マダム・ポッピン仕立工房
スピネル公爵邸の一画にある、二階建ての建物。そこは先代当主が、絵を描くのが趣味の夫人の為にアトリエとして建てた建物で、先代夫人が亡くなってから長い間使われていなかった。
一応管理はしており、少し床が軋んだり開けづらい扉がある等のちょっとした不具合はあるものの、充分に使える状態だった。
そこに、手が入ったのは1ヵ月ほど前。
不具合を直し、使い勝手が良いように二つの部屋を壁を取っ払って一つにしたり、新しい家具を入れたりして、玄関には『マダム・ポッピン仕立工房』との看板が掛けられた。
エリザベートが出資した、マダム・ポッピンの店だ。
もちろん、スピネル公爵の承諾は得ている。許可してもらえるか不安だったのだが、言ってみたら『好きにすればいい』と、あっさりしたものでした。
ゴーディ商会からシルクを買い、今のところはエリザベートが依頼した衣装だけを作っているが、近いうちに他からの注文も受け付ける予定で準備中だ。
「貴族のお屋敷の中にこうして工房をもつ仕立て屋なんて、他にいませんよね。数か月前までは、家賃を払えず住む場所を追い出されそうになっていたわたしが……信じられません。エリザベート様、本当にありがとうございます!」
「当然の事よ、マダム・ポッピン。貴女は今、王都で一番注目されている最高の仕立て屋ですもの。高価な生地やレース、宝石等も使っているから、街中では心配だわ」
王太子の成年パーティーでエリザベートとルークが身に着けたシルクの衣装は、社交界の話題となった。
『あんな物』という声ももちろんあったが『自分も着てみたい』という声も多く、色々と調べられているようだが、今は情報不足状態である。
「布の情報も仕立て屋の情報も、知っているのはわたくしだけ。わたくしの事を王太子に捨てられたと笑い侮辱した人達は、頭を下げて尋ねるのは嫌だろうし、何事もなかったかのようにお茶会やパーティーに誘ってくる図々しい方の招待状は暖炉で灰にしてやったわ」
「噂では、リュートゲールブティックにも問い合わせがあるらしいですけど、全くわからず対応できていないそうですよ。まあ、そのうちシルクの事はわかるでしょうが、この布を扱うには、あそこの店主とお針子じゃあ、技術がたりなくて無理でしょうね。人気にかまけて適当な縫製でしたからね。もうしばらくは独占させてもらいましょう」
エリザベートとマダム・ポッピンは、顔を見合わせて『クックック』と笑った。
若干、悪者感があるが、正直な所、リュートゲールブティックに勝ったというこの状態はかなり嬉しいものである。
「まずは卒業パーティーに向けて、わたくしとヴィヴィとクリスのドレスね」
「はい。でも、地味なドレスをご希望なので、ちょっとつまらないんですよねぇ」
「地味、というか、おとなし目の物ね。主役の卒業生の先輩方より目立つのは良くないから」
「素晴らしいご配慮、流石です、エリザベート様」
「そんな事ないわ、当たり前の事よ」
「いやいや~、貴族の方々は、そういう事考えませんって。我が我が! ですから。で、えーっと、基本シンプルなデザインで、全体的には綿を使い、襟やリボン等にシルクを使うって事ですね?」
「そう。生徒会役員として出席するのだから、三人お揃いというのも面白いのでは、と思ってね。二人に相談したら、是非! と乗り気だったわ」
「候補のデザインがこちらです。何パターンか用意してみたので、お嬢様方で相談してみて下さい。あと、ポイント使いするシルクの色を変えるのはどうでしょう?」
「色を?」
「ええ、三人のお嬢様方は全然タイプが違いますからね。単純ではありますが、エリザベート様が赤、ヴィクトリア様が紫、クリスティーナ様は黒……っぽい紺を使うのなんてどうですか?」
「あら素敵! いいアイディアね。それと、色を変えるというマダム・ポッピンの言葉で思いついたのだけれど、少しだけデザインを変えるのはどうかしら。統一感を持たせつつも、襟の形や袖の形をそれぞれに似合うようにするのよ」
「ああ! それは良い考えです! シンプルながらも、お仕着せではなく特別に仕立てたという感じが増します」
「ただ心配なのは手間よね。それぞれデザインを変えて、時間は大丈夫?」
「そりゃあもう。お針子達も上達してますから、大丈夫ですよ」
その言葉に、公爵家のお針子からマダム・ポッピンの助手へと転職した5人がコクコク頷いている。
「そう? でもあまり無理はしないようにね。……と言いつつ、急遽、作ってもらいたい物があるのだけれど」
「はいはい、なんでしょう?」
「実は、王妃殿下のお茶会に招かれたの。それで、貴女が最初作ったようなシンプルなドレスを作ってもらって、王妃殿下にお部屋着として献上したいの」
「あー、なるほど。はい、すぐにお作りします。王妃様のお身体のサイズがわからないので、あれよりもフワッとした感じにしますね。お部屋着ならそれでも大丈夫ですよね?」
「ええ、そうね。身長はわたくしと同じくらいで、胸はわたくしより大きくて……ヴィヴィの体型に近いわね」
「かしこまりました。んー、ではどうでしょう? 胸の谷間のところを空けて、リボンで結ぶようにするとか」
「ああ、いいわね、素敵」
「お色はどうしましょうか?」
「そうねぇ……お部屋着だから、淡い色がいいかしら」
「待って下さいエリザベート様。お部屋着だからこそ、思い切った物が良い場合もありますよ。執務を終えた後の、大切な夫婦の語らいの場の雰囲気を盛り上げるような……」
「なるほど……でも、あまり大胆な物は贈れないわよ。わたくしがまだ、成年前で未婚者なのだから」
「あー、そういえばそうですね。うーん、それじゃあ、ちょうど良い感じの物を……そうだ! 全員で一着ずつ作ってみましょうか。シルクを扱う練習にもなるし、その中で良い物を選んでもらいましょう!」
マダム・ポッピンの提案に、お針子達は乗り気のようだ。
「是非やってみたいです!」
「選ばれるように頑張ります!」
それを聞き、エリザベートは『それなら』と、更にやる気になる提案をした。
「選ばれた物を作った人に、金一封を出すわ」
「キャー! ありがとうございます、お嬢様!」
「頑張ります!」
「審査員はエリザベート様とマダム・ポッピンですか?」
「何言ってるの、もちろんわたしも参加するわよ!」
「えー、マダム・ポッピンが参加したら、もう優勝は決まったようなものじゃないですか」
「そうとも限らないんじゃない? まあ、負ける気はないけどね」
「えーっ?」
「師匠! 大人気ないです!」
マダム・ポッピン仕立工房は、大いに盛り上がるのだった。
皆で楽しく仕事しています。




