ヘイレン男爵の最愛の女 3
「……いいけど、この布、虫由来の布よ。ヴィヴィ、大丈夫?」
「ムシ?」
青い光沢のあるドレス姿の女性が、仲間に囲まれ楽しそうに笑いながら話している。
あまりボリュームがない流れるようなラインのドレスに、白いケープを羽織っていて、周りの女性達とは全く違う姿だ。しかも隣に同じ布で作られた騎士服姿の獣人が立っている。
(あれが、パートナーだと? そりゃあ、獣人も俺達と対等な存在だと言われてはいるが、そんなのは建前で、実際には一部の優秀な者以外は見下されていて……変わり者? 変わり者なのかあの令嬢は。いや、あの真っ赤な髪、あれって、スピネル公爵家の色だよな? もしかしてあの方は、スピネル公爵家のエリザベート嬢?)
少し場所を移動して顔を見て、間違いないと確信する。
(王太子殿下の婚約者だよな!? ああでも、最近殿下は違う女性をお気に入りだとか、そのせいで自殺未遂を起こしたとか、色々噂されていたが……なんだよ、すごく楽しそうで、生き生きとしてるじゃないか)
他人と違うドレスで、獣人のパートナーを連れて、それを恥ずかしいと思ったり気後れする様子もなく、背筋を伸ばし顔を上げている。
(俺が、騙されたと怒ったあのドレスを、あんなに堂々と……)
「それで、わたくしもこの生地でドレスを、と思ったのだけれど……虫から作っている生地だというから……」
そう話す紫色の髪の女性も、よく見ると見覚えがあった。尊敬する第一騎士団団長、アメジスタ侯爵の愛娘、ヴィクトリアだ。幼い頃からの婚約者に邪険にされ婚約破棄し、新たな婚約を結んだと聞いたが、翳りなど全く無いように見える。
「これからは、入手しやすくなると思いますわ。わたくし、今後もドレスはシルクで作るつもりですし」
(今回だけではなく、またあの布でドレスを作る、だと? さっきザカリー・オニキスも言っていたな、貴重な布だと。……あの仕立て屋、嘘など言っていなかったんだ……)
マシューは、ギュッと拳を握りながら、キラキラと輝いているその集団を見つめた。
「……すまない、ゴーディ。ちゃんと話を聞かず、間違った選択をしてしまったようだ……」
数日後、マシューはゴーディ商会を尋ねた。
頭を下げ、謝罪をする。
「その……以前キャンセルしたドレス、まだ残っているだろうか……」
「申し訳ございません。あの後すぐに買い手が付きまして、販売済みでございます」
「……そうか……すまないが、あの時の仕立て屋を再度紹介してもらう事はできないだろうか。謝罪し、もう一度妻のドレスを作ってもらいたいのだ」
「それが……申し訳ございません。彼女は現在、別の方と専属契約をしておりまして、話してみることはできますが、承諾するかどうかは私の方ではなんとも……」
「……そうか、わかった。すまない、あの時ちゃんと話も聞かずに酷い態度を取ってしまっておいて」
項垂れるマシューに、ゴーディは首を振った。
「あの時の事は、明らかにこちらの落ち度です。どうぞ、お気になさらず。マダム・ポッピンには伝えますので、返事がきたらすぐにお知らせ致します」
「すまない、恩にきる」
そしてその数日後、マシューの元にマダム・ポッピンから『奥様とご一緒に工房へお越しくださいませ』という手紙が届いた。
外出が苦手なリアンヌだったが、この誘いには『是非行きたいです』と目を輝かせた。
何度か手紙のやり取りをし、約束の日、迎えの馬車に乗り案内されたのはスピネル公爵邸だった。
「マダム・ポッピンが店を新しくするにあたり、わたくし、エリザベート・スピネルが出資を致しました。注目を集めておりますし、高価で貴重な布を扱っているので街中では心配だという事と、しばらくはわたくしが依頼した物だけを制作してもらうので、公爵邸内に工房を構える事となったのです」
出されたお茶を飲みながら、そんな説明をされる。
「……ヘイレン男爵様、奥様、本当に申し訳ございませんでした」
エリザベートの横に座るマダム・ポッピンが、すまなそうに頭を下げる。
「でも決して、悪気があったわけではなく、わたし自身はシルクという布に対して、無限の可能性を感じておりまして……とはいえ、説明をしたら断られてしまうと思って、わざと説明しなかったのは事実でして……」
「いや、こちらこそ、ちゃんと説明も聞かずに一方的に契約を破棄してしまい、申し訳なかった。妻は気に入っていたのだが、私が良くない方に思い込んでしまい……すまない」
「いえいえ、もう、全面的にわたしが悪くて、はい、もう、本当に」
マダム・ポッピンが恐縮して何度も頭を下げる。
「えーと、それで、ゴーディさんから聞いたのですが、奥様のドレス制作をご希望とか」
「ああ、そうだが……しかし、現在はスピネル公爵令嬢の物だけを作っているのだろう?」
そう聞くと、エリザベートがにっこりと微笑んで首を横に振った。
「ヘイレン男爵夫人は特別ですわ。ご夫人のドレスのおかげで、わたくしはマダム・ポッピンと出会う事ができたのですから。マダム・ポッピン、ご夫人のドレス制作を受ける事はできるかしら?」
「ええもう。是非、挽回の機会をいただければと思います。えーと、納期はいつくらいでしょうか」
「あ、あの……特には……どこかに出かけるというわけではないので……」
リアンヌがおずおず言うと、マダム・ポッピンは『うんうん』と頷いた。
「予定が無くても、いざという時に着られるように準備しておいた方がいいですからね。前回のと同じデザインでよろしいでしょうか? それとも変えましょう??」
「ええと……前と、同じで……」
「かしこまりました。生地はいかがいたしましょうか。前よりも多くの色がありますし、柄の入った物もあります。まあちょっと値段は上がりますが。あちらの鏡の前で、ちょっと当ててみましょうか」
「あ、でも……」
躊躇するリアンヌの背中を擦るようにし、マシューは耳元で囁いた。
「是非そうさせてもらおう、俺も一緒に見るから。君の一番気に入る布で作るのがいい」
「でも……元々高い布で、しかもどこにも出かけないのに……」
「いいじゃないか、俺が見るのだから。君の新しいドレス姿が楽しみだ」
そう言って、マシューはリアンヌの手を取って席を立った。
(そう、新しいドレスを着れば、リアンヌはあのパーティーで見たスピネル公爵令嬢のように輝くだろう)
「聞きましたよゴーディさん! ゴーディさんもルークくんが獣人だって事隠してたそうじゃないですか!」「私は謝罪し、契約しなくていいと言いましたよ。マダム・ポッピンのように文句を言わずに」「うっ……」




