約束したのに
城に到着し、ルークの手を借りて馬車を降りる。
足が地面に着いているのに着いていないような、半分フワフワ浮いているような気がする。
(……口づけ、してしまったわ……)
そう思いながらルークを見ると更にフワフワポワポワしてきて、ちゃんと歩けるか不安になるほどだ。
目が合うと、ルークも赤くなり、目が泳いでいる。
(ああ、可愛い……)
「えっと……エリザベート様?」
いつもなら、馬車から降りたら手を離すのに、ずっと手を握ったままのエリザベートに、ルークが戸惑い声を掛ける。
「あの……」
「このまま、エスコートしてくれる?」
「は、はいっ」
(ちょっと浮かれすぎかしら。でも、今浮かれないでいつ浮かれるの? そうよね? ねっ、ルーク)
ルークの様子が気になって見ると、平静を装って真面目な顔をしているが、少し頬が赤く、口元は力を入れて真っすぐにしているのがわかる。
(にやけないようにしているのね。そんなルークを見たら、わたしの方がにやけてしまうわ。平常心、平常心)
心を落ちつけ、案内の騎士の後をついて行く。
前回と同じように、ルークは王妃の待つ部屋まで同行を許された。
今回は王妃の執務室につながった応接室での謁見だ。
「限られた者しか入れないわたくしの私的な空間、ここが一番、落ち着いて話せる場所なのよ」
猫足の可愛らしい丸いテーブルには、同じく猫足で天鵞絨張りの椅子が3脚。
「さあ、座ってちょうだい」
「失礼いたします」
緊張しながらエリザベートは席につき、その少し後ろにルークが立ったが、
「貴方も座って」
王妃の言葉に驚き、二人は固まってしまう。
「あらあら、そんなに緊張しなくていいのよ。ここでは人目を気にする必要はないわ」
そう言われるが、緊張しないわけがない。
「この者はわたくしの護衛ですので、王妃殿下と同じ席に着く事はできません」
「いいえ、彼にも関係する話なの。貴女を呼べば彼も同行すると思ったので手紙には書かなかったけれど、彼もお客様だわ。わたくしがいいと言っているのよ。さあ、どうぞ」
「……では……ルーク、こちらへ」
「は、はい」
ぎこちない動きでやってきたルークが空いている席に座ると、侍女長が紅茶を出し、部屋の隅へと移動した。あと部屋の中にいるのは、侍女長の隣に立っている騎士一人だけだ。
「侍女長はわたくしの乳母で、彼はその息子なの。今日はちょっと秘密の話をしたくて、わたくしの絶対的味方で固めているから安心してちょうだい」
「秘密の話、ですか?」
「ええそう。……貴女方に、謝罪しなくてはならないから」
王妃はそう言って、エリザベートとルークを交互に見た。
「前回のお茶会で彼が毒を飲んでしまい、わたくしはその事についてきちんと調査をし、結果を知らせると約束したわ」
「はい。先日、第三近衛隊隊長が公爵家にいらして報告して下さいました……あ、もしかして今いらっしゃるあの方……」
「そう。彼が第三近衛隊隊長のウェスティン卿よ」
すっかり忘れていたが、そういえば見た顔だと気付く。
「あれは犯人の侍女が、恋人との密会を注意され、会えなくなった事を不満に思い、騒ぎを起こしたと聞きました。そして、毒の入手方法等の詳しい事についてはまだ調査中と」
「そう。確かにあの時点ではそういう自供しか得られていなかったし、詳しい事はわかっていなかったわ。でも、その自供は疑わしいと感じていたの」
「さようでございますか」
(そう、わたしも嘘だろうと思ったけれど、そこはまあ、色々な事情や思惑があり、そういう事で処理するのだろうと予想したのだけれど……)
「もちろんその後も調査を続けていたけれども、あまり急がなかったというか……なんとなく、真実を詳らかにしたくないような気持ちがあったのよ、実は」
(……やっぱり、そうよね)
