と話すこともなかったし、関わるつもりもなかった。
貴族になりたいなんて、思ったこともないのだ。
貴族怖いとさえ思っている。
その上でアクアリーネを見れば、政略的にとても好条件物件であると分かる。
たとえ家族と彼女の仲が噂通りであっても、立場的に強い発言権を持つロンベサール伯爵家からすれば、それ程影響はない。
特にマリンは、『気の利く優秀な嫁が欲しい』のだから。
そしてアクアリーネは、自分を守る権力と富を欲していた。
◇◇◇
それでも…………。
愚かな者は何処にでもいるもので、アクアリーネの直近では彼女の妹達がそうだった。
少し離れた休憩室で、彼女達は、アクアリーネを強く詰る。
「お姉様がさっさとサム様と婚約しないから、いつまでも私とサリヤの婚約も纏まらないのです。
本当に使えないですわね」
「そうですわ。お姉様の言う通りです。
サム様のご友人でも紹介して下されば良いのに!」
言い放つ次女ウォンディーヌと三女サリヤは、父ビルネールから愛されていた。
父の愛人である、ミルティアによく似ていたから。
その為幼い時から侯爵家で暮らしているにも関わらず、ウォンディーヌは勉強を嫌がり教養も作法も身に付いていない。
それは彼女と共にいる、サリヤも同様だった。
それなのに表では姉のアクアリーネに甘える妹を演じ、裏ではまるで使用人へのような口調で、彼女を馬鹿にするのだ。
彼女はいつも、実母ミルティアに囁かれる。
『アクアリーネは父親に愛されていないのよ。
だから本当の侯爵令嬢はウォンディーヌとサリヤだけなの。
ゼスチャントは男児がいなくて、仕方なくビルネール様が他の女に生ませただけ。
本当に愛されている子供は、ウォンディーヌとサリヤ2人だけなのだから』
言い聞かせるミルティアは子爵家の庶子で、侯爵家には後妻にも入れぬ身分。
ビルネールが本気で望むなら、他家の養女に入れたり庶子でも籍を入れただろうが、現状は変わらない日陰の女。
そんな鬱憤を晴らすように言い募る。
『だから母である自分を捨てないで、大切にして』と、心から縋りつくような執着を見せて。
母から与えられたその優越感は、ウォンディーヌ達を堕落させ、その我が儘をビルネールが許し教育を受けたい気持ちを放棄させた。
それがまわりにまわり、無作法のままで気品がない令嬢にさせたのは誰のせいだろう?
ウォンディーヌ達姉妹が美しくてもモテない(厳密に言えば彼女達の欲する子息達からモテない)のは、そこら辺が理由である。
アクアリーネやウォンディーヌ達の弟、ゼスチャントは会場にいても彼女達の相手をしない。
それはウォンディーヌとサリヤからの悪し様な態度もあるが、正当な血筋であるアクアリーネに対しての負い目もあった。
彼の母である美しい男爵令嬢クロエは、病気の母の治療費を支払う為に愛人に堕ちた。
家族に止められても母を救う為に……。
そしてゼスチャントは、侯爵家に男爵がいないことで引き取られたようなものだった。
もし女児ならば、引き取られずにクロエと暮らしただろう。
『貴方には辛い思いをさせてしまうけれど、教育の機会を与えられたと思って学びなさいね。
私は貴方のことが大好き。
でもこの家では借金はなくても、貴族の学園に行かせてあげることは出来ないから。
そして聞いて。
アクアリーネ様のお母様も、家の借金の為に嫁いで来られた方なの。
…………だから貴方は、アクアリーネ様を大事にして差し上げてね』
ゼスチャントもクロエもアクアリーネに同情し、幸せになって欲しいがあからさまに動くことは出来ない。
未だにもう一人の愛人ミルティアは、ビルネールに大事にされていたからだ。
ゼスチャントは自分だけではなく、クロエ達の生活も背負っているようなものだった。
ウォンディーヌやミルティアを通して、ビルネールに睨まれる訳にはいかないからだ。
彼に出来たのは、ウォンディーヌ達の仲間にならないように、距離を置くことだけだった。
彼もまた、後継者になるだけの一つの駒だから。
真の血筋を持つアクアリーネに後ろめたさを感じながら、母の実家の事業が立ち直ることを祈り、勉学に励むしかないのだ。
いつか後継者の立場を、アクアリーネに帰す為に。
当然のことながら、アクアリーネは弟の事情を知らない。
彼女から見れば彼も、父親に愛される羨望の対象だった。
◇◇◇
丁度アクアリーネが妹達に詰られる頃、休憩室の前を通りかかったテュリンベイル・ブランダン男爵令息は嘆息を漏らす。
嫌々参加させられたパーティーに疲れ、ホールから離れ散歩していた会場から少し離れたこの場でも、大声をあげれば丸聞こえである。
「いったいどこの誰が、王城で大騒ぎしているんだか?
