護衛だというのに
目を覚ますと、大きなベッドの上だった。
辺りを見回すと、やけに広くて豪華な部屋だとわかる。
「……エリザベート様……」
大切な主人の名を呼んでみたが、返事は無い。
「……誰か、いませんか?」
そろそろと身を起こすと、少し怠い感じがするくらいで辛くはない。
「エリザベート様が、助けてくれたんだ……」
ハーッと大きくため息をつき、頭を抱える。
「護衛だっていうのに……」
エリザベートの護衛として、王城にやってきた。
どこかで待機させられると思っていたが、王妃と会うその場所まで同行させてもらえる事になった。
(きっと王妃様が、エリザベート様の為に特別扱いしてくれたんだろうな……そうでなきゃ、獣人の僕が王妃様にお目にかかれるなんてありえない……)
緊張しながら、王妃とエリザベートが話しているのを遠くで見ていた。終始、和やかな様子で、話も弾んでいるようだった。
(王妃様、流れるような動きでシュークリーム食べてる……あれ、美味しいから、止まらなくなるのわかるなぁ……あ、今度はドレス出してる。……良かった、すごく気に入ったみたいだ。マダム・ポッピンやお針子さん達が喜ぶなぁ……)
のんびりとそんな事を考えていたとき、
「!?」
ピリッと、空気が揺れたような感覚を覚えた。
あまり大きな動きはしないように気を付けながら辺りを見ると、侍女がお茶を入れている姿が視界に入った。
(……動きが……何か……)
なんだか嫌な感じがして見ていると、侍女は小さなビンをそっとティーカップに近づけ、中身を落とした。そしてビンを素早くスカートのポケットに隠す。
(な、にを……え? 今、何かお茶に入れたよね? え? 誰も見ていなかった?)
王妃達からは離れているが、この場所には護衛騎士が何人も配置されているはずだ。侍女もたくさん控えている。
(それなのに、誰も何も言わない? 皆、見てなかった?)
何事も起きないので、自分が見た事が夢だったのではないか、という気がしてくる。
(ぼんやりしていた? え? どういう事だ?)
そうしている間にも、侍女はそのお茶の乗った銀色のトレイを持ち上げ、席に運ぼうとしている。
(駄目だ! あれを運ばせちゃ大変な事になる!)
弾かれたように走り寄って侍女の手を掴み、トレイをテーブルに戻させた。
「ヒッ!」
驚いて小さな声を上げた後、自分の手を掴んだ相手を見た侍女は、ギリッと奥歯を噛み、憎々し気にルークを睨んだ。
「獣人っ……」
「あ、貴女、今お茶に何か入れましたよね!」
「はっ? 何言ってるの?」
「見たんです、貴女がこのカップに何か入れるところを」
証拠品を確保しようと、ルークはティーカップを掴んだが、
「キャーッ! 何するんですか!」
いきなり侍女は大声を上げた。その声に、近くにいた侍女達や護衛の騎士が集まってくる。
「ちょっと! どうしたというのです? 王妃殿下の御前ですよ!」
そう言ったのは、少し年配の侍女だ。
「侍女長様! この獣人が、いきなりわたしの手を掴んできたんです!」
「えっ? いや、手を掴んだって……それは貴女が怪しい行動をしたからで」
「この獣人が、わけのわからない事を言って触ってきました!」
「触ってきたって……それは」
焦るルークに、侍女は大声で喚いた。
「なんなんですか貴方! 野蛮な獣人の分際で、王妃殿下にお出しする茶器に触れるなんて!」
「も、もうしわけ……ですがさっき」
「ですがじゃないでしょう! ああもう! 獣人なんかが触れたものを王妃殿下にお出しする事はできないわ! 全部変えなきゃっ!」
「待って下さい! そのカップには」
「もうっ! 邪魔をしないでさっさとどきなさい!」
侍女は激しく抗議し、ティーカップの中身を捨てようとするが、証拠を隠滅されてなるものかと、ルークは必死にカップを掴んで抵抗していると、
「わたくしの護衛が、何か粗相でも?」
騒ぎを聞きつけたエリザベートがやって来た。
(ああ……またエリザベート様に迷惑をかけてしまう……)
侍女長がエリザベートに説明をするのを見ながら途方に暮れるルークに、最初の侍女が食って掛かる。
「なんなの貴方、わたしに恨みでもあるのっ? ここを辞めさせられたら、貴方のせいですからねっ!」
ワーワーと喚きながら、お茶を芝生の上に捨てようとしする侍女の手を、ギリギリのところで掴む。
「離しなさい! 下賤の者が触れないで!」
「何も入れていないのなら、調べられても構わないですよね!」
「誰か助けて! この獣人がわたしを襲っているわ!」
その言葉に周りを見ると、護衛騎士達が取り囲んでいる。
(どうしよう! でも絶対このお茶、調べてもらわなきゃ駄目だ! だって、エリザベート様が狙われた可能性があるんだ。前の犯人だって捕まってない。今ここでちゃんと調べてもらわなきゃ、いつまでもエリザベート様の命が狙われる! あ、そうだ!)
侍女からカップを奪い取ると、ルークは中のお茶をゴクリと飲んだ。
「やっ、やめなさいっ!」
エリザベートにカップを奪われ、両手で頬を挟まれた。
「ルーク何やってるの! 大丈夫なの? 何か入れられたお茶なのでしょう? ルークっ?」
「エ、リザベートさま、ぐっ」
喉から胃まで、焼けるように熱くなり、ルークは胸元を押さえて崩れ落ちた。
「ルーク? ルーク? 大丈夫なのっ? ねえっ!?」
キーンと耳鳴りがする中に、エリザベートの声が小さく聞こえる。
「エリ……ゲホッゲホッゲホッ」
エリザベートの手から水を飲ませてもらうと、体内の痛みが少し和らぐ。
しかし、すぐに口の中に手を入れられ、堪らず、飲んだ水を吐き出した。
(ああ、そんな……マダム・ポッピンがせっかく作ったエリザベート様のドレスが……すごくすごく高い布を使っているのに……)
何度か繰り返すと痛みと苦しさが治まってきて、そしてルークは意識を失ってしまった。
(あまり、覚えていないけど……エリザベート様が助けてくれた。汚れるのも気にせず、ずっと抱いていてくれた。エリザベート様の事を助けたいと思ってやった事なのに、エリザベート様に助けてもらうなんて、なにやってんだよ僕は!)
情けなくなり、涙が出てくる。
(いったい、いつになったらまともに護衛できるようになる? もう、エリザベート様の護衛は降りた方がいいのか? エリザベート様と一緒にいたくて、自分の存在意義が欲しくて、専属護衛という肩書にしがみついているけど、全然エリザベート様を守れない役立たずの僕は……)
その時、音がし、顔を上げて扉の方を見ると、エリザベートがローブ姿の男性と話をしながら部屋に入ってきたところだった。
エリザベートの為に役に立ちたいのに。




