喜んでお受けします
「……えーと……ヴィヴィ、いえ、ヴィクトリア嬢と、僕が……婚約? ですか?」
「ああ、そうだ。オリバーとヴィクトリア嬢との婚約は、二人がまだ子供のうちに決めてしまった事。年頃になって心が近づかなかったのは仕方がない、とアメジスタ侯爵は仰い、今回のオリバーの、そして我がカーネリアン伯爵家の責任は問われない事となった。そして両家の為にも、リアムと婚約を結び直すのはどうかと」
「おっ、お受けします、その話!」
父親の言葉が終わらぬうちに、リアムは声を上げた。
「ヴィクトリア嬢との結婚、謹んでお受けします!」
「結婚ではなく婚約だが……よし、それではそのように返事をしよう」
「ありがとうございます!」
リアムは満面の笑みで頭を下げ、ギュッと両手を握りしめた。
(凄い! 最高の幸運が転がり込んできた! えっ? ヴィヴィちゃんはこの事知ってるの? 父上達だけで勝手に決めたんじゃないよね? もしそうだったらヴィヴィちゃんはまた辛い思いをする事に……いや、そもそも貴族の結婚なんて、家門同士の結束とか、利害の一致とか、そういう事で当主が決めるものだから、兄上との婚約が破棄された後でヴィヴィちゃんの望み通りにいくなんて事、ほとんど無いだろう? だったら少なくとも、ヴィヴィちゃんの事を大大大好きな僕と結婚した方が、幸せになれるんじゃないか? そうだよ、僕はヴィヴィちゃんが幸せになる事だけを願ってきたんだから。好きな人を自分が幸せにできるこのチャンスを掴まないなんて事、絶対ありえない! 僕はヴィヴィちゃんと結婚するんだ!)
「……では、話は以上だ。二人とも、もういいぞ」
「はい、失礼します」
「……失礼します」
ニコニコのリアムと正反対の表情をしたオリバー、二人は揃って部屋を出たが……。
「……リアム、お前、どういうつもりだ」
父親の執務室を少し離れた所で、オリバーの暗い声に、浮かれていたリアムは現実に引き戻された。
「ヴィクトリアは俺の婚約者なんだぞ? それが、お前と婚約し直すだと?」
「アメジスタ侯爵様と父上が決めた事です。何も問題は無いと」
「問題あるに決まっているだろう! お前、よくも俺の婚約者を! 昔からヴィクトリアが来るとお前もその場に同席していたよな。別に構わないと気にかけていなかったが、最初から、ヴィクトリアを奪う為だったんだな!?」
「……ヴィヴィちゃんの事が好きだったのは、認めます」
リアムは、怒りの形相の兄を見つめて、冷静に言った。
「けど、奪う気なんてなかった。ヴィヴィちゃんが兄上の事を好きだったから。でも兄上は、ちゃんと婚約者として接していなかっただろう? 月一回会うのも義務で仕方なく、って感じだったし、誕生日のプレゼントだって、自分で選んでいなかったよね。しかも、あのルチアって人に会ってからは、ヴィヴィちゃんの事ほったらかしにしてたし。ヴィヴィちゃんが怒って当然だよ。確かにあの人に嫌がらせして、それをエリザベート様のせいにしようとしたのはヴィヴィちゃんが悪いよ。でもそれを知って、兄上何かした? 自分の態度が原因だったと、反省した? ヴィヴィちゃんに謝罪した? あんな事があって学園内で孤立してしまうであろうヴィヴィちゃんを心配して、寄り添った? なんにもしてないよね! ヴィヴィちゃんの事は放っておいて、あいかわらずあの女の取り巻きしてたじゃない」
「ルチア嬢の事を、あの女だなんて言うな! しかも、取り巻きだなんて」
青筋を立ててオリバーが怒鳴ったが、リアムはそれを軽く受け流した。
「本当の事だろ? そもそも彼女、婚約者がいる兄上や王太子殿下と親しくし過ぎだろ? そのうえ、他にも多くの男子に囲まれて、チヤホヤされて」
「それは、彼女が心根の優しい、素敵な女性だから自然に人が集まっているだけで」
「心根の優しい女性が、婚約者のいる男とあんなにベッタリくっつく? 普通は、少し距離を置くでしょう? 彼女の取り巻きは、男ばっかじゃないか。女性には嫌われているんだ」
「それは嫉妬されてだろう。可哀そうに、ルチア嬢は女達に嫉妬されていじめられているんだ」
きっぱりそう言い切るオリバーに、リアムは大きなため息をついた。
「……今の兄上とは、まともに話ができないという事がわかったよ」
(これまでずっと、怖くて敵わないと思っていたのに、今は全然……というか、どうしてこんな人を怖がっていたのか、不思議だ)
「……とにかく、兄上には僕の事を非難する資格なんてない。僕はヴィヴィちゃんを愛していて、ヴィヴィちゃんを幸せにしたいと心の底から思っているんだから」
「貴族の婚姻に、そんな感情は不要だ。女は男の言う事を聞いていればいいんだ。ヴィクトリアは忍耐が足りないんだ!」
「じゃあ兄上、それそのまま、ルチア嬢に言えるわけ? 女は男の言う事を聞いて、どんな仕打ちをされても耐えて許せって」
「そうは言ってない!」
「言ってるよ。ああ、本当に……兄上には失望したよ。僕は、ヴィヴィちゃんと結婚するよ。兄上は奪われたんじゃない、手放したんだよ。そこのところ、勘違いしないでね」
屈辱で震えるオリバーを残し、リアムはさっさとその場を後にした。
自分が言っている事が矛盾しまくっている事に気づけないのは、愚かで不幸です。




