戻して来いとは言わないでしょう
「……エリザベートお嬢様……その者は一体……」
「奴隷商から買ってきたの。わたくしの護衛にするからよろしくね」
当然の事のように言うエリザベートに、フィールドは眩暈を覚えながら言った。
「奴隷商から……あの……その者は、獣人に見えるのですが……」
「そう、可愛いでしょう? 名前はルーク・ゴールド。ルーク、彼は公爵家の筆頭執事のジョセフ・フィールドよ」
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、フワフワの毛で覆われた耳が良く見えた。
獣人は人間よりも体格が良い。獣人でこの小ささならば、まだ12、3歳くらいの少年なのだろうと予想しながら、フィールドはその挨拶に軽い会釈を返す。
「お嬢様、恐れながら、この公爵家に獣人を入れるというのは……旦那様の許可はお取りになったので?」
「いいえ、これからよ」
「公爵家には多くの騎士がおります。護衛の者ならばいくらでも……」
「あら? わたくしを護衛している者なんて見た事ないけれど? 隠れて見守っているのかしら?」
「それは、お嬢様が専属の護衛は必要ないと仰ったからです。お望みであればすぐに騎士団の中から選出致します」
「わたくし、毒殺されそうになったでしょう? だから、公爵家の騎士団だからといって安心して護衛を任せることはできないのよ。その点奴隷だったら契約によって絶対服従だし、嘘はつけないし、いいと思わない?」
「しかし、旦那様がなんとおっしゃられるか……」
「犬や猫を拾ってきたわけじゃないんだし『戻してこい』なんて言わないわよ。それより、彼の部屋を用意してちょうだい。あと、体調が良くなったらうちの騎士団の訓練に参加させたいのよね。団長に言えばいいかしら」
「それには、旦那様の許可が必要かと思われます」
「んー、仕方ないわね、父への面会の申し出をお願い」
「かしこまりました」
「それから、彼に食事をさせたいんだけど」
「すぐに用意させます。応接室の方でよろしいでしょうか」
「ええ、お願いね」
エリザベート、アメリア、そしてルークの三人は応接室に移動した。
「食べられない物はある?」
「い、いえ」
「そう。じゃあ、好きなだけ食べてね。足りなかったら持ってこさせるから」
「足りないわけありません! これ全部食べたら、この子のお腹が破裂しちゃいますよ」
アメリアが笑いながら、ルークの前にスープと水を置く。
大きなテーブルの上には、籠に山積みにされた柔らかいパン、大きなガラスの器に入った葉野菜のサラダ、牛と根菜と豆の煮込み、魚のパイ、ローストした肉の塊、果物の盛り合わせが並んでいる。ここにいる三人で食べても多いほどだ。
「さあ、エリザベートお嬢様のご好意ですよ、遠慮なく食べて下さい」
そう言われ、ルークはコクリと唾を飲み込んだ。そして、トロリとしたポタージュスープを匙で掬って口に運び、
「……おいしい……」
そう言って、ポロポロと涙を零した。
「温かくて……甘くて……美味しいです。こんな美味しい物を、食べられるなんて……」
「うんうん、良かったわ。さあ、お肉とかパンとかも食べてね」
ルークは泣きながらも大きなパンを掴み、口で直接むしるようにして食べた。
そして食器に口をつけて肉や野菜を匙で掻きこみ、スープは匙を使わずゴクゴクと飲み……全くマナーがなっていない食べ方だったが、エリザベートもアメリアも、ニコニコとそれを見守った。
「……辛い思いをしてきたんでしょうね……」
「そうですね……奴隷商では、脱走など企てないように食事は最低限しか与えないそうですし……」
「なるほどね……」
そんな会話をしながら見守る2人の前から、料理が面白い様にどんどん消えていく。
「……あら……本当に追加頼んだ方がいいかしら……」
「いえ、いくらなんでもこんなに食べたら……ちょっとあなた、食べすぎじゃない? 大丈夫?」
アメリアが声をかけると、ルークはハッとしたように顔を上げ、パンを取ろうとしていた手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい、いっぱい食べちゃって……」
オドオドしながら謝るルークに、エリザベートは慌てて首を横に振った。
「大丈夫ならいいのよ? いくらでも食べて。ただ、あまり食べすぎるとお腹が痛くなるんじゃないかと心配になっちゃって」
「あ、僕……獣人は『食溜め』ができて……一度にたくさん食べて、しばらく食べないとか……」
「ああ、そうなの。じゃあ好きなだけ……って、ちょっと! どうしたの?」
ルークの顔が、苦しそうに歪む。
「やだ! やっぱり食べ過ぎ? ちょっと大丈夫?」
エリザベートはルークの元に駆け寄って背中を擦った。
「大丈夫? 苦しかった吐いちゃっていいからね?」
「い、いえ、お嬢様……その……食べすぎじゃなく……」
「食べすぎじゃない? じゃあ、なんなの?」
「その……焼き印を押されたところが擦れてちょっと……」
「焼き印……ああ! 焼き印ね! そういえば治療してなかったわね。アメリア、お医者様を呼んできて」
「はい、お嬢様」
アメリアは急ぎ足で部屋を出てゆき、エリザベートはルークに手を貸して、ソファーへと移動した。
エリザベートもアメリアも、ルークに対して姉のような気持ちになっています。




