幸せとは 1
「なん、で……婚約破棄?」
「本気ですか? エリザベート様」
ヴィクトリアとリアムはものすごく驚いているが、エリザベート的には当然の事なので、二人がこれほど驚く方が意外だ。
「レオンハルト様はルチア嬢にベタ惚れで、わたくしの事は嫌っているのだから、その方がいいでしょう? 婚約破棄の意思はもう伝えているの。レオンハルト様は本気にしていなかったようだけれど、この間会った時に本気だと伝えたから、もうすぐ破棄されると思うわ。あ、ヴィヴィ、わたくしの手作りクッキーはいかが?」
「あら嬉しい、いただきますわ! っじゃなくて!! リザ、本当にいいんですの? これまでの厳しい王妃教育が、無駄になってしまうというのに」
「そうですよ。それに、王妃となる名誉が……」
ヴィクトリアとリアムは心配そうに言うが、エリザベートは首を横に振った。
「もう、努力が無駄になるとか、名誉がとか、そういうのはいいの、本当に」
クッキーを一つ摘み、心配そうにしながらも黙って隣に控えているルークに渡しながら、エリザベートは言った。
「わたくしを大切にしてくれない人の為に頑張るのは、もう嫌になったの。これからは自分の為に生きるわ」
この間の、レオンハルトとのいざこざがあった後、エリザベートはこの世界の事について改めて勉強した。日記を読み、本を読み、周りの人達と話をして、わかった事。
(ここは、あまり良い世界ではない)
残念な事にこの世界は、身分差別や男女差別が酷く、それがあたり前の世界だ。
キラキラした世界で、衣装も華やか。容姿端麗な男性が多く出てきて、甘い言葉をかけてくれたり、ちょっと強引に愛を囁いたり……。そんなところがウリのゲームだが、実際にその中で暮らしてみれば、華やかな事だけではない。
(ゲームではヒロインだからチヤホヤされて、なんでもうまくいっていただけなのよね)
実際は、身分による差別や性別による差別が酷い。
貴族の男児は家督を継ぐ者として教育され、大切にされる。戦や疫病の流行で亡くなる事もあるので、長子でなくともある程度大切にされる一方、女児は、家門を繁栄させるための道具とみなされる事が多い。有力家との繋がりや、援助を受ける為に、たとえ親子ほどに齢が離れていようと、第二、第三夫人であろうと、妾としてでも、嫁がされることがある。
望まれて、正妻として迎えられたとしても安心はできない。
結婚後は跡継ぎを産まなければならず、男児を産めなければ第二夫人を迎えられたり、離縁されても文句は言えないのだ。それが、当たり前の事だから。
(大貴族ほど守るべきものが多くて、継承していかなければならないから、しょうがない事かもしれない。家門を継続するには優秀な跡継ぎが必要だし、使える駒は家族でも使うでしょう。有力者が、孫ほど年が離れた女性を妾にと希望すれば、喜んで娘を差し出す親も多い。元の世界では男女差別が問題視されていたけれど、この世界は問題視されない。男性の浮気は当たり前の事。浮気された女性の方が、魅力が無いからだと笑われてしまう。だから男性を責める事ができなくて、女性同士でいがみ合う事も多い……)
婚約者がいる男性も攻略対象になってるゲームだから、それが反映されているといえば、納得できる。
(女性がメインターゲットのゲームだけど、ヒロイン以外の女性には厳しい世界よ。とはいえ、それじゃあ仕方がない、と諦めるわけにはいかないのよ、わたしも、この子も)
お気に入りのクッキーを食べながらも、ヴィクトリアの表情は暗く見える。
(わたしが婚約破棄する事を、考えているのでしょうね)
「どう? 美味しいかしら?」
そう尋ねると、ヴィクトリアはエリザベートを見てコクコク頷いた。
「とてもとても美味ですわ。カリッとしてサクッとして甘さも丁度良くて、もう、止まらなくなりますわ! でも、リザの手作り……公爵家の令嬢が料理をするだなんて……」
「文句があるなら、食べなくていいのよ?」
「べ、別に文句があるわけではないですわ! わたくしが言いたいのは、あなたがわざわざ作るよりも、作り方を料理人に学ばせたらいかが? という事です!」
「作るのが好きなのよ。気分転換になるし、色々と試作して新しいお菓子を作るのが楽しいの」
「まあ、それでしたら、これからも食べてさしあげますわ。珍しい物には興味がありますもの」
そうすまして言うヴィクトリアを見て『可愛いなぁ』と思うエリザベートである。
(向こうの世界では二十代半ばまで経験してるから、妹みたいに感じるわ。まだ十代だし、恋愛や結婚に対して、夢や希望をもっているわよね。そんな子に、夢も希望もない現実を教えるのは心苦しいけど、ちゃんと考えて対策を立てないと泣く事になるからね、わたしみたいに……)
姉の気持ちになっています。




