自暴自棄
「皆、本当は俺の事を王に相応しいとは思っていなかった。母の事を小国の王女だと軽視していて、俺の事も侮っていたんだ!」
「貴族の方々はそうかもしれませんが、国王陛下はレオンハルト様の事を次期国王にと望んでいらっしゃいました。王妃殿下もです」
「そんなわけないだろう! あの女、自分の産んだエドワードを王位につけたいはずだ。エドワードも、俺を補佐するとか言って、本当は自分が俺に取って代わろうとしていたんだ……そうだ、きっとそうだったんだ!」
「レオンハルト様、貴方はどれだけ大切にされ、優遇されていたか、きちんと把握するべきです」
エリザベートは叱りつけるように、強い口調で言った。
「貴方を王太子でいさせるために、陛下と妃殿下がどれほど心を砕いていらっしゃったか。エドワード様も、貴方がルチア嬢と遊んでばかりいる間、文句も言わずに代わりに仕事をしていたではありませんか」
「いや違う! あいつは俺がルチアに騙されているのを知って、ほくそ笑んでいたに違いない。そうだ、エリザベート、お前もそうなんだろう? 俺を捨てて、エドワードに付いたんだろう?」
「……まったく……話になりませんわね。そういうくだらない妄想で人を責め、自分を正当化する事しかできないのならば、もう、話す事などございませんわ。お引き取り下さい」
そう言うと、レオンハルトは悔しそうに顔を歪めながら、扉へと向かった。
(……結局、最後の会話もこうなってしまうのね。残念だわ……)
ガチャリ
金属音が響き、レオンハルトが扉を開けて出て行ったのかと、音の方をエリザベートは見たが、
「……レオンハルト様?」
レオンハルトは、まだ部屋の中にいた。
(さっきの音は、扉の鍵を閉めた音?)
大股で再び目の前にやってきたレオンハルトを、エリザベートは睨んだ。
「まだ、何か?」
「……そなたが選んだ方が、王太子になる」
「何を言って……キャッ!」
両肩を掴まれ、エリザベートは思わす声を上げた。
「賢く、語学が堪能で神語まで学び、各国の歴史や情勢にも詳しいエリザベート。福祉や慈善活動もし、最近ではこれまでに無い菓子を作ったり斬新なドレスを作ったりして、今後それは外交でも随分役に立つだろう。そんなエリザベートが王妃になるのが一番だと、誰もが思っている。そなたがあの時俺を拒絶していなかったら、俺は王太子のままでいられたんだ。そなたが嫌だと言ったから、俺は王太子ではなくなったんだ!」
「そんなわけないでしょう! 貴方が王太子の資格を剥奪されたのは、すべてご自身の行いのせいですわ。ご自分のなさった事に、責任をとるのはあたり前の事です」
「いや、違う! 俺は悪くない。俺は嵌められたんだ。ルチアに。そして王妃とエドワードと第二王子派の貴族達に!」
「自分が悪いくせに、被害妄想が酷すぎますわ! いい加減にして下さい!」
「うるさい! 黙れ!」
肩から首へと手が移動し、力が込められる。
「なっ……離し、て……」
「さっき言っていたよな? 王太子妃になる時、純潔のままか調べられると」
「それが、なに……」
「今ここで、そなたを俺のものにしたら、エドワードの妻にはなれないな」
「何馬鹿な事を言って……もしそんな事をしても、貴方は王太子にはなれませんわ。もっと立場を悪くするだけっ」
首を絞める力が強くなり、エリザベートは顔を顰めた。
浅いながらも、まだ呼吸はできる。しかし、締め付ける手から逃れようと力を込めて外そうとしても、全く緩まない。
「……すぐそこに、皆がいる、のですよ」
「大声は、出せないだろう?」
「はっ……かはっ……」
更に手に力を込められ、声を出せない状態になる。
「安心しろ。そなたが純潔だったという事は、ちゃんと俺が宣言してやるから」
「……不要、で……」
睨みつけるエリザベートを嘲笑い、レオンハルトは首を絞める手を片手にし、もう片方の手でエリザベートのドレスの裾をたくし上げた。
「怖がらなくていい。大人しくしていれば、酷くはしない」
「……仕方が、ありま、せん、わね」
苦しい中、ようやく出る小声でそう言うと、エリザベートはレオンハルトの両頬に手を当てた。
「そうだ……そうやって大人しく、グアッ!」
ガシャ――ン!
