事件の真相?
お茶会に招かれてからしばらくして、城からスピネル公爵家に使者が訪れた。
王妃の侍女による毒物混入事件についての報告をする為にだ。
「第三近衛隊隊長のフィル・ウェスティンです。まずは今回、スピネル公爵令嬢にご迷惑をおかけした事、心より謝罪致します」
「事件は、第三近衛隊が調べているのか」
「はい」
王妃の護衛は第二近衛隊が担当していたが、今回の件で第三近衛隊が王妃の護衛になったという。
「もう何年も何の問題なく過ごしていた為、油断があったと思われます。今回の事で、大きな配置換えが行われました」
「身分ばかり高い第二近衛隊よりも、第三の方がまだ良いかもしれないな。で、調査の結果は?」
「はい、事件についてはまだ調査途中ではありますが、侍女は、自身の行動に対し侍女長から注意を受けた事を恨み、今回の事件を起こしたという事です」
「注意を受けた事?」
スピネル公爵が眉間に皺を寄せて言うと、隊長は『はい』と頷いた。
「侍女は最近、遅い時間に部屋を抜け出したり、仕事に遅刻する事がしょっちゅうあったそうです。原因は恋人ができ、こっそりと会っていた為で、その件で厳しく注意されたそうで、その後使用人棟の監視が厳しくなり、密かに抜け出すのが困難になり、それに不満があったと言っております。それで、王妃殿下の飲み物に気分が悪くなる程度の軽い毒を盛り、騒ぎを起こしてやろうと思ったと自供しました。毒は腹痛を起こしたり吐き気を催す程度の弱い物だと聞いていたらしく、管理不足として侍女長が罰を受ければいいと思って行動したそうです」
隊長の話に、公爵の眉間の皺は更に深くなる。
「そんな馬鹿げた自白を信じたわけではないだろうな。だいたい、茶を入れたその侍女が真っ先に疑われるだろう。それなのに、そのような愚かな真似をすると?」
「毒は即効性ではないと思っていたそうです。それに、焦って入れ過ぎたとか。茶会後に王妃殿下の体調が悪くなれば、スピネル公爵令嬢がお持ちになった菓子が原因となるのでは、と思ったとも言っております」
「ハッ……なんと粗末な報告だ。……それで?」
「毒の入手方法等、詳しい事について調査を継続中です」
「……全く、話にならんな」
「…………」
(本当に、その通りだわ)
エリザベートもため息をついた。
(到底信じる事ができない内容ね。恋人ができて舞い上がり、判断力が鈍ったとしても、あまりにもお粗末だわ。そんな事をする必要性が感じられないし。もちろんこの人も信じていないだろうし、王妃殿下がこんな報告を聞いて納得したとは思えないわ。それなのに報告に来たという事は……真実がどうであれ、今回の件はそういう事で処理する方向なのでしょうね)
なんともスッキリしないが、仕方がない。これが、貴族社会なのだろう。
「それでは、新しい事実が判明しましたら、またご報告に参ります」
「承知した」
最後に形式的な挨拶をし、隊長は帰って行った。
「こんな報告なら、聞かぬ方がマシだな」
応接間に二人きりになってからの公爵の呟きに、エリザベートも『そうですわね』と同意する。
「けれど、こういうものなのでしょう。お父様も、わたくしの事件の時に大して調査して下さいませんでしたし」
「…………」
無言のままジロリと睨む父親から、エリザベートはプイと顔を背けた。
「では、わたくしも失礼致しますわ」
「……待て、少し話がある」
「なんですか? これから我が家の騎士団の練習を見学に行くのですが」
「そんなのいつでも見られるだろう。重要な話だ」
「……はい」
渋々頷き、エリザベートは公爵を見た。
「先日、お前と王太子殿下との婚約が破棄された事は話したが」
「はい」
婚約破棄は、自分も何か署名をしたり説明をされたりするのかと思っていたが、実際は親達(と宰相や重臣達)だけで話し合われ処理され、エリザベートには事後に『破棄された』と知らされ『そうですか。良かったです』と返事をしただけだった。
「一応書類も見せておく」
「ああ……そうですわね」
婚約の契約書を見せろとせがんだので、破棄の書類を見たいと思ったのだろう。
(……関わり合いたくなさすぎて、それに卒業パーティー用ドレスの件や王妃殿下とのお茶会に向けての準備が忙しくておざなりにしていたわ。自分の事ですもの、ちゃんと確認しなければ駄目ね)
姿勢を正したエリザベートの前に、書類が出される。
「失礼します」
手に取り、読んでいく。
