怒りと決意
「……怒るのは当たり前。それに、絶対自殺じゃないでしょう……」
数日後、ようやく熱が引き、エリザベートはもう一度日記を読み直していた。
きちんと整った美しい書体で書かれていた日記は、ルチアの登場から段々と字が乱れ、荒れていった。
読めないほど乱暴に書かれていたり、インクが飛び散ったり、破り取られたページもあった。
「ああここ、あちこち滲んでいるわ。泣きながら書いたのね……」
辛く、悲しく、何度も日記帳を閉じて心を落ちつかせ、また読む。そうやって読んでいくうちに、エリザベートの記憶が自分の記憶として感じられるようになってきて、さらに、日記に書かれていない事も思い出したりするようになっていた。
そして今、彼女の辛さや苦しみ、怒りを、自分のものとして感じている。
「エリザベートは、すごく怒っていたわ。そして、復讐しようとしていた。自分の境遇を儚んで、死のうなんて思っていない!」
日記を読む前から、自殺ではないと思っていた。しかしそれは、彼女がゲームの中で『悪役令嬢』だったから。
主人公にいじわるをして嫌がらせをするような人間が、自殺なんてしないでしょう、と思った程度だった。
しかし、今はそうではない。
「エリザベート……あなたの悔しさ、絶望は、しっかりとわたしのものとなったわ」
ゲームをしている時は考えなかったが、婚約者がいるのに別の女性を選ぶという事は、素敵な事ではない。
それだけその女性を愛していたとか、真実の愛を知ったとか、聞こえは良いが、少なくとも今この状態でそんな事は許されない。
(だってレオンハルトは、エリザベートの話をちゃんと聞かなかったもの。勝手にエリザベートを悪者に仕立てあげて、ルチアを庇ったのよ。これまでいろんな事を我慢して、努力し続けたエリザベートを蔑ろにして。しかもあの二人、もうしっかり恋人同士じゃない。エリザベートが落ち込んで帰って来た日の事、日記には書いて無かったけど、思い出したわよ。なんてひどい裏切りなの!)
なぜ自分がこの世界に来たのか、わかるような気がする。
(わたしも、愛している人に裏切られてすごく悔しかった。本当に大好きで、わたしの事も同じように愛してくれていると思って疑わなかった。再就職して生活安定したら結婚しようって言われて、すごく嬉しかった。そんなの、出まかせだったのに!)
自分が死んで、彼はその後どうしたんだろう、と考える。
(警察の取り調べとか受けたんだろうか。わたしを殺したって疑われたりしなかったのかな。わたしが死んだのは、自分のせいだって思ったりしたのかな。……ああ、どうせなら、辛い思いをしていてほしい!)
他人の不幸を願うなんて、良い感情と言えないことはわかっている。
けれども、恨みがあるのは事実だ。
時間が経てばどうなるかわからないが、今、全てを許して彼の幸せを祈る事なんてできない。
(この負の感情が、同じような悔しさを味わって死んでいったエリザベートとリンクしたんだわ。……わたし、あなたの気持ちがわかる。悪役にされて何者かに毒を盛られて、誤解されたまま復讐する事も出来ずに死ぬのは、本当に悔しかったでしょうね。わたしが、あなたの無念を晴らすわ。エリザベート・スピネルとして、決して、悪役のままこの舞台から降りたりしない。絶対に、幸せになってやる!)
エリザベートは日記をギュッと胸に抱いて、固く固く誓った。
怒りはパワーになります。