レオンハルトが声を上げるのと同時に、大きな音が響いた。
「キャ――ッ!」
大きな音に驚き悲鳴を上げながら見ると、大きなガラスが割れて窓枠と共に散らばり、そこからルークが部屋に飛び込んで来たところだった。
「エリザベート様!」
「ルーク!」
足が露わになるほど上げられたスカートに、エリザベートの胸に顔を埋めているレオンハルトを見て、ルークが怒りの形相になり、
「エリザベート様から離れろっ!」
あっという間に駆け寄って、レオンハルトを蹴り倒した。
「グアアッ、ウウッ」
床に倒れ、苦しそうに転がるレオンハルト。
「よくもっ、よくもエリザベート様をっ!」
その上に馬乗りになり、鬼のような形相でレオンハルトの顔を殴りつけるルーク。
「ルーク! ルーク! わたくしは大丈夫よ! もういいわ!」
しかしその声は耳に入らないのか、拳で殴り続けるルークの背中に、エリザベートは抱きついた。
「ルーク! もうやめて!」
「止めないで下さいエリザベート様! 絶対許せないっ!」
「大丈夫、何もされていないから! ルーク! ルーク!」
ぎゅうっと強く抱きつき名前を繰り返し呼ぶと、ようやく、ルークの動きが止まった。
「エリザベート様……本当に……本当に大丈夫なのですか?」
「ええ、ええ、本当よ。ありがとう、ルーク……」
顔を手で覆いうめき声を上げるレオンハルトから降り、二人は向かい合って床にペタリと座った。
「ルーク、手が……」
「あ、触らないで下さい、エリザベート様が汚れてしまいます」
「いいえ、いいの、ルーク……」
レオンハルトの血だけではなく、ルーク自身の血でも赤く濡れた手を、そっと両手で包み、胸に当てた。
「ルーク……貴方の事が、好きよ。大好き。愛しているわ」
「え……でも……」
戸惑った表情で、エリザベートを見るルーク。
「前に、そういう対象ではないと……」
「ええ、あの時はそう思ったわ。でも、違ったの。わたくしはルークに愛されたい。ルークにとってわたくしが、主人ではなくもっと特別の女性であればいいと、そう願っているの。でも、貴方の心が変わったのであればそれは仕方がないと思って」
「変わるわけが!」
包まれていた手を払うようにし、今度はルークがエリザベートの手を握った。
「変わるわけがありません! 僕の心はエリザベート様でいっぱいです! 僕はエリザベート様を愛しています! 心も、身体も、忠誠も、全てエリザベート様に捧げます!」
「ルーク!」
二人はしっかりと抱き合い、そして嬉しくて堪らなくなったエリザベートは、ルークに口づけをしようとしたが、
ガチャン
扉の方から金属音が響き、驚いて見ると、扉が勢いよく開いて護衛騎士、そしてその後ろからヴィクトリア、クリスティーナ達が中に入ってくるのが見えた。
「あ、え、ああっ!」
慌てて立ち上がり、皆が到着する前に気を失っているレオンハルトにジャバジャバ水をかける。
「す、すみません! カッとなって何度も殴ってしまった……」
「いいのよ、治してしまえば問題ないわ。それにわたくしも、ルークが助けに来てくれたまさにその時、紅茶を入れるのに適温のお湯を首元に流し込んでいたところだったから」
「!」
「フフッ、気が動転してて、ちょっと反撃が遅れてしまったけれどね。さ、ルークの手も出して」
ルークの手にもポーション水をかけながら二人で小さく笑っていると、レオンハルトの元には護衛兵とエドワード、テオールが、そしてエリザベートとルークの元にはヴィクトリア、クリスティーナ、リアム、ダニエルが駆け寄った。
「リザ! 大丈夫なのっ?」
「ええ、この通り、問題ないわ」
「この通りって……んん……」
乱れた髪、濡れたドレス、散乱したガラスと木枠、位置のずれたテーブル、床に転がるティーカップ……そしてビショビショのレオンハルト……。
「ん――、まあ、リザが大丈夫だと言うのなら、そうなのでしょう。良かったわ」
「心配かけてしまってごめんなさいね。それにしても、よく中に入って来たわね。ルークもだけれど」
いくら心配でも、王子が人払いをして対話をしている場に入るのは、なかなか難しい決断だろう。
「これで、中の状況がわかったからな」
皆から遅れてやって来たザカリーが差し出した手の上には、大きなオニキスのブローチが載っていた。
「これ、クリスがいつも着けているブローチ……婚約の品としてオニキス先生に贈られた」
「はい。さっき部屋を出る時に落としてしまったみたいなのですが、慌てていたから気付きませんでした。このブローチは、お兄様がわたしの事を心配して作ってくれた魔道具で、離れた所でも声が聞こえるようになっているんです」
「声? 魔道具? オニキス先生が作った?」
「また何かあっては、と思ってな。ソファーの所に落ちていた。無くさぬよう気を付けなさい」
「はい、お兄様。ありがとうございます」
クリスティーナは嬉しそうに笑ってブローチを受け取り、エリザベートは心の中で『ありがとうクリス!』と手を合わせた。
ルークが突入した時にレオンハルトがエリザベートの胸に顔を埋めていたのは、熱湯を浴びて苦しんで、たまたまそういう姿勢になっただけですが……ルークの逆鱗に触れてしまいました。




