女性の正体
「おい待てよ!」
ボルグが怒鳴った。
「その犬はご主人様の俺たちに爪を立てたんだぞ! 主人に歯向かった奴隷も処罰するべきだろ!」
ボルグはそんなことを言い出した。
すると女性はボルグを馬鹿にして笑う。
「あら、その辺の割れたガラスやお皿で切ったんじゃないの?」
その言い方を聞き、この人がタオグナの味方だと直感し、ホッとする。
「ふざけるなよ!」
一方、ボルグは我慢の限界を超えた。
女性に襲い掛かる。
武技も使用し、本気だ。
「無礼者が」
女性が連れてきた男性の戦狼人がボルグの前に立ちはだかる。
「退けよ! 俺は強いぞ!」
「強い?」と男性の戦狼人が首を傾げる。
そして、ボルグの頭を掴み、床に叩きつけられた。
ボルグは一撃で気を失ってしまう。
「ちょっとケフンガー、死んでいないでしょうね?」
女性が言う。
「手加減したので大丈夫だと思います。弱すぎたので自信は持てませんが」
ボルグが全く勝負にならなかった。
わけの分からない強さだ。
分かったのは男性の名前がケフンガーさんということだけだ。
「なんなのよ、あんたたち!」
呆然としていたエナが叫んだ。
「だから、人権団体よ」
「あんたたちの行動のどこが人権団体よ! 勝手に上がり込んできて、滅茶苦茶して……私たちの奴隷を私たちがどう扱ってもいいでしょ!?」
「そういう時代は終わったのよ。今の女王が即位した時にね」
女性が女王と言った瞬間、エナが馬鹿にしたように笑った。
「女王? あんなの所詮、気持ち悪い蛇人族でしょ!?」
このタオグナ(街の名前の方)には多くの種族が存在する。
それを束ねる女王は蛇人族という上半身が人間、下半身が蛇の姿をした半人半蛇の亜人である。
かつてはこの大陸で最も下位の種族で、異様な姿から迫害を受けていた。
「蛇人なんて、獣人よりも気持ち悪いわ」
「じゃあ、あなたたちはなぜその気持ち悪い蛇人族が統治するこの街へ来たのかしら?」
「…………」
エナは黙った。
この街へ来た理由は知っている。
この大陸で最も栄えている街が『タオグナ』だからだ。
身分や種族に関係なく、能力さえあれば、出世し、成り上がれる。
憧れの場所だ。
事実、貧しい村の出だった俺たちが二十歳前で屋敷を持てた。
「私も少し考えないといけないわね。いい暮らしをすると知能が獣以下になってしまう馬鹿もいることを知ったわ」
「馬鹿ですって!? さっきから何なのよ。それにあなた、そのタオグナが私たちを襲ったことをなかったことにするつもりみたいだけれど、そんな権限あるのかしら。若いし、下っ端じゃないの!?」
エナは少しでも口論に勝ちたいようだった。
しかし、エナの期待とは違い、女性は不敵に笑う。
「権限? そうね、私が晴れ、と言えば、曇りの日でもみんなが晴れと言うんじゃないかしら?」
「はっ、何を言って……?」
直後、女性の体が変化する。
整っていた顔はさらに美しくなる。
でも、そんな変化は些細なことだと思った。
なにしろ、二本の足が一本になり、蛇の尻尾になったのだ。
「蛇人……」
エナは驚く。
「初めまして、私はパトラティアよ」
パトラティア……パトラティア!?
それはこの国の女王の名前だった。
エナも理解したようで、口をパクパクしている。
「これで私がどれほど権限は持っているか分かってくれるかしら?」
「えっ、あっ、その……」
エナは何を言えばいいか分からないようだった。
女王陛下はエナに近づく。
「そういえば、さっき蛇人族を気持ち悪い、と言ったわね? それは女王陛下である私にも向けられているわよね?」
「ち、違……」
「私は今、古すぎる法律を変えているわ。でも、不敬罪に関してはまだ新法を作っていないから、古い法律に当てはめるなら……死刑ね」
「死……そんな……」
エナは絶望し、震え始める。
「しかもただの死刑じゃないわ。手足に縄を括りつけて、牛に引っ張らせるのよ。死ぬまでに半日以上かかるし、刑に処された者は苦しさのあまり、殺してくれ、言うのよ」
女王陛下はニコッと笑った。
笑った人に対して、怖いと思ったことは初めてだった。
「あっ……がっ……」
エナは恐怖のあまり泡を吹いて、気絶する。
そのまま女王陛下の臣下たちがエナを連行していった。
ボルグとリリアンもすでに連行されて、部屋に残ったのは女王陛下とその部下の人たち、そして、俺とタオグナだけになった。