思ったよりも、良くない状況のようで
公爵家の令嬢が、毒物により生死の境をさまよった。しかもその令嬢は王太子の婚約者である。大がかりな捜査が行われて然るべきはずなのに……。
「わたしが自分で毒を飲んだ……そういう事になっている?」
そう言う自分の唇がワナワナと震えているのを感じ、エリザベートは気持ちを落ちつけようと、ギュッと両手を握りしめた。
「どうして、そんなふざけた事になっているの?」
「そ、それは……」
「これは命令よ。正直に答えてちょうだい」
「は、はい……ええと……」
ビクビクしながらアメリアが言うには、最近エリザベートはとても荒れていて、情緒が不安定になっていたらしい。そのせいで、そう判断されたと言うのだ。
「……わたしって、どんなだったのかしら」
「ええと、その……」
「言いづらいかもしれないけれど、これからの為に知っておかなければいけない事なの。そして今その事を話してくれるのは、アメリア、あなたしかいないのよ」
(わたしの世話はほとんど彼女がしてくれている。たまに違うメイドも来るけど、わたしとは目を合わせないし、話しかけても怯えてまともに返答できないし)
「あなただけが頼りなのよ。教えてちょうだい!」
目をしっかりと見つめて頼むと、アメリアはコクリと唾を飲み込んだ後、覚悟を決めたように頷いた。
「か、かしこまりました。……最近お嬢様は、学園で良くない出来事が多くあるようで、お部屋の物にあたって壊したりする事が頻繁にありました。そしてそういうときはいつも『あの女、許せない』と仰っていました」
「あの女っていうのは、ルチア・ローズ男爵令嬢の事よね?」
「恐らくそうかと……。お嬢様の婚約者である王太子殿下がその令嬢と親密にされていると、私共侍女達の間でも噂になっておりますし」
「なるほど……それで、例のその日も同じような感じだったの?」
エリザベートの問いに、アメリアは首を横に振る。
「あの日は、とても気落ちされていらっしゃるようでした。お食事もいらないとお部屋にこもられて……それで、お夜食はどうかと思い軽い食事をお持ちしたところ、床に倒れてらっしゃったんです」
そういえば、アメリアは倒れていたエリザベートを発見して医師を呼んでくれた命の恩人だ。後で何かお礼をしようと思いつつ、犯人につながる情報はないかと身をのり出した。
「ねえ、部屋の中で何か変わった様子はなかった? 何か食べたり飲んだりしたような跡とか」
「えーと……気が動転していたものであまり覚えていないのですが、お茶はお出ししていなかったので飲んでいないはずです。お嬢様が倒れていたのは飾り棚の近くで、飾ってあった花瓶と花が落ちていました。あと、小物入れなんかも落ちて壊れていたような気がします。わたしはずっとお嬢様に付き添っていたので、片付けは他の者がしましたが、薬瓶など、変わった物があったとは聞いておりません」
「そう……」
頭が痛くなってくる。
(毒を飲んでしまった時の事は、思い出せないのよね。もうだいぶ日にちが経っているから、これから何か見つかるとは思えない……それにしても、毒を盛られた形跡が無いとはいえ、どうして自分で毒を飲んだと思われたんだろう。そんなに弱く見えたの? 悪役令嬢のエリザベートが?)
「ねえ、わたしが自分で毒を飲んだなんて、そんな馬鹿な事は誰が言ったの?」
「それは……公爵様が……」
「ああ、だから見舞いにも来ないのね? 自分の娘なのに……」
この公爵家で、自分の立場はあまり良くないらしいという事はわかった。
(……参ったわ、問題だらけね。ゲームの内容とは違う事が起きているわけだけど……何をどうすれば良いやら……)
この世界で悪役令嬢のエリザベート・スピネルが破滅せず、生き残る為にどうすれば良いのか。
「ねえアメリア? あなたはわたしが自分で毒を飲んだと思う?」
そう尋ねると、アメリアは『いいえ!』とブンブン首を横に振った。
「エリザベートお嬢様は、絶対にそんな事しないと思います! ただ、お部屋の中にはお嬢様お一人で、お茶もお出ししてませんでしたし、誰か訪ねて来た人物もいないと警護の者も言っていて……」
「他人が毒を盛ったとは考えにくいから、自分で飲んだと思われたのね。……部屋から毒物は出て来ていないのよね?」
「はい、見つかりませんでした」
「…………」
父親である公爵は娘が自分でしでかした事と判断し、ロクな調査もしなかったのだろう。その隙に、誰か仕組んだ人物が片付けたかもしれない。
(部屋を片付けた侍女に会って話を聞かなきゃ。それに、これからの為に色々と動かなきゃいけないわ。犯人が見つかっていないんだから、今も公爵家の中に敵がいる可能性があるって事でしょう? 信頼できる味方を増やさなきゃ! ……というか、彼女は信用していいの? 一番毒を盛るチャンスがあったんじゃない?)
そう思いながらアメリアを見たが、
(……違うわね)
彼女は常に、エリザベートの事を心配してくれていた。他の侍女達はできるだけ関わり合いを持たないようにしていたが、アメリアは違っていた。
『よし。アメリアはわたしの一人目の味方に認定! これで間違ってたら、それはもう、自分の見る目の無さって事で諦めよう』
そう決心し、エリザベートはアメリアに尋ねた。
「ねえアメリア、学園での出来事をもっと詳しく知りたいのだけど、何かわたしが言っていた事はない? それから、王太子殿下との関係がどうなっているのかも知りたいわ」
「えーと、学園でのお話は、お嬢様からは伺った事がありませんので……あと、王太子殿下との事はやはり公爵様が……あ、執事長のフィールドさんなら知っているかもしれません」
「そう。じゃあ、呼んできてくれない? ああ、すぐでなくてもいいわ。聞きたいことがあるから、時間がある時に来てって伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
アメリアは深くお辞儀をして部屋を出て行った。
アメリアは長女で、面倒見がいいお姉さんです。