(……レオンハルト・アレキサンドとエリザベート・スピネルの間に意思の相違が生じ……んん~、意思の相違というか、『レオンハルトの心変わり、裏切りがあり』なんだけど……ああでも、一応非は認めているようね。エリザベート・スピネルの名誉を棄損した事への謝罪として賠償金を支払う、とあるわ)
「……そこに書いてあるが、賠償金が支払われた。これだ」
小箱の中に収められた大きな金貨と、その横に天鵞絨張りの箱が置かれる。
「賠償金と賠償品だ」
金貨は普段あまり見ない形の物だ。
(白金貨ね、一枚で大金貨10枚分の価値がある。3列だから、30枚かしら。それと、天鵞絨張りの箱はきっとアクセサリーケースよね)
開けてみるとそこには、ルビーの首飾りとイヤリングが納められていた。
「……これは……」
「あまり大きい石ではないから、それほど高価なものではないが」
「ええ、確かに宝石の価値としてはそうかもしれませんが、これは前王妃様の……レオンハルト様のお母様の物ではありませんか」
まだ婚約者として関係が良好だった頃、見せてもらったので覚えている。
『これは母上が嫁ぐ時に持ってきた物だそうだ。とても気に入ってたそうで、ほら、母上の肖像画にもこの首飾りと耳飾りが描かれているだろう? 結婚したら、これはエリザベートにやる』
『えっ? わたくしにですか?』
『ああ。まあ、あまり高価な物ではないらしいがな。これよりも良い宝石類は沢山あるから、もちろんそれもエリザベートに』
『いいえ、わたくしはこれがいいです。ダイヤよりも、大きな宝石を使った物よりも、レオンハルト様のお母様が大切にされたこのルビーが』
(……そんな事を話した時もあったけれど……まさか、あの時の約束を守って差し出してきたわけじゃないでしょう。きっと陛下が、罰として取り上げたんだわ。とんでもない物を寄越したわね、こんなもの受け取れるわけないじゃない)
「これはお返しして下さい。これを受け取ったら、一生レオンハルト様に恨まれますわ」
「そうだな。それがいいだろう」
元の持ち主を知っている公爵も、すぐに同意する。
(罰を与えるのはいいけれど、わたくしを巻き込まないで欲しいわ。……あら? そう言えば……こういうの、わたし持っていたわよね?)
記憶を辿り、思い出す。
(ああ! スピネル公爵家の女主人に代々受け継がれる、特大サイズのスピネルの首飾りとイヤリング!)
「お父様、もしかして以前お父様が渡すように仰っていたのは、公爵家に伝わるスピネルの事ですか?」
その言葉に、少し驚いたようにエリザベートを見る公爵。
「お母様が亡くなって、え~、お義母様、が一緒に暮らすようになった時に、わたくしが自分の物にしてしまった、あのスピネルを返せと……」
(保管室から勝手に持ち出して、絶対に渡さないと言って部屋に立てこもったのよね。それで、とりあえずわたしが持っていても良い事になったのだけれど……現在の女主人に返せという事かしら。いずれは、アルフォンスの夫人となる女性に受け継がれるべき物だし)
「それでしたら、後ほど」
「いや、いい」
「えっ?」
「あれは、お前が持っていろ」
(あら……気が変わったのかしら。それとも?)
「そう仰って下さるなら、そう致しますが……あの時言っていた物は、何か別の物という事ですか?」
「……いや、スピネルの事だが……とりあえず、エリザベートが持っていていい」
(んー、なんだか違う気がするけれど……まあ、いいわ)
「それでは、わたくしはそろそろ失礼致しますね」
思いのほか時間がかかってしまったと思いながら、エリザベートは席を立ったが、
「この賠償金はジョセフに渡しておくので、好きに使って構わない」
「ええっ? こんな大金、いいのですか? 離れの補修費も払っておりませんが」
「公爵家内の建物の補修を、お前が気にする必要はない」
「そう言われたのでお言葉に甘えておりましたが、更に今回の賠償金までなんて……」
「これはお前への謝罪金なのだから、お前が使うのは当然だろう。不要であればそのままにしておけ」
「……それでは……せっかくなので、使わせていただきます」
「うむ」
「では、失礼致します」
(……いいのかしら……いいわね、きっと。そうね、ひどい目にあったのはわたしなのだし。マダム・ポッピンの店への出資の為に自由にできるお金の半分以上使ってしまって心もとなかったから、良かったわ。まあ、これまでの自由に使えるお金というのも、自分で稼いだお金じゃないのだから、独立なんてまだまだね。頑張らないと)
そんな決意をしながら、エリザベートは部屋を出た。
お金、大切。自分だけじゃなく、皆を守る為にも必要な物だから。




