真実を申し上げます
会場が、静まり返り……次の瞬間、ハチの巣をつついたかのような喧噪に包まれる。
「なに? なんて言ったのあの人」
「エリザベート嬢に指示されてドレスを汚したと言うようにと、ルチア・ローズに脅されたって」
「ええ、確かにそう言ったわ!」
「嘘だろ? オイ!」
「嘘じゃないわよ! やっぱりあの女、酷い女だったのよ!」
「シッ! 滅多な事言うな! ルチア嬢はレオンハルト様の……」
「あっ……」
壇上の、レオンハルトとルチアに視線が集まる。
「なっ……そなた、何を……」
狼狽するレオンハルト。そしてそんな彼にしがみ付いているルチアは、マーガレットを憎々し気に睨みつけていて、これまで見せたことがない醜悪なものだった。
「嘘偽りを申すな!」
「は、はい、先ほど王太子殿下が真実を言うようにと仰いましたので、真実を申し上げました」
その言葉に、レオンハルトはますます顔を赤くする。
「た、確かに、わたくしが持っていたワインのせいでローズ男爵令嬢のドレスが汚れてしまいました。ですが、決してわざと汚したわけではございません。わたくしはただ、立っていただけで……ぶつかってきたのはローズ男爵令嬢の方です。その証拠に、その場ではローズ男爵令嬢の方が『ぶつかってごめんなさい』と仰いました。ですが、一緒に休憩室に行った途端、激しく叱責されて……」
震えながらも、マーガレット・ミルリーは必死にその場に立ち、話し続ける。
「ローズ男爵令嬢は仰いました。『わたしのドレスを汚して、タダでは済まないわよ』と。『田舎者は知らないだろうけど、わたしは王太子殿下の恋人で、王太子妃になるのだから』とも言っていました。王太子殿下の婚約者はスピネル公爵令嬢のはず、と言ったら『エリザベート・スピネルがレオンハルト様に捨てられたのは、王都では誰もが知る事実。今はこのわたしがレオンハルト様に愛されている唯一の女性よ』と。そんな自分のドレスを汚したのだから、田舎の力のない伯爵家なんて簡単に潰せると言われました」
シーンと静まりかえった会場に、マーガレットの声が響く。
「わたくしは、わたくしの粗相で我が家門を、そして大切な領地、領民達に迷惑をかけてはと、必死に謝罪しました。田舎者でパーティーに慣れていなかったと、自分に出来る事ならなんでもするからどうか許して欲しいと、床に膝をつけて謝罪しました。するとローズ男爵令嬢がもういい、邪魔だからさっさと出て行って、と仰ったので、ようやく部屋を出る事ができました」
「そんなの嘘だわ!」
ルチアが叫ぶ。
「わたし、そんな事言った覚えありません! 信じて下さいますよね、レオン様!」
「勿論だ、ルチアがそんな事を言うはずがない。ミルリー伯爵令嬢! よくもルチアを侮辱したな! これもエリザベートの指示か!」
「いえっ! 滅相もございません。わたくしはスピネル公爵令嬢と、言葉を交わした事もございません。本当に、ずっと領地で暮らしてきて……王都には王太子殿下のパーティーで初めて来たのです」
「そんな戯言、信じられん!」
「……いや、彼女の言った事は本当の事ですよ」
マーガレットの隣に、スッと寄り添った姿があった。
「ディラン! お前!」
「王太子殿下の成年パーティーで、私は彼女がルチア嬢のドレスにワインを零したところを偶然目にしました」
いつもの砕けた言い方ではなく、神妙な面持ちでディランは言った。
「少し離れた所からですが、私の目には、ワインを持っているマーガレット・ミルリー伯爵令嬢にルチア・ローズ男爵令嬢がわざとぶつかったように見えました」
「なっ……」
「そして、互いに謝罪し、休憩室の方へ行きましたが、その後、血の気の引いた顔で出て来たミルリー伯爵令嬢に会いました。様子がおかしいと心配になり声を掛けましたが、大丈夫だとの返答だったので、その場はそれで終わりました。しかし、最近になり、ミルリー伯爵令嬢から相談を受けたのです。ルチア・ローズ男爵令嬢に嘘の証言をするように強要されているので助けて欲しい、との事でした」
「嘘よ! 酷いわディラン様! どうしてそんな事言うんですかっ!」
「ディラン貴様! 自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「ええ、わかっておりますよ、王太子殿下、ルチア嬢」
落ち着いた口調で、ディランは言った。
「私は、真実を話しております。それがルチア嬢の、ひいては王太子殿下の益とならない事であっても、こんなくだらなく醜悪な茶番劇は、国の為になりませんから」
「ディラン……」
睨み殺すかのようなレオンハルトから目を逸らさず、ディランは『さあ、話の続きを』とマーガレットに囁いた。
「少し前に、ルチア・ローズ男爵令嬢から手紙が届きました。手紙には、クリスタル学園の卒業パーティーに合わせて、王都に来るようにと書かれてありました。詳しい事は会って話すけれど、来なければどういう事になるか……と。ミルリー伯爵家を潰されるのではと不安になり、王都に来ました。そして会って話したところ、パーティーでスピネル公爵令嬢に指示されてドレスを汚したと証言するように言われました。証言すれば、ミルリー伯爵家とその領地に対して何も罰は下さないと……」
「黙りなさいっ! 貴女、わたしを貶めるつもりなのね!」
「違います、嘘など言っておりません!」
「いいえ! 嘘よ! 酷いわっ! レオン様! こんなの酷すぎます!」
「ああ、ルチアの言う通りだ! ミルリー伯爵令嬢、ルチアを侮辱した罪、償ってもらうぞ!」
「…………っ」
マーガレットは恐怖の表情を浮かべ、ヨロリとよろけたが、ディランが両肩を掴んで支えた。
「レオン! なぜルチア嬢の言葉だけを信じるんだ! よく考えてみろ! なぜ王都に来たばかりでエリザベートと面識もないミルリー伯爵令嬢が、ルチア嬢のドレスを汚す必要がある? エリザベートは、そんなくだらない嫌がらせをする人物か? 違うだろう!」
「王妃になれないから悔しくてやったに決まっている! もう何年も何年も、王太子妃、そして王妃になる事ばかり考えて努力してきたのに、急に現れたルチアに俺を取られたんだ。腹を立てて嫌がらせするに決まっているだろう!」
「レオン……お前、そんな事を……」
何を言っても響かないレオンハルトを見て、ディランは悔しそうに声を漏らしたが、
「……わたくしの事を、勝手に決めないで下さいます?」
エリザベートの凜とした声が、その場に響き渡った。
ディランは友として、臣下として、レオンハルトの為に言ったのですが、彼には響かなかったようです。