「狙われたのはわたくしなのだから、今後気をつければいいし、護衛も、高位貴族の子息というだけで選ばれている感のある第二近衛隊から、実力重視でウェスティン卿が隊長の第三近衛隊に替わったから安心かと……実際に危険な目に遭ったのは貴女の護衛だというのに、ごめんなさい」
「何か、理由があっての事でしょうから……」
「そうね……なんとなく、レオンハルトにとって、良くない事実が出てきそうな予感があったの。問題がある事は分かっていたけれども、陛下もわたくしも、レオンハルトを次期王に、という考えは変えられなくてね。どうにかこうにか手をかければ、なんとかなると思っていたわ」
具体的には、学園卒業後、レオンハルトは王都から離して統治について学ばせ、その間にルチアを徹底的に教育をしようと考えていたという。
「それに、エドワードにはいずれ公爵位と領地を与えて大公にし、離れた場所からレオンハルトを手助けさせようと、陛下と計画していたの。そうなったらわたくしもその領に行って、のんびり隠居生活を楽しむという人生計画だったのだけれど……」
王妃は残念そうに首を振った。
「レオンハルトがルチア嬢を妃に迎える事になったら、計画を諦めて城に留まり、若い二人が愚かな真似をしないように見張ろうとまで覚悟を決めていたのよ。それなのに、こんな大事を起こしてしまうなんてね。もっと厳しく事件の事を調べていたら何か違っていたのではと、徹底的に調査を行った結果、あれは、ローズ男爵令息が恋人の侍女にさせた事だと判明したわ」
「侍女の恋人というのが、ローズ男爵令息だったと言う事ですか?!」
「そう。まあ、そういう事をさせようとして、侍女を誘惑したというのが事実のようだけれどね」
「なぜ……」
「ローズ男爵令息は、ルチア嬢にそそのかされた、と言っているわ」
ローズ男爵令息が言うには、ルチアが、王妃に認めてもらえないと泣きついてきたのだという。
王妃は珍しいドレスやお菓子を手に入れられるエリザベートがお気に入りで、自分には会っても声も掛けてくれない。レオンハルトとの婚約も反対しているし、王太子妃教育の教師達も王妃の命令でルチアにちゃんとした授業をしてくれない。このままでは王太子妃になんてなれないし、ずっと苛められる運命だ、と。
「それを信じたローズ男爵令息が、何か自分に出来る事はないかとルチア嬢に尋ねたら、今回の計画をもちかけられたと言っているわ。ルチア嬢の方は、確かに王妃に受け入れてもらえないと相談はしたが、毒を盛るようになど頼んではいない、兄が勝手にしでかした事、と言っているし」
「どちらも自分の責任ではないと主張しているのですね」
「ええ。それでまだ二人とも取り調べを継続しているけれど、極刑か、一生牢の中で過ごすかになるでしょうね。ローズ男爵家は多くの財産を賠償金として差し出し、しかも跡取りが罪人となったのだから、没落は時間の問題ね。それとあの侍女は、取引に応じて真実を話したから修道院へ送り、家門には責任を求めない事になったわ」
「そうですか。……侍女は、なぜローズ男爵令息の言いなりに?」
「結婚の約束をしていたそうよ。それで、自分も王家の親族となれると思い、協力したそうなの。でも実際は、ローズ男爵令息は別の家門の令嬢との婚約を進めていたの。その事を教えたら、すぐに真実を話したそうよ」
「そうでしたか……」
「という事で、エリザベート嬢、約束をしたのに調査をおろそかにし、更に迷惑をかけてしまった事を謝罪します」
「いえ、とんでもない事でございます」
エリザベートに謝罪した後、王妃はルークの方へ目線を移した。
「そしてルーク・ゴールド、わたくしの命を救ってくれた貴方にも、更に迷惑をかけた事、謝罪します」
「あ、いえっ! そんな、まったく、ぜんぜん、大丈夫です!」
慌ててそう言ってペコリと頭を下げるルークに王妃は、
「身を呈してわたくしの命を守ってくれた事に対し、感謝します」
と礼を言った。
王妃は『悠々自適な隠居生活』をとても楽しみにしていたのですが……なかなか希望通りにはいかないものです。




