対話
「……王太子殿下の話は、嘘だと言うのか」
しばらく沈黙が続いた後、口を開いたのは公爵だった。
「学園の女生徒に嫌がらせをしていた、という話は」
「……嘘、というわけではないかもしれませんが」
「では本当なんだな!」
怒鳴る公爵に、エリザベートは『うんざり』というように顔を顰めて言った。
「ある出来事を、王太子殿下は自分の思いたいように思い込んでわたくしを責めたのです。まるでそれが真実であるかのように」
「……どういう事だ」
「今年新入生として、ルチア・ローズ男爵令嬢が入学しました。彼女は、淑女としての礼を欠き、婚約者のいる男性と二人きりになる事が多くあり、女生徒から反感をかい、抗議を受けておりました。そして、レオンハルト様ともそのように接していたので、わたくしは婚約者として注意をしました。そうしたら泣き出し、そこにやってきたレオンハルト様は、わたくしが彼女をいじめたと言って非難し、大声で叱責しました。わたくしが事情を説明しようとしても聞く耳持たず、わたくしを悪者に仕立て上げました。そして、それだけでは足らず、お父様にもその事を告げたのです。王太子妃としての資質が無い、と」
「……それは、本当か」
「ええ、ええ、勿論本当です。わたくしは、注意と忠告をしたまでです。王太子妃になる為に何年も厳しい教育を受けてきたわたくしが、嫌がらせなんて、そんなくだらない事などしませんわ。そのくらい、父親ならばわかって当然では? それをお父様は、疑問も持たずに信じ、わたくしが王太子殿下に人前で叱責されたくらいの事でショックを受けて自殺を図ったなどと考えたとは……おかげで、きちんとした調査もされず、犯人は未だにこの屋敷内で次の機会を狙っているかもしれません。……それとも? もしやお父様が、王太子殿下に捨てられた娘に愛想をつかし、家門の役に立たないから切り捨てようと毒を盛ったのでしょうか?」
「エリザベート! 言っていい事と悪い事があるぞ!」
バンッ! と机を叩いて立ち上がった公爵に、ビクッとしたエリザベートだったが、根性でその場に立ち続けた。
「……ですが、そう言われても仕方がないのでは?」
「なにっ?」
「だってそうでしょう? 事実確認もせず、事件を詳しく調べるでもなく、心配して見舞いに来るでもなく……切り捨てられたと思いましたわ、本当に」
「…………」
公爵の顔が歪む。
「まあ、しょうがない事とも思っています」
フーッと息を吐き、エリザベートは苦笑しながら言った。
「レオンハルト様はルチア・ローズ男爵令嬢を、た・い・へ・ん、お気に入りのようです。ですからわたくしの事を非難し、王太子妃に向かないと告げたのでしょう。もしかしたら、わたくしを殺害しようとしたのは王太子殿下かもしれませんね。婚約者の家に内通者を潜り込ませておく事など、容易いでしょうし……」
「……本気で言っているのか」
「ええもう、本気も本気です。……わたくし、今回の事で王太子殿下には愛想がつきました。婚約の破棄を求めます」
「そんな事、こちらから言えるわけないだろう」
「そうでしょうか? 心変わりし、わたくしを貶めようとしたのはあちらですよ? このまま婚約関係を続けたとして、公爵家にはなんのメリットもないと思います。いえ、それどころか、何らかの罪を着せられ、失脚させられるかもしれませんわ。もう、娘を王妃に、なんて言っている場合ではありません。わたくしやお父様に虚偽の罪を着せ、公爵家ごと潰される恐れもあると思いませんか?」
「…………」
「ならば、こちらから婚約破棄を願い出た方が良いのではないでしょうか? 我が家には、跡取りとなるアルフォンスがおります。無理に姉のわたくしが王家に嫁ぐよりも、このままの方がアルフォンスの為、そして公爵家の為になるのでは?」
公爵が、赤い瞳を細め、エリザベートを見つめる。
「……お前はそれでいいのか? これまでの努力は無駄になるし、王太子妃になる存在だからとチヤホヤしてきた者達が今後どういう態度をとるか、想像できるだろう?」
「誰一人、見舞いにも来ないし花も贈って来ない……もう、わかっております。そして別に、どうってことありません。わたくしは、心穏やかに生きていけたらそれでいいのです。学園も辞め、できれば領地に参りたいと思います」
「本心か? これまでのお前からは、想像できない言葉だが」
「ではお父様も、一度殺されてみては?」
エリザベートはクスクスと、自嘲的に笑った。
「一度死んで生き返れば、考えも変わるものですわ」
「……もういい、これ以上不愉快にさせるな」
「ええ、わたくしも、言いたい事は言いました。では、失礼致します」
今度こそ帰ろうと扉に歩み寄ったエリザベートを『待て』と再び公爵が呼び止めた。
「…………なんですか?」
「……例の物は、渡す気になったか?」
「……例の、物?」
そう言われても、何も思い当たる事がない。
「……なんでしょうか? 報告を受けていると思いますが、わたくし、一度心臓が止まった後遺症か、記憶を失いまして……だいぶ思い出してはきたのですが、忘れてしまった事も多いのです」
「本当に、覚えていないのか」
「そう、ですねぇ……何の事か教えてもらえれば、思い出すかもしれませんが」
「……なら、いい。下がれ」
「はい。失礼致します」
ようやく解放され、エリザベートは疲れ果てて自室に戻った。
分かってもらえたならいいけれど。




