兄妹 2
「ご、ごめんなさい、おに、いえ、先生……で、でも、その……話がしたくて……お願いです! 家に戻って来て下さい!」
「それは今話す事ではない」
「ま、待って!」
振り向きもせずその場を離れようとするザカリーに、クリスティーナが必死に縋り付く。
「家を出てから一度も帰ってきてくれないし、学園でも忙しいと言って話してくれないじゃないですか! お兄様がわたしの事を嫌っているという事は知っています。でも、だからといって……」
(……なになに?)
「お父様もお母様も、お兄様が戻られるのを願っているんです。お願いです、戻ってきて下さい!」
「……私がお前を嫌っている? 何を言ってるんだ。そんな事は」
「いえ、わたし知っているんです。ルチア様から聞きました!」
(えっ?)
話の内容に驚いているのはヴィクトリアも同じらしく、エリザベートの腕をキュッと掴んできた。
『どういう事なのかしら?』
『これは、しっかり聞かなければ!』
二人で目で会話をしてコクコクと頷き合い、兄と妹の会話に集中する。
「ルチア? ルチア・ローズか?」
「……はい」
「彼女がなんと言ったと?」
「その……お兄様は、わたしのせいで家に居辛くなったと……」
「それは、真実ではない。そもそも私が、ルチア・ローズとそのような会話をするはずがないだろう」
「え、でも……お兄様がそう言ってたと……確かにそう……」
「クリスティーナ様は、ルチア嬢に騙されたんですわ!」
オロオロするクリスティーナに、ヴィクトリアが声をかける。
「彼女の言葉は、本当の事のように聞こえるからね」
エドワードが苦笑しながら言うと、テオールもため息を吐きながら頷いた。
「え……では、わたしは騙されて……?」
「ええ、きっとそうです。さあ、もう泣き止んで」
ヴィクトリアに渡されたハンカチで涙を拭い、しかし『でも……』とザカリーを見つめる。
「それならなぜ、お兄様は家を出てしまわれたのですか? どうして、全然帰って来てくれないのですか?」
「仕事が忙しい、ただそれだけの理由だ」
「そ……そう、ですか……」
あまり納得はしていないようだが、とりあえず『取り乱してすみません』と謝るクリスティーナ。
「……ですが、ルチア様に言われたのがきっかけとはいえ、お兄様とお話ができるかも、そして、お役に立てれば昔のように一緒にいられるのでは、という思いから生徒会に入ったのはわたしです。そのせいで、お二人にご迷惑を……」
また泣き出してしまいそうなクリスティーナを、エドワードが慌てて『大丈夫、そんな事ないよ』と宥める。
「君は充分頑張ってくれているよ。ただ、他のメンバーがちゃんと仕事をしないから滞ってしまっているだけで」
「エドの言う通り、悪いのは我々だ」
テオールも頷く。
「ルチア嬢は、君に自分の仕事をさせようとして、嘘偽りを言ったのだろう。生徒会に入れば、担当のオニキス先生とも会えるから、わだかまりも解けるだろう、とか言われたんだろう?」
「は、はい……」
クリスティーナが頷くと、エドワードとテオールは『やっぱり』というようにため息をついた。
「はあ……とにかく、早く仕事を片付けよう。今日中には無理だけれど、明日までならどうにかなりそうだ。まあ、あちらに合流するのは難しそうだけどね」
「むしろあまり参加したくない」
「わ、わたしもです、エドワード先輩、テオール先輩。わたし、頑張ります!」
そうして、ようやく三人は作業に戻ろうとしたが、
「ちょっと待って下さい」
声を上げたのは、エリザベートだった。
「オニキス先生、こんな事態ですから、今回だけ特別に役員ではないわたくしがお手伝いする事を許可して下さいませんか?」
「エリザベート・スピネル、君が手伝いを?」
「はい。是非、させていただきたく存じます」
(だって、腹立たしいじゃない! きっとルチアは、ここに残った三人が会に参加できないように、わざとドレスが欲しいなんて言い出したのよ。エドワードとテオールは、彼女の本性に気づいて距離を置くようにしたから、攻略対象外とされたんだわ)
「やる事がわかっているので、お役に立てると思います」
「わたくしも! わたくしもお手伝いしたいですわ!」
ヴィクトリアがパッと手を上げる。
「クリスティーナ様が可哀そうです! 助力は惜しみませんわ!」
「あーえーと……許可いただければ、私も是非」
ヴィクトリアに追随するリアム。
「…………」
無言で考え込むザカリーに、エリザベートは言った。
「きっと後から『できないとは思わなかった』とか『無理なら言えば良かったのに』とか言われます。そんなの、我慢なりませんわ」
「……わかった。特別に許可する」
ザカリーの許可を得て、エリザベートは顔をほころばせた。
「ありがとうございます! オニキス先生。では皆様、仕事を始めましょうか?」
そう言って、エリザベートは皆を見回した。
さあ、やりますか!




