捨ててしまえ
公爵との面会時間がとれたのは、翌日だった。
(犬や猫を拾ってきたわけじゃないんだから、戻してこいなんて言わないだろうと思っていたけれど……)
「獣人など、捨ててしまえ」
(……捨てろと言われるとは……獣人をなんだと思っているのかしら)
深呼吸をし心を落ちつけてから、エリザベートは神妙な面持ちで言った。
「お金で手に入れた奴隷ですが、主従の契約を結んだのです。わたくしには主人としての責任があります。いずれ自由を与える事になるかもしれませんが、今はその時ではありません。自由にしたところで、一人で生活していく事はできないでしょうから」
「そんな事は私が考慮する事ではない。重要なのは、我が公爵家に獣人などという下等種を置くわけにはいかないという事だ。だいたい、護衛ならばうちの騎士の中から選べばいいだろう」
「駄目です。彼らは当主であるお父様に仕えている者達です。それに、わたくしの命を狙った者が紛れている可能性があるので恐くて選べません。その点、奴隷であれば魔法契約によって、わたくしを裏切る事はできません。これほど信頼できる者が、他におりますか?」
「なぜ獣人なのだ。獣人は下等で卑しい存在だ」
「あらお父様、前国王陛下が先の大戦で獣人を重用し、戦後は、平等に扱うようにと御触れを出した事はどうお考えですか?」
そう。アレキサンドライト王国には表向き、獣人を人と同じく平等に扱うようにとの法がある。
(まあ、そんなのは建前のようなものだけれど、それでも法は法だもの。こういう事をしっかりと勉強してくれていたエリザベートに感謝だわ)
エリザベートの記憶を思い出すほどに、彼女の知識の深さに驚かされる。
「それにお父様、わたくしが普通の奴隷を買ったとなると色々噂されるでしょうが、冷遇されている獣人を憐れんで引き取ったとなると、だいぶ印象が良いと思います」
「……その話は既に聞いている。街で噂になっているようだ」
(ゴールディさん、さすが! 仕事が早いわ!)
心の中でガッツポーズをしながら、エリザベートはしおらしく言った。
「……小さくて、ガリガリに痩せて、とても可哀想で放ってはおけませんでした……」
「…………」
「ここで無責任に放り出したとなれば、公爵家にとって、あまり喜ばしくない評判が立つのでは?」
「……まったくお前は……次から次へと問題を起こして」
「前のはわたくしのせいではございません!」
口を尖らせるエリザベートに、スピネル公爵は大きなため息をついた。
「……仕方がない、許可しよう」
(やった! 勝ったわ!)
心の中で万歳をしつつ、エリザベートは深くお辞儀をした。
「ありがとうございます、お父様。お願いがあります。彼が公爵家の騎士団の訓練に参加できるようにしていただけますか?」
「……いいだろう」
「あと、婚約破棄の件は?」
「陛下に申し入れはして、現在協議中だ。大人しくしていろ」
「はい、かしこまりました。では、ルークの練習については、彼の体調が整ってから改めて相談させていただきますね」
そう言うと、エリザベートは完璧なカーテシーを披露し、執務室を出て行った。
エリザベートが出て行ってから、公爵はフッと息を吐き、目を閉じた。
(……最近、あれと久しぶりに会話をしているが……まるで別人のようだな)
元は明るくお転婆な少女で、屋敷の皆から好かれていたエリザベート。
(庭園を走り回ったり木に登ろうとしたりして、エレノアに叱られていたな)
立ち上がり、窓から外を眺めてエリザベートの幼い頃の事を思い出す。
エリザベートの母親であるエレノアとは、政略結婚だった。
自分には子爵令嬢のフローレンスという恋人がいたが、父が決めたのは、家格の良い侯爵令嬢のエレノアだった。
美しく艶やかで賢いエレノアは社交界の華で、周りからは随分と羨ましがられたが、自分は優しくて穏やかな性格のフローレンスを愛していて、結婚後も別れる事ができなかった。
『貴族の結婚なんて、家門の為の数合わせのようなものですもの。そういう事は幼い頃から教え込まれてきましたから、貴方からの愛は期待しておりませんわ。きちんと夫としての義務を果たして下さるのであれば、多少の事は見ない振りを致しましょう』
「……エレノアは賢く、強い女だったな……」
結婚後も社交界での人気は高く、お茶会や夜会への誘いはひっきりなしにあったが、公爵家の女主人として屋敷の管理は完璧だったし、娘のエリザベートに深い愛情を注いでいた。
そんなエレノアが亡くなったのは、エリザベートが6歳の時。
幼い娘に母親が、そして公爵家に女主人が必要だと、ずっと関係の続いていたフローレンスを後妻として迎えた。
『貴族の結婚なんて、家門の為のもの』
それは、自分も同じ考えだった。
結婚前からフローレンスと付き合っているのは誰もが知るところだし、夫人が亡くなったのだから、これまで愛人関係だった女性を夫人として迎えるのに問題は無いと思った。
しかし実際は、そう簡単な事ではなかった。
エレノアに比べてフローレンスは、女主人としては頼りなかった。
(というか、エレノアが完璧すぎたのだ……)
当初、そんなフローレンスに対して反抗的な態度をとる使用人が複数いた。
『エレノア様がお亡くなりになってすぐにこの女を屋敷の女主人として迎えるだなんて! エレノア様のお心を煩わせたこの女を!』
そう言って抗議したエリザベートの乳母をはじめとする数名を解雇した事により、辞めさせられたくない者は口を噤み、事態は収拾できた。が、しかし、その事が原因で、エリザベートが心を閉ざしてしまった。
母を亡くし、可愛がってくれていた乳母や侍女達がいなくなったのだから、無理もない。
間もなく公爵家の跡取りとなる弟のアルフォンスが産まれた事により、エリザベートはますます孤立してしまった。
勿論、公爵も気にはしていたが、どう接すれば良いかわからず、仕事の忙しさにかまけて放置してしまった。
(その後、王太子殿下と婚約し、エリザベートの輝かしい未来は決まったと思っていたが……こんな事になるとはな……)
愛しているのはフローレンスだ。
しかしエレノアも、大切な女性であったのは確かだ。
(恋愛感情ではないが、協力者、同志としての愛情はあった。だから、彼女の死は本当に辛かったし、彼女が残してくれたエリザベートには、幸せになってもらいたかったのに……)
自分が関わった女性は皆不幸になっている、と感じる。
「エレノアに、顔向けできんな……」
静かな執務室に、その言葉は吸い込まれて消えた。
後悔しても、きちんと向き合わなければ何も変わらないまま。




