ルーク・ゴールド
ルーク・ゴールドの幼少期は、悲しく辛い事が多かった。
4歳の時に両親を亡くし、引き取って育ててくれた祖父母も10歳になる前に相次いで亡くなり、親戚の家で邪険にされながらもどうにか生きていた。
15歳の時、住み込みで働きに出るように言われて仲介人に引き渡された。
親戚が騙されたのか、売られたのか、それは今でも解らないが、連れて行かれたところが奴隷商だった。
成長期の栄養状態が悪かったせいで、獣人なのに背が低くひ弱なルークに買い手がつかないまま、数か月が過ぎてしまった。
「田舎じゃ労働力として欲しがるところが多いから、買い手がいなかったんだ。だが王都なら、こういうのが良いという金持ちもいるだろう? 雑用をさせながら売れるのを待っていたが、うちの方じゃ無理らしい。安くしとくからなんとか頼むよ」
「わかりました、引き受けましょう」
そうしてルークの所有権は、田舎の奴隷商から王都のゴーディ商会に移された。
「金色の髪と瞳の獣人とは珍しい。女にしか興味はないが、この容姿なら充分楽しめそうだ」
「お気に召していただければ幸いです。ところでこの者の年齢ですが、先日16歳になったばかりでして、獣人にしてはだいぶ小さいです。今後このままか、大きくなるかはわかりませんので、そのところをご了承いただけますでしょうか」
「16歳だと? うーむ……少し検討させてもらう。他に、良い商品は入っていないか?」
小さすぎる、細すぎる、非力すぎる、若すぎる、年を取りすぎている、男性だ、獣人だ……色々な理由で、ルークは売れ残った。
「不思議なものだ……なんやかんやで売れるものなんだが……」
長年奴隷商を営んできたゴーディが首を傾げながら呟く。
「いつまでも置いておくわけにはいきませんよ、管理費もかかりますし。娼館に売ってしまいましょう。色物を集めてるあそことか、喜んで引き取りますよ」
「……あそこは、金さえ払えばなんでもさせるような所だからな」
「特殊な趣味をお持ちになった、お貴族様や金持ちの顧客が多いようですからね。でも、これだけ売れないとなると、あそこくらいしか……」
常人よりも優れた聴力を持つルークには、そんな会話が聞こえていた。
(……怖い……怖い怖い怖い……)
「今月中に買い手がつかなかったら、連れて行くしかないか」
そうゴーディが判断した期限があと3日、と迫った日。
「オイ、犬! 客見せだ、来い!」
従業員に呼ばれ、ルークは急いで戸口に向かった。
「ほい、これかぶって行け。会長からの指示だ、勝手に脱ぐなよ」
「は、はい」
理由がわからないまま渡されたキャスケットを深くかぶり、大きく、強そうな男達の列の一番後ろに並んだ。
(……なんだか、僕だけ違う感じだけど……いいのかな……間違いじゃないのかな……)
「……いいか? もしお客様がお前の事を気に入ってくれたら、全力でアピールするんだ。お前にとっちゃ最高の買い手だし、最後のチャンスかもしれないぞ。しっかりな!」
「は、はい」
口は悪いが結構面倒見が良い従業員に耳元でこっそりと囁かれ、よくわからないながらもコクコクと頷いた。
そして連れて行かれた先で、信じられないものを見た。
クルクルと巻いた輝く赤い髪、宝石のような煌めきの瞳、白く透き通った肌、美しい姿勢。
薄暗く冷たいその場所で、その人はあまりにも品が良くて特別で、人間ではなく、女神かと思うほどだった。
(あんな人が、存在するなんて……)
時々立ち止りながら、彼女は近づいて来る。自分を選んでくれなくてもいいから、せめて、目の前まで来てほしいと思う。
(あの人を、間近で見てみたい……)
「……あら?」
自分の前で足が止まり、心臓がドクンと音を立てる。
「この子は、何歳ですか?」
「16歳です」
「……随分小さいけれど、戦えるのかしら……」
(そうだよね……こんなに小さくてヒョロヒョロで……叔父さん達にも、出来損ないって言われてた)
恥ずかしくなり、俯いてしまう。
「これまで見て頂いた者達よりはだいぶ落ちますが、元々の身体能力が高いので一応候補に入れました」
「そうですか……彼はいくらでしょう」
「はい、こちらです」
(えっ……値段を聞かれたってことは、もしかして? あ、でも、あの一番大きくて強そうだった人の値段も聞いてる……)
「ねえあなた、わたくしに仕える気はある?」
自分に問われていると気付き、ルークはコクコクと首を縦に振った。
「……ではご主人、この子に決めます」
(え……うそ……)
信じられなかったが、彼女の赤い瞳はしっかりと自分を見つめていた。
「良かったな。実際のとこ、お前、売れなさすぎて危なかったんだぞ。しっかり洗え? 契約完了までは油断禁物だからな」
「は、はい」
泡立ちの良くない石鹸と水しか使えないが一生懸命全身を洗い、新しい下着を身に着け、応接室に向かった。
(叔父さんのところに行ってから、ずっとずっと辛かった。奴隷になってからは、毎日怖くて堪らなかった。でもこれからは、あの綺麗な人に仕えるんだ。護衛って言ってた。頑張らなくちゃ!)
