サムの困惑
「何故だ! どうしてサフランまで、ドンマイン家の寮にいるんだ。
おかしいだろ?」
少し前までサフランと一緒に、カルーラ(かずさ)とレノア(水樹)の行動を嗅ぎ回っていたサム。
共に遠巻きに観察を続け、ある意味同士のようだった妹が、いつの間にか相手の懐に入ってしまったと嘆くサム。
「何だよ、サフラン。あんなにカルーラのことを嫌っていたのに、だ、抱きつくなんて!
…………羨ましすぎる!」
サムは他の弟妹を差し置いて、1人だけ母親に可愛がられてきた子供だった。
愛を受けるのは嬉しいことだが、溺愛は彼の精神的な成長を妨げた。
「貴方は我がロンベサール伯爵家の嫡男なのだから、他人に侮られてはいけないわ。
いつも自信を持って生きるのよ。
伯爵家以下の家などに従う必要などないの。
…………そのうち私が、貴方にぴったりのお嫁さんを連れて来るから、心配しないで!」
そう言われて頷くしかないサム。
もし逆らえば、納得するまで言いくるめられる。
ある意味洗脳のように。
母親のことは好きだが、圧の強さで怖いこともある彼は、正反対の女性であるカルーラを愛した。
その反面、彼の態度は完全なるツンデレ、いやヤンデレ状態だった。
マリンの洗脳のせいで、素直になれないのだ。
サムは彼女が、自分へ依存するように、周囲に彼女の味方が出来ないように蹴散らし、自分の味方の友人ばかりで固めた。
それを見ていた母親は、平民のカルーラが気に入らず、サムに内緒で彼女を追い詰めた。
サムの友人にも金銭で協力を要請し、彼女の悪い(嘘の)噂を彼の耳に入れたのだ。
そして1話目冒頭の、
「もう我慢ならん。お前との婚約は解消する!」と、
『婚約者カルーラ・ドンマインを自宅に呼びつけて婚約解消を告げた』に繋がるのである。
彼はカルーラに、泣いて縋りついて否定して欲しかった。
そして自分のことを、愛していると言ってくれるのを期待していたのだ。
いくら他人から悪い噂を聞かされても、カルーラが浮気や妹を苛める訳がないと知っていたのに…………。
信じていたのに、つまらない矜持のせいで傷つけてしまった。
でも…………。
その一言で、婚約解消するとは思わなかった。
そして母親が、既に新たな婚約者を見繕っているとも思っていなかったのだ。
思えばカルーラとの婚約は、珍しく父親が味方をしてくれたことで叶ったもの。
けれど婚約解消後、父親は「もう諦めろ」としか言わなかった。
きっと今後も、その方向なのだろう。
選りにも選って、最近はジムニーを彼女に勧めているのを偶然耳にした。
母親は俺には執着するが、弟には無関心なので、カルーラが頷けばすぐに婚約となるだろう。
それだけは許せない!
最悪でも他人ならともかく、弟の隣で幸せに微笑む彼女を見たら、きっと正気ではいられない自信がある。
そんな思いで妹と観察していたのに、その妹は今、彼女の隣にいるのだ。
もう信じられない。
けれどそれ以上に息苦しいのが、アクセランテ侯爵令嬢のアクアリーネが、頻繁に我が家に来ることだ。
「まだ婚約はしていないけれど、アクアリーネ様は貴方と未来を誓っても良いと言われているわ。
とっても綺麗で頭も良くて、気品も身分も最高よ。
貴方にピッタリね。
もう平民女など忘れて、早く婚約なさいね」
「私も父も、婚約出来ることになれば嬉しいですわ。
麗しいサム様のことは、以前からお慕いしておりましたから」
満面の笑みで話す母親と、はにかむアクアリーネにサムは何とか言い返す。
「婚約解消したばかりで、新たに婚約するのは外聞が悪いですよ。
もう少し時期を整えましょう。
アクアリーネ嬢の為にも」
嫌なのを悟られないよう、丁重に話すサムに一応納得してくれた。
「そうね、そうしましょう。
あの女ったら、別れた途端に金回りが良くなって注目されているから、落ち着いてからの方が好ましいわね。
さすがの気配りね」
「そんな風に考えてくださっているなんて……。
嬉しいですわ♡」
「ありがとうございます、お母様。
では俺は仕事があるので、アクアリーネ嬢も失礼しますね」
「ええ、そうね。頑張って頂戴。
将来の後継者になるのだから」
「ええ。そのつもりです。では失礼します」
「はい。頑張ってくださいね、サム様」
母親のことは嫌いではない。
けれどすごく期待が重い。
そしてどんなに微笑んでも、目が笑っていないアクアリーネを見ると、寒気がするんだ。
(もう何もかも捨てて、カルーラと逃げられたら良いのに。
俺といた時にいつも微笑んでくれた彼女だから、よりは戻せると思うし)
「きっと彼女は俺のことを愛している。
周囲には無理に笑顔を作りながらも、きっと胸を焦がして辛い日々を過ごしているだろう」
(直接彼女と会えれば、問題は解決する筈なのに。
今日も思考するだけで、彼女へ会いに行けなかった。
時間が許す限り見つめていたいのに)
チキンハートのサムは、今日も何も出来ずに眠りに就く。
問題を先送りにしたままで…………。




