幸せな日 2
薄暗い中、揺らめく炎と甘い香りに、少しまぶたが重くなりながらベッドの端に腰かけていると、扉がノックされ、青いガウン姿のルークの姿が見えた。
エリザベートと同じように中の様子を見て驚き、後ずさりをする姿に苦笑しながら、手招きをする。
「えーと、これって……」
「驚いたでしょう? わたくしも驚いたわ。皆が色々準備してくれたみたい」
「そ、うですか……」
緊張の面持ちで、エリザベートの前に立つルーク。
「……とりあえず、座らない?」
「は、はい……」
ポンポンとベッドを叩くと、ルークはギクシャクとした動きで隣に座った。
「わたくしが、ルークが騎士になったら結婚すると言っていたし、今日から一緒に暮らすから……皆、今日が記念すべき日だと思ったようで……でも別に、そうする必要は無いのよ、ええそう、別に……」
早口で言いながら隣に座るルークを見て、バッと視線を外す。
(……駄目だわ、意識してしまう。薄暗いのと蜜蝋と花の香りで良い雰囲気だし……)
「別に……そう、別にいいのよ普通に眠れば!」
「えっと……ベッドの上が花びらだらけですが……」
「気にしなくていいの! 中に入ってしまえば関係ないんだから! さあ、寝ましょう! 今日は朝から忙しかったから、疲れたわ!」
「はい、エリザベート、さ、ま……」
「? どうかした?」
「そ、そのっ……服が……」
「服? 服……ひゃ――っ!」
(忘れていたわ! マダム・ポッピンの初夜用ナイトドレス!)
ためらい無くガウンを脱いでしまった事を後悔し、あたふたするエリザベートだったが、薄暗い中でもルークが真っ赤になっている事に気づき、少し余裕と欲が出る。
(確かに記念すべき日だし、こんなに素敵で手の込んだ夜着なんて、今日くらいしか着ないでしょう。だったら、ちょっと見て欲しいかも……)
「えーと……マダム・ポッピンが、今日の為に作ってくれたって……リアンヌが編んでくれたレースとか王妃殿下にいただいた羽とか使ってくれていて、特別な……」
「……は、はい……とても、素敵ですけど……」
「けど?」
「その……ドキドキして、まともに見れないです……」
「でも、ルークに見てもらうためのものなのに」
「えっ?」
「だって寝室用ですもの。ルーク以外には見せないわ」
「あ、そっか……はい、それじゃあ!」
そう言って正面からしっかりとエリザベートに向き合ったルークだったが、すぐに口元を手で覆って横を向いてしまう。
「やっぱり無理です! 刺激が強すぎます!」
「でも、もう夫婦なのだから……そう、話し方も、もっと砕けたものにして欲しいわ。名前も様を付けないで呼んで欲しいし」
「え、でも……」
「すぐにじゃなくてもいいわ。でも、少しずつ……まずは、様を付けないで名前を呼んでみて」
「え? 今、ですか?」
「そう、今。ねっ、お願い」
「え――……」
期待を込めて見つめてくるエリザベートと、ルークは少し距離を空けようとずれたが、すかさずその隙間を埋められ、ピッタリとくっつかれてしまった。
「え――、えーと……そのぉ……」
「エリザベートと呼びにくいのであれば、愛称でもいいわ。リザとか」
「リ……リ……、いえっ! やっぱり……エリザ、ベート……さ、ま」
「……もおっ!」
思わず笑いながら、エリザベートはルークを見た。
「どうして様ってつけてしまうの?!」
「だっていつもそう呼んでいたので」
「もう一度やり直し!」
「エ、リザベート……」
「はい!」
嬉しくなったエリザベートはルークに抱きつき、その勢いで二人はベッドに倒れ込んだ。
「エリザベート……」
もう一度名前を呼んだルークに覆いかぶさるようにし、エリザベートは口づけをした。
最初は戸惑っていたようだったルークも、エリザベートの背中に腕を回し、ギュッと抱きしめた。
しばらくの間、二人はそのまま抱き合っていたが、
「……これ……引っ張ると、すぐに解けるのだけど……」
背中に回されたルークの手を取り、胸元のリボンへと誘導した。
「あ……でもその、ちょっと……」
「……嫌?」
「嫌ではないです! でも……心の準備が……」
困ったようにそう言われ、エリザベートの浮かれた気持ちがシューッとしぼんでいった。
「じゃあ、いいわ。別に、急ぐ必要は無いのだし」
ため息をつき、コロリとルークの上から降りる。
「……すみません」
「謝らないで。別にルークは悪くないし」
「でも……」
「ちょっと残念なだけ。さっ、寝ましょう」
そう言いルークに背を向けたが、無性に寂しくて悲しくなってきてしまった。
(ああもう、嫌だわ。一人で浮かれちゃって)
鼻の奥がツンとしてきて、スン、と軽く鼻をすすり上げた時、
「エリザベート様?」
急に肩を引かれて仰向けにされると、目の前には、慌てたようなルークの顔があった。
「え、なに? 急にどうかした?」
「エリザベート様が……泣いているのかと……」
「……ルークと気持ちが違いすぎて、少し悲しくなったのよ。でもルークが悪いんじゃないわ。わたくしが勝手に悲しくなっただけだから、気にしないで」
「そんなの無理です、気にしないなんて」
「それならせめて、抱いていて。寂しくないように」
「えっと……それは……」
「それも駄目なの? 抱きしめてももらえないなんて……わたくしはルークと夫婦になるのを楽しみにしていたのに!」
「それはもちろん私も」
「嘘よ! 心の準備がって、さっき言ってたじゃない」
「嘘ではありません……いや、そう思われても、仕方ないですが……」
ルークはもぞもぞと起き上がり、ベッドの上に正座した。
「……エリザベート様の事が大好きで、口づけだってしたいし、それよりもっと近づいて、くっついて、抱きしめたいです。でも、私なんかがそんな事をしていいのかって、未だに考えてしまって……その心の準備が出来ていないんです」
「……わたくしが、望んでいても?」
「そう、ですよね……エリザベート様が、望んでくれているのだから……」
そうは言いつつも、ルークの表情には惑いが見られた。
「……愛しているからといって……簡単にはいかないものなのね……」
身を起こし、ルークの頬を撫で、エリザベートはルークに顔を近づけた。
「……口づけは、いいかしら」
そう尋ねると、コクリと頷いたルークの方から唇を重ねた。
「……でも、愛しているのは本当です。ずっと前から、愛しているという気持ちは変わらないし、どんどん大きくなっています。……愛しています、エリザベート様。本当に、心の底から。何も考えずに僕のものにしたいって、何度も思いました」
「いいのに、そうしてくれて。わたくしだってルークを愛していて、ルークと共に生きていく為に、ずっと頑張ってきたのだもの」
「僕もです……」
そう言うと、ルークはエリザベートを見つめて言った。
「……エリザベート……約束します。一生貴女だけを、愛し続けます」
「わたくしもよ、ルーク。一生貴方を愛し続けるわ」
そうして、二人はお互いをしっかりと抱きしめた。
次話、エピローグです。(→実は、この続き書いてました)(→そして駄目で削除しました。すみません!)




