毒入りの紅茶
お茶の用意をしていた侍女が、ルークに向かってワァワァと喚いている。
「なんなんですか貴方! 野蛮な獣人の分際で、王妃殿下にお出しする茶器に触れるなんて!」
「も、もうしわけ……ですがさっき」
「ですがじゃないでしょう! ああもう! 獣人なんかが触れたものを王妃殿下にお出しする事はできないわ! 全部変えなきゃっ!」
「待って下さい! そのカップには」
「もうっ! 邪魔をしないでさっさとどきなさい!」
(……王妃殿下の近くで仕えているのだから、それなりの身分のある令嬢だと思うけれど……随分と感情的ね。身分がある令嬢だからこそ、下の者に対して容赦なくあたるのかしら? とにかく)
「わたくしの護衛が、何か粗相でも?」
(公爵令嬢で、王妃に招かれてここにいるわたくしの方が上という事は理解できるでしょう?)
堂々とした態度で声をかけると、ルークに罵声を浴びせていた若い侍女は言葉に詰まり、その代わりに少し年配の侍女が説明をした。
「その……護衛の方が、この侍女がお茶に何か入れたと仰いまして」
「言いがかりですっ! わたし、そんな事していません!」
彼女の言葉が終わらないうちに、若い侍女が大声を出しルークを睨む。
「なんなの貴方、わたしに恨みでもあるのっ? ここを辞めさせられたら、貴方のせいですからねっ!」
「で、でも、確かに」
「わたしはやっていないのだから、貴方の見間違いよ! さっさとそこをどきなさい! 入れ直さなきゃいけないんだから!」
「待って下さい! 確かに私は見たんです。このカップに、貴方が小瓶に入った何かを」
「何も入れていないわ!」
そう叫び、侍女はカップを持ち上げ、中のお茶を芝生の上に捨てようとしたが、ルークがその手を掴み阻止する。
「離しなさい! 下賤の者が触れないで!」
「何も入れていないのなら、調べられても構わないですよね!」
「誰か助けて! この獣人がわたしを襲っているわ!」
その悲鳴に、戸惑いながらその光景を見ていた護衛騎士達がザッと距離を詰め、ルークは少し焦ったように周りを見回し、そしてエリザベートを見た。
(ああっ、ルークが追い詰められて泣きそうになってるわ、助けてあげなきゃ、えっ?)
次の瞬間、信じられない事が起きた。
「ちょっ、ルークっ?」
侍女から強引にカップを奪い取ったルークが、その中身を飲む。
「やっ、やめなさいっ!」
全力で駆け寄ってカップを取ると、近くの騎士に渡し『残りを絶対零さないで!』と命じ、ルークの頬を両手で掴む。
「ルーク何やってるの! 大丈夫なの? 何か入れられたお茶なのでしょう? ルークっ?」
「エ、リザベートさま、ぐっ」
苦しそうな声を漏らし、ルークはガクンと体勢を崩した。
「ルーク!」
慌てて支えようとしたが、そのまま一緒に崩れるように座り込んでしまう。
「ルーク? ルーク? 大丈夫なのっ? ねえっ!?」
「エリ……ゲホッゲホッゲホッ」
むせて、苦しそうに顔を歪めるルーク。
「そんなっ! ルーク!」
気が動転するが、驚いたり怖がったりしている場合じゃないと心を奮い立たせる。
「ルーク、大丈夫だからね! 頑張って!」
「はな、れて……ドレスが、よごれ……」
「何言ってるの! そんな事気にしないで、さあ水よ! 飲んで!」
片腕でルークの背を抱き、もう一方の手を口元に持っていって魔法で水を出す。
「頑張って飲んで! 頑張って!」
充分に飲んだと思われるあたりで一旦体勢を変えて下を向かせると、口に指を突っ込んで吐き出させる。
「ゲーッ、グッ、ゲホゲホッ」
「さあもう一度飲んで!」
水を飲ませては吐き出させる。
繰り返すうちに、ルークの容態が落ち着いてくる。
「……どう? どんな感じ?」
「……だいぶ……さっきまで、焼けるようだったのが、今はもう……」
「そう、大丈夫そうね」
ホッとしながら、ルークだけに聞こえるよう耳元で囁く。
「最後に、ポーションを出すから飲んで」
先ほどまでは『洗浄・浄化』と念じて水を出していたが、今度は『治癒』と強く念じて水を出し、口に注いだ。
そして、ぐったりしつつも落ち着いた様子のルークの、頬に張り付いた金色の髪を払い頭を撫でてやる。
「……えらいわ、ルーク……頑張ったわね」
「エリザベート、さま……ありが、とう……ござ……」
「ええ……」
少しでも楽なようにと、膝の上で頭を抱いて撫でていると、殿医がやってきて診察を始めた。
「フム……毒を摂取したと聞いたが、どのような状態だったのでしょうか?」
「飲んですぐに苦しそうになってむせました。焼けるような苦しみだったみたいです」
「応急処置はどなたが?」
「わたくしです。水を大量に飲ませて、吐き出させて、を繰り返しました」
「おお、それは良い処置でしたな。お嬢様、医療の知識がおありで?」
「いえ。ただ……少し前にわたくし自身が毒を盛られましたので、その時の経験が役に立ちましたわ」
「おお……それは……なんとも……」
言葉通り、なんとも言えないような表情をしつつ、殿医は治療をするのでルークを中に運ぶようにと指示し、護衛騎士達が担架で運んで行った。
「エリザベート嬢、本当になんと謝罪すればよいか……王城でこんな事件が起きるなんて……」
「あ、いえ、王妃殿下……」
一気に疲れを感じ、放心しつつエリザベートは王妃を見た。
「侍女は取り押さえて、持っていた毒物も確保したわ。わたくしの名にかけて、しっかりと調査することを約束します。さあ、エリザベート嬢、貴女も中で身を清めて着替えをなさい」
「そう、ですね……はい……」
酷い格好になっているのを改めて確認し、エリザベートはヨロヨロと立ち上がった。
……こんな騒ぎに巻き込まれるとは。




