公爵の命令
エリザベートが残した日記を繰り返し読み、屋敷の図書室で歴史や魔法についての本を読み、マナーやダンスの教師を呼んで身体を動かし、完璧なエリザベートとなるべく努力をする日々が続いた。
(少し大変ではあるけれど、エリザベートがすっごく努力してくれていたおかげで少しおさらいすればできるようになるのだから、ありがたいわ。水魔法についてはあまり関心が無かったようだから、そこはわたしが頑張って極めて……それと、お菓子よね)
最近は、公爵家の厨房でお菓子の研究をしている。
『バターや生クリームや砂糖が使い放題で、バンバン試作できるなんてサイコー! 最近ではわたしのお菓子作りに興味を持った料理人達が、積極的に試作してくれるようになってレシピの完成も早いし』
そうした充実した日々を送っていたところで突然公爵から呼び出されたエリザベートは、ようやく婚約破棄が決まったのかと執務室に向かったのだが、
「来月から、王立学園に復帰するように」
「嫌です!」
当主の命令を間髪入れずに拒否したエリザベートを、公爵は睨んだ。
「……これは決定事項だ。異論は許さない。わかったな」
そう言って話を終わらせようとしたが、
「わかりません!」
エリザベートは引かなかった。
「学園には王太子殿下がいるんですよ? 自分が男爵令嬢とイチャイチャしていたくせに、婚約者であるわたくしの事を嫉妬に狂った悪女扱いした、あの最低王太子が! それに、婚約破棄の件はどうなっているのですか?」
「……話は進めている」
歯切れの悪い返答に、エリザベートは『本当ですか?』と眉をひそめた。
「もう3ヶ月以上経っているのに、何にそう時間がかかって……まさかお父様、まだわたくしを王妃にしようと思っているのでは」
「それはない。お前の言った通り、婚約を破棄した方が我がスピネル公爵家にとって良いと考えている。が、こういう事は、利権や思惑など色々な事が複雑に絡んでいるのだ。簡単にはいかない」
「そうだとしてもこんなに長い間……まさか、王太子殿下とローズ男爵令嬢の関係が冷めたとか」
「冷めていない」
「そうですか……でも、それならますます学園に行きたくありません。わたくしにだって矜持があります。婚約者が他の女とイチャイチャしているところなんて、愛情が無くても見たくありませんし、周りから惨めな女だと笑われるでしょう。お願いです、領地で静養させて下さい」
「静養だと? ハッ、笑わせるな」
エリザベートは懇願したが、あっさりと却下されてしまう。
「屋敷を抜け出して勝手に奴隷を買ってくるほど健康なくせに」
「身体は健康を取り戻しても、心はそう簡単に癒されないものです。婚約者に裏切られ、誰かに毒を盛られ、こんなに傷ついているのに学園に行けだなんて、お父様は情が無さすぎます!」
「情が無いだと? 王太子殿下の心を掴めず、世間の笑い者となったお前が修道院に送られる事も無く、こうして贅沢我が儘に暮らせているのは、誰のおかげだと思っている! 一度死にかけたら、こうも慎みがなくなるとはな」
「慎み深くしていても良い事は無いと気付いたのです。そんなに言うのなら、修道院に送っていただいて結構ですわ。学園に行くよりましですから」
「まだ王太子殿下の婚約者だから、修道院に送りたくても送れないのだ!」
「ああそうですか!」
互いに興奮し、怒鳴り合うように会話する。
(まったく……婚約者にしておくのなら、男爵令嬢との関係をきちんと清算して欲しいわよ! でも……学園に行く行かないは別として、このまま逃げていていいのか、という気持ちはあるのよね……)
最初のうちは、悪役令嬢エリザベートの破滅を回避し、穏やかな生活を手に入れたいと思っていたが、日記を読んでからは、『このまま泣き寝入りするなんて嫌だ』という気持ちが強くなっていた。
(味方を増やして、身の安全を確保し、独立に向けて準備を進める事は大切よ。でも、それだけでいいのかしら。色々調べてみたけれど、毒を盛った犯人は見つからず、手掛かりも無い状態だわ。王太子やルチアは学園生活を満喫しているのに、わたしは屋敷に籠って、婚約破棄を待つだけなんて……あ、そうだわ!)
ふと、ある事が気になり、エリザベートは公爵に尋ねた。
「王太子殿下とわたくしの婚約は、口約束ですか?」
いきなりの質問に少し驚いた公爵だったが、すぐに『そんなわけないだろう』と、エリザベートを馬鹿にするように言った。
「王太子の婚約が、口約束なわけがないだろう」
「そうですよね」
言葉に『所詮、まだ子供』というようなニュアンスが含まれている事に気づきはしたが、エリザベートは気にする事無く、ニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、契約書があるのですね? 見せて下さい」
「駄目だ」
「どうしてですか! わたくしは当事者です! 見る権利があります!」
「どうしてそんなものを見たがるのだ」
「自分の事だからです、当然でしょう!」
「…………」
「…………」
睨み合う事、数分。
「……いいだろう」
折れたのは、公爵だった。
「ここで、私の目の前で見るのなら、見せてやろう」
「ありがとうございます! お父様!」
心の中で『勝った!』と喜んだエリザベートだったが、
「しかし、お前が学園に行く事が条件だ」
しっかりと、交換条件を出される。
「……わかりました。仰る通りに致します」
(これは、学園に行ってエリザベートの名誉を取り戻せ、という事なのよ)
公爵の条件に従う事にし、婚約についての契約書を見せてもらう。
「……この、婚約者以外と親密な関係になってはいけない、という項目に違反したと訴えて、さっさと婚約破棄すれば良いのでは?」
「だから、さっき言っただろう。レオンハルト殿下とお前の婚約は、ただ家格が合っているからだとか、年齢がちょうどいいから、というような単純な事ではなく、色々な事が複雑に絡み合っての決定だったのだ。その問題を解決してからでなければ、破棄できん。王家あっての我々なのだ」
「……そうですか……それでは、しかたがありませんね。ですが、必ず! 婚約破棄して下さいね」
「わかっている。……もういいだろう、そろそろ行け」
「はい。見せていただき、ありがとうございました」
執務室を出たエリザベートは、学園生活を再開させるにあたって準備する事を考えながら、部屋に戻った。
第一章終了です。次回はいよいよ、王立クリスタル学園へ!




