王立クリスタル学園
「……行きたくない……」
朝からもう何回目のセリフだろう。
いい加減にしなければ、と思いつつも、無意識のうちに口から出てしまう。
今日からエリザベートは、王立クリスタル学園に復帰する。とても嫌だが、王太子との婚約の書類を見せてもらうかわりに学園に行くという約束をしてしまったのだから、しかたがない。
(約束を守らないのは信用を無くす行為だもの。それに、泣き寝入りはしないと決めたじゃない。……とはいえ……)
「行きたくない……」
また、その言葉が出てしまう。
「エリザベート様……」
学園へと向かう馬車の中、向かいの席に座って心配気にエリザベートを見ているルーク。
(……わたしがこんなんじゃあ、ルークが不安になるわね)
真新しい、公爵家の騎士団の制服を少しアレンジした制服に身を包んだルークに、エリザベートは表情を緩めた。
「ルーク、その制服、とってもよく似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
「ごめんなさいね、貴方まで巻き込んじゃって」
「とんでもありません! エリザベート様のお側でお仕え出来る事は、私の最高の名誉です!」
「ふふ、ありがとう」
制服姿を褒めると赤くなり、それでも背筋を伸ばしてキリッとした顔をして答えるルークに、エリザベートは微笑んだ。
そう、今日からルークもエリザベートの護衛として学園に同行するのだ。
王立クリスタル学園では、貴族から平民まで身分に関係なく多くの生徒が学んでいる……というのが建前だが、まあ、大半が貴族の子供、そして、平民といっても大商人や有力者の子供がほとんどだ。
(そんな感じだから、一人までなら護衛や侍従や侍女を連れて行く事が許されているのよね。とはいえ、全員が連れて行ってるわけじゃなく、エリザベートも以前は一人で通っていたけれど……今のわたしには無理! すごく注目されるでしょうし、きっと、孤立してしまうわ。特に、1時間以上ある昼休みに一人きりで、コソコソ噂されるのに耐えるなんて無理! ルークには悪いけど付き合ってもらおう。それに付き添いの護衛は、希望すれば学園の騎士課の授業に参加できるらしいし。まあ、ルークが希望すればの話だけどね……ああ、それにしても……)
「緊張する。ああもう、最悪……」
「エリザベート様……」
「ああ、ごめんなさい。わたくしがこんなんじゃ、ルークも不安になるわよね。まあ、辛かったら早退してしまいましょう。病み上がりなんだし」
回復して随分経つが、ようやく良くなったという設定なので通用するだろうと考えるエリザベートだったが……、
(……それにしても、しょっぱなからこんな騒ぎになるなんて……)
校門前で馬車を降り、校舎に向かって歩いている途中で早速問題が発生してしまった。
「エリザベート・スピネル! 恥ずかしげもなく、よく顔が出せたものだな!」
校舎までまだ半分の距離も来ていないうちに、男子生徒に絡まれ、罵られる事態になっている。
(えーと、このやたらでかくてごつい男前のオレンジ頭は、オリバー・カーネリアンね。カーネリアン伯爵家の長男で騎士課の3年生。レオンハルト王太子の幼馴染で、学園では警護的な役割も担っている。火魔法を操る『力こそ全て』の脳筋男)
ゲームでは、こういう派手で行動力があって猪突猛進的な設定が好きで攻略したキャラクターだが、悪役令嬢となった今では、心底面倒くさい相手である。
「オリバー様、今の言葉、わたくしに向けてのものでしょうか?」
ちょっと首を傾げて尋ねるエリザベートに、オリバーはツカツカと歩み寄り、物理的にも精神的にも見下ろしながら『あたり前だ』と言った。
「ルチア嬢に嫌がらせをし、それをレオンハルト殿下に咎められたからといって自殺騒ぎを起こし、そのうえ、休学している間も他生徒を使ってルチア嬢への嫌がらせを続けて……なんて悪女だ。お前のような人間は、このクリスタル学園に似つかわしくない! さっさと退学することだな!」
登校する他生徒にも聞こえるような大声で話すオリバーに、げんなりとする。
「ああ、いいわ、ここは大丈夫」
硬い表情で二人の間に入ろうとするルークの肩をポンポンと叩き、エリザベートはオリバーに向き合った。
「わたくしが、自殺騒ぎを起こしたですって? どこからそんなデマを聞いたのですか?」
「デマだと?」
「ええ、そうです。わたくしは、何者かに毒を盛られて殺されかけたのですが?」
頭一つ以上背が高いオリバー・カーネリアンを見上げてしっかり目線を合わせ、エリザベートはハッキリとした口調で言った。
早速、問題発生です。