少し場を離れればこの有り様だ。
だから女は裏表があって嫌いなんだ!」
ブルネットの髪と青空のような瞳の爽やかさのある可愛い感じの彼だが、実のところ口調は荒い方だ。
水樹の職場で揉まれた賜物で、メンタルが鍛えられたせいだろう。
扉の前でその声にビクリと身を震わすゼスチャントは、瞬間的にテュリンベイルの方を見た。
「あっ、姉達がスイマセン。でもここは男子が入れない部屋で…………」
テュリンベイルは謝罪する彼が、アクセランテ侯爵家嫡男だととっさに思い出した。
自分の家とは格の違う高位貴族だ。
「いえ、こちらこそ失礼しました。何も知らないのに悪態をつきました」
「いえいえ、謝らないで本当に。
…………僕は何にも出来ない男なんですよ。
情けないことに」
何だか泣きそうで放って置けない雰囲気に、テュリンベイルはゼスチャントに声をかけた。
少し話しませんかと。
(彼も侯爵家で男児一人だから、女きょうだいに振り回されているんだろうか?)と、そう思って。
「あっ、…………そうですね。そうしますか」
爵位はゼスチャントが上だが、年齢ではテュリンベイルが上なので、そこまでへりくだることなく伝えたのが良かったようだ。
その後も敬語は不要だとゼスチャントに言われ、テュリンベイルはそれに従う。
そのまま静かな夜の庭園へ歩き出した。
「正直助かりました。僕では結局何も出来ないまま、情けない顔で立っていただけなので」
ゼスチャントは彼女達と異母姉弟だとは告げず、アクアリーネだけが冷遇されていることを彼に話した。
出生のことは、内緒にしなければならない。
ゼスチャントは力のない自分に、母クロエを重ねて辛い思いをしていたが、本当は誰かに聞いて欲しかった。
何となくテュリンベイルなら頼っても良いと思え、口を開いてしまっていたのだ。
ゼスチャントは銀髪と黄緑の瞳の父親とそっくりな面立ちだった。
少しつり目の美形である。
そんな眦に涙を溜めて語る彼に、テュリンベイルが話し出す。
自らの女装されてきた黒歴史を。
それを聞いて少し瞠目し、テュリンベイルを見たゼスチャント。
「な、笑えるだろ? もうそれが原因で女の人が苦手なんだよ。
実の姉ややNGで、我が儘女は全力NGなんだぜ」
テュリンベイルがおどけて笑うと、ゼスチャントもつられて笑っていた。
「あ、ごめん。ごめんなさい、辛いことなのに」
慌てる彼に、テュリンベイルが言う。
「笑ってくれた方が助かるよ。最近やっと、トラウマから少し立ち直れたんだ。
だから話もしたんだし。
僕のことより、君のお姉さんが心配だよね。
僕の姉が食事の時に話すのを聞いたのだけど、世の中には祖母に顔が似ているだけで嫌う親もいるみたいだよ。
幼い時に辛い教育を受けたとか、体罰を受けたとか、嫁に辛く当たったとかでね。
子供は関係ないのに。
覚悟がないなら子供は作るなって思うよ。
祖母の遺伝子を自分が受け継いでいるから、似てくるのにね。
そんなに嫌なら、嫁に他の男の子供を産ませるか養子しかないだろうし。
あっ、ごめんな。大変なことなのに、適当に言って。
この話も関係ないかもだし」
テュリンベイルは慌てるが、ゼスチャントはよく分からないけれど、何となく腑に落ちた。
「謝らないで下さい。今の話を聞いて、僕もそう思いました。
僕の父親は覚悟が足りないです。
貴族でいたいから爵位を継いだだけなのです。
そんなに嫌なら結婚すべきではなかったのに……」
「ゼスチャント…………」
いつの間にか泣きながら喋るゼスチャントは、テュリンベイルに言う。
「僕のことはゼスと呼んでくれませんか?
