アレキサンドライト王国の宝石
午後のテストも無事に終えたエリザベートは、さっさと帰る事にした。
「今日のテストの結果を踏まえて会議を開き、2年生に復学できるか決めるそうなの。結果が出るのは明後日だから、明日はお休み。わたくしも疲れたけど、初めての場所でルークも疲れたでしょう? 早く帰ってゆっくり休みましょう」
「はい、エリザベート様。アメリアさんが心配して待っていると思います」
「そうね。安心させてあげなくちゃね」
そうして二人で廊下を歩いていたが、前から来た人物を見て、エリザベートは足を止めた。
(……あとは帰るだけだというのに、ここで会ってしまうなんて……ついていないわね)
前から来たのは、婚約者である王太子のレオンハルトだった。後ろには、今朝揉めたばかりのオリバーもいる。
光の加減で赤紫にも青緑にも見える王族特有の色の髪は、短めですっきりと整えられている。オリバーよりは低いが、スラリとした長身で、少しキツめの整った顔立ちは、父親である国王とよく似ている。堂々としたその姿は、さすが王太子、といった風格で、エリザベートは緊張しつつ広い廊下の端に避け、顔が見えないほど深く頭を下げた。
(もう……今日は勘弁して欲しかったわ……でもしょうがない)
「いい? 前から来るのは王太子殿下よ。もし何かあったらわたくしが対応するから、貴方はずっと頭を下げていなさい。必要があれば、わたくしが指示を出すわ」
小声でルークに伝え、そのまま通り過ぎてくれる事を心の底から願ったが、
「エリザベート・スピネル」
(ああもう……声かけないでよ……)
心の中で大きなため息をつきながらも表情には出さず、婚約者のレオンハルト王太子に対し美しいカーテシーをする。
「アレキサンドライト王国の宝石、レオンハルト王太子殿下に、エリザベート・スピネルがご挨拶申し上げます」
学園内で生徒達は、身分に関係なく接する事になっているが、王族に対しては挨拶をするのが暗黙の了解となっている。すれ違うくらいであれば会釈でいいが、しっかりと立ち止って声をかけられたら、正式な挨拶が必要だ。
もっとも、親しい仲でレオンハルトが許可していれば、かしこまった挨拶抜きで対話することもでき、以前はエリザベートもこのような堅苦しい挨拶はしていなかったのだが、
(今のわたし達の状況であれば、この方が適切よね。さあ、わたしの事は放っておいて、さっさと行って頂戴)
「エリザベート……そなた……」
ある意味、拒絶ともとれるこの挨拶に対し、レオンハルトは少し意外そうな声を上げたが、
「……自分の立場が、わかったようだな」
含みがあるその言葉に反応しそうになったが、グッと堪え、カーテシーの姿勢を保つ。
「同情してもらおうと馬鹿な事をしたが、死にきれず戻ったか。懲りて少しはおとなしくしていればいいものを、今朝はオリバー相手に大騒ぎしたそうじゃないか。本当にそなたは、どうしようもない女だな」
その衝撃的な言葉に、エリザベートは混乱してしまう。
(ちょっと待ってちょっと待って! 間違いなくこの人、レオンハルトよね? うそ! この人、こんなに馬鹿王子だった!? こんなのもう、典型的な悪役王子じゃない! 婚約者がいるのにルチアに心を動かされてしまったとはいえ、記憶ではもう少し品が良かったはずだけれど……)
「顔を上げろ」
(いやいやいやいや、無理無理無理無理! 『あまりにも』過ぎて、顔を見たら笑っちゃいそうなんですけど!)
「聞こえないのか! さっさと顔を上げろ、エリザベート!」
そう怒鳴られては抵抗を続ける事はできない。
エリザベートはゆっくりと姿勢を戻し、レオンハルトを見た。
「フン、相変わらず、冷たそうな顔をしているな」
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだ」
「……そう、仰いましても……」
(殿下は悪そうな顔をしてらっしゃいますね、頭も性格も……なんて言ったら怒るでしょうし……)
言葉を継げないでいるエリザベートを鼻で笑い、レオンハルトは言った。
「自殺を図ったり、登校初日から騒ぎを起こしたり……そなたは本当に、どうしようもない女だな」
「……お言葉ですが、わたくしは自殺など図っておりませんし、今朝の事はオリバー様が一方的に絡んできたのです」
「ハッ! よく言う! そなたの魂胆なんてお見通しなんだよ。同情を集め、ルチアを悪者にしたいんだろう? なんて性格が悪いんだ。そなたのような女に、王妃が務まるわけがない!」
「別に同情を集めたいなどとは思っておりませんし、ルチア嬢とは関わり合いをもちたくない、ただそれだけです。そして、王妃にはなりたくありません。婚約破棄の申し出をしている事、ご存じないのでしょうか」
「知っているさ。だがあれは、作戦なのだろう? ああやって破棄を申し出れば、陛下がなんとかしてくれるだろうと」
「いいえ、とんでもない事でございます。わたくしは本当に、婚約の破棄を希望しております。一刻も早く、お願い致します」
そう告げ、エリザベートは再び深く頭を下げた。
こんな人の婚約者なんて、まっぴらごめん!




