執事は思った
「……エリザベート様が?」
「はい。フィールドさんにお尋ねしたい事があると。時間がある時でいいそうです」
「わかりました、すぐに参りましょう」
料理長と本日の来客者の食事について打ち合わせをしていたジョセフ・フィールドは、テキパキと指示をして厨房を後にした。
細身で長身。白髪交じりの髪をキッチリと後ろに撫でつけ眼鏡をかけた、穏やかだが切れ者の男だ。
30代でアレキサンドライト王国で1、2を争う権力と財力を持つスピネル公爵家の筆頭執事となり、それから20年以上、しっかりと使用人達をまとめあげている。
(侍女は、時間がある時でいいと言ったが、それを鵜呑みにしてはいけない。なにせ、相手はあのエリザベートお嬢様なのだから)
そう思い足早に向かった先で、彼は戸惑っていた。
目の前にいるのは、赤子の頃から良く知るスピネル公爵家の令嬢、エリザベート・スピネル様。
愛らしく少しおてんばなお嬢様だったが、王太子との婚約が決まってから変わってしまった。外では完璧な令嬢として振る舞っているが、屋敷内ではもう、厳格で、高圧的で、癇癪持ちで……まあ、残念だが、誰からも嫌厭されるような感じに……。
「呼び出してごめんなさい。教えてもらいたい事があるのだけれど大丈夫?」
そう、執事の自分に対してこんな話し方をするような人物ではなかったはずなのだが……。
「時間がかかるから、どうぞ掛けて」
(座るように勧められるなんて……何か企みでも?)
「ああでも、できるだけ早く終わらせるようにするわ。執事長の仕事は忙しいものね、ごめんなさい」
不信に思い座れずにいると、忙しいので躊躇っていると勘違いしたらしく謝罪してきたエリザベートに怯えつつ、彼女の向かいの席に座ったところで扉がノックされた。
「お茶をお持ちしました」
「あら、ありがとうアメリア。頼んでいなかったのに気が利くわね」
「いえ、その、ちょうどフィールドさんがいらしたのが厨房だったので……料理長さんがエリザベートお嬢様にお菓子をと……」
「まあ素敵、綺麗なお菓子ね。アメリア、ちょっと手を出して」
お茶の用意を整えて下がろうとしたアメリアに手を出させ、その上にお菓子をいくつか載せる。
「えっと……?」
「わたし達だけでは食べきれないわ。あなたも少し食べてちょうだい。じゃあ、呼ぶまで休んでいて」
「は、はい、ありがとうございます、お嬢様」
頭を下げて出て行くアメリアを見ながら、フィールドは内心、ものすごく動揺していた。
(侍女に礼を? そして菓子まで?)
エリザベートが記憶喪失という事は聞いている。これまでと様子が違うのもそのせいかと納得してはいたが、
(これはもう、別人では!?)
エリザベート的には『綺麗だけど砂糖の塊って感じなのよね、この世界のお菓子は。一個食べればもう充分。とはいえ、大量に残したら作った人に悪いしね』と思ってのことだが、フィールドは知るよしもない。
紅茶を一口飲んでドギマギする心を整えてから、フィールドは尋ねた。
「エリザベート様、私に尋ねたい事があるとお聞きしましたが」
「ええ。わたし、記憶喪失になってしまったじゃない? それで、学園で起きた事とか覚えてなくて。王太子殿下との関係はどうなっているのかとか、何か知っていたら教えてくれない?」
「その事でしたら、ローズ男爵令嬢のルチア様といざこざがあったようでございます。王太子殿下と2人きりでいらっしゃったとかで……」
「あー、なるほど」
最近まで平民として暮らしてきたルチアは、そういう『淑女にあるまじき行為』をする事が多く、貴族の令嬢達から文句を言われる場面があったと思い出す。そしてそれを救う攻略対象。
「で、そこに王太子殿下が登場してわたしを叱責し、わたしは激怒、大騒ぎ、ということかしら? 王家からお父様へ、抗議もあったのかしら」
「はい。王家ではなく王太子殿下個人からだそうですが」
「なるほどね……そんな事があったから、お父様はわたしが服毒自殺を図ったなんて思ったのかしら」
「それは……」
フィールドの表情が曇る。
「わたしが自殺を図ったと決めつけて、調査もされていないと聞いたけど……それは本当?」
「いえ、一通りの調査はしております」
「形式的にしたという感じ?」
「いえ、旦那様の指示できちんと行っております」
「きちんと行った結果、お父様はわたしがしでかした事だと判断して調査を終了したのね。私が飲んだ毒も見つかっていないのに」
「それは……」
その問いに少し言葉に詰まってしまったが、本当の事なのでフィールドはそれを認めた。
「さようでございます。スピネル公爵家の恥だと仰いまして、これ以上の調査は無用と判断されました」
「そう……」
指先をあごにあてて少し考えてから、エリザベートは『ねえ、フィールド?』と尋ねた。
「貴方は、どう思う?」
「どう思う、と申しますと」
「今回の事、わたしが本当にしたと思う?」
「それは……」
言い淀み、下がってきた眼鏡をクイッと押し上げる。
「私は何とも……」
「……そうね、貴方は公爵家に仕える執事ですものね。当主の父が言った事、それが正しいわよね」
エリザベートは、苦笑しながらそう言った。
(……いつものお嬢様なら、とっくに癇癪を起されているだろうが……)
「でも、父がなんと言おうと、それがこの公爵家では正しいとしても、わたしは自分で毒なんて飲んでいないわ」
エリザベートがきっぱりと言う。
「記憶が無いのは事実よ。でもわたしは、そんなくだらない事で命を絶とうとする人間ではない、それくらいはわかるわ」
「お嬢様……」
しばらく沈黙が続き、
「……まあ、いいわ」
エリザベートが明るい声でそう言うと、身を乗り出してフィールドに顔を近づけた。
「ねえ、ところで、わたしが今自由に使えるお金はどれくらいあるのかしら」
「お金、ですか?」
「ええ、お金」
そう言ってエリザベートはにっこりと笑った。
その後1時間弱、フィールドはエリザベートに彼女の私財についての説明と、貴族の家門についての質問に答えて部屋を出た。
(侍女達がエリザベートお嬢様が変わったと言っていたが、本当だったな。……いや、昔に戻った、という感じか。王太子殿下と婚約する前に……)
そんな事を思いながら、彼は仕事に戻った。
ジョセフ・フィールドさんはシュッとしてダンディなおじ様です。