僕も貴方のことをベイルと呼びたいです。
ダメですか?」
泣きながらの懇願に呆れて頷くテュリンベイルは、「泣きながら言うことかよ」と言い、「そうじゃないと、なかなか言えないですよ」とゼスチャントは答えた。
たった数時間で友人になった彼らは、もう何年も過ごした友人のようだった。
「アクアリーネ様がサム様に近づくのは、親の意向なんだな。
政略結婚はままあるけど僕は嫌だな。
アクアリーネ様だって、父親のように威圧感のあるサム様とマリン様と一緒じゃ安らげないだろうし。
でもさっきのは君の妹の声だろ?
姉が片付かないから、自分達が婚約者を作れないと。
それ関係ないよな。
自分達の振る舞いのせいだろうに」
「あはははっ。そう、そうなんですよ、
本当に! もうね、誰も言えないから、
ウォンディーヌお姉様達は気づかないのです。アクアリーネお姉様なら、何処に嫁いでもやっていけますし。
父はロンベサール伯爵家の金と名誉が欲しいだけで、お姉様の気持ちは考えていませんから」
ずっと言えなかったことを言えて、すっきりしたゼスチャントはテュリンベイルに相談した。
「先ほどの休憩室前にいたのは、アクアリーネお姉様に暴力を振るわれないか心配だったからです。
アクアリーネお姉様はウォンディーヌお姉様達と違い、必要最低限の外出や社交しかされていないので友人がいないのです。
貴族女性は家庭教師が一般的で、学園にも行きませんし。
なので極端に味方が少ないので、何かあれば僕が止めるべく声をあげようと思っていたのです」
「そうだったのか、大変だな君も」
「ならば、こう言うのはどう? それはね…………」
「え、良いのですか? 僕は助かりますが」
「良いんですよ。姉達も僕に負い目がありますので、きっと喜ぶことでしょう」
「ありがとうございます、ベイル」
「良いんだよ、友達だろ? ゼス」
そんなこんなで、ブランダン男爵家のテュリンベイルの姉達は、ゼスチャントとテュリンベイルの仲介によりアクアリーネと知り合いになった。
男爵家ならば、ウォンディーヌ達との派閥にもさほど影響はない筈だ。
ただゼスチャントは、アクアリーネに言う。
「僕とテュリンベイル君は爵位は違いますが、友好を築いています。
だからお姉様も先入観なく接してみてください。
人間の価値に爵位は関係ないのですから」
「それは……出来るだけ努力してみるわ。
ありがとう、ゼスチャント」
「ゼスと呼んで下さい。テュリンベイル君も僕をそう呼びますから」
「分かったわ、ゼス」
ゼスチェントは満足して微笑み、彼女の部屋を後にした。
次期アクセランテ侯爵家を継ぐゼスチャントに逆らえず、テュリンベイルと彼らの姉達と知り合ったアクアリーネだったが、とても楽しい気持ちで過ごせる日々が続く。
いつも孤独だった風景に、暖かな笑い声が加わったから。
それでも平行してサムの婚約者の座を目指すべく、活動も続けていたが。
テュリンベイル・ブランダン男爵令息は、ドンマイン家のレノアやカルーラとも親しくしているので、リンダ夫人に以前から目をかけられていた。
そこにアクアリーネ・アクセランテ侯爵令嬢が加わり、夫人の観察対象に入った。
「あらあら。あの子は本当に良い子だし、優秀みたいね。
サムなんか追いかけるより、出来ることはたくさんありそう」
リンダ夫人は楽しいことが大好きだ。
また面白い人材を見つけたわと、密かにほくそ笑むのだった。