そう意気込んでいたものの、ルークが獣人だと知ると、途端に雲行きが怪しくなった。
「この子、獣人だったの!?」
そう言って、商会長と揉めだした。
(あ! そうか! 獣人だとバレないように帽子をかぶれって言われたんだ! そんな……)
契約前なので買わなくてもいいという言葉に、その人は考えこんでいる。
名前を尋ねられ答えると、更に表情が曇ったようだった。
「やはり、獣人はお嫌ですか?」
「え、ええ、まあ、なんというか……」
困ったように自分を見る赤い瞳を見た瞬間、目の前が真っ暗になり、気付くと、冷たい床に這いつくばっていた。
「お、お嬢様! お願いです! どうか僕を買って下さい!」
「えっ?」
「お願いです! 何でもします! どうか!」
その後の事は、あまり覚えていない。
とにかく悲しくて、辛くて、不安で、怯えて泣いていたら、何故か買ってもらえる事になっていた。
「わたくしは、エリザベート・スピネル。あなたには護衛としてわたくしを守ってもらうつもりだけれど……いい? 絶対にわたくしを裏切らない、これが一番大切な事よ。あなたがわたくしに、『なんでもします』と懇願した事、忘れないようにね」
移動中の馬車の中でそう言われ、ルークは『はい』と答えた。
「絶対に忘れません、ご主人様。僕は、ご主人様のものです。命をかけて、ご主人様の為に尽くします」
魔法契約のせいか、胸が熱くなるのを感じながらそう真剣に答える。
「ええ、頼りにしているわ。ところで、わたくしの事はご主人様ではなく、エリザベートと名前で呼んでね」
「あ、は、はい、エリザベート様」
「そうそう、良い感じよ」
そう言って微笑みかけてくれるエリザベートに、ルークは見とれるばかりだった。
連れて行かれたのは公爵家で、美しいシャンデリア、装飾が施された柱、大理石の床、細かい模様の絨毯、壁に掛けられた絵画やタペストリー、彫刻……どこを見てもあまりの豪華さに、眩暈がしそうだった。
美味しいものをお腹いっぱい食べさせてもらい、騎士団の寄宿舎に部屋を用意してもらった。
「準備が整ったら騎士団の訓練に参加してもらうわ。慣れなくて不安な事もあると思うけど、頑張って」
これまで自分に向けられてきた、邪魔者を見るような視線ではなく、不遇を憐れむ視線でもなく、どう扱ってやろうかと考えるベッタリと張り付くような視線でもない。忘れるほど昔に向けられていた優しい視線に、泣きたくなる。
「はい、エリザベート様。僕、頑張ります!」
ベッドと机、棚、チェストしかない小さな部屋だが、一人部屋をもらえるなんて驚きの事だった。
「強くならなきゃ……エリザベート様が、僕を選んで正解だった、と思ってくれるように……」
どんなに辛い事があっても絶対に挫けないと、心に誓うルークだった。
やっぱりゴーディさんがちょっと細工をしていました。




