プロローグ2:夢幻-非現実的な始まりの舞台-
……私、高野みくるは非常に暇をこいていた。
オタクである私はそれこそ同人誌の購入待機列と言う名のレジ待ちで待つのには慣れているが暇すぎる。編集ソフトをくれ、今なら私が何本でも動画を作ってやるよ。
私が暇こいてるのはもちろん、先ほどの事件が原因だ。
顧問の先生が待機を指示してから数十分過ぎているのに一向に戻ってこないのだ。なぜサーバーがやばくなって我々が待機せねばならんのか、未だに不明だった。藤川とかほかのメンバーもおかしいと思ってるのかそわそわしている。ああ、面倒くさい。
もう寝ようかな、と思って私は机に突っ伏し、うとうとして……そのまま、しばらく眠った。
***
「おい、豆腐、起きろ!! この寝坊助!!」
「うーん、もっと食べたい……」
「典型的な夢を見てんじゃあねええええええ!!!」 「ぐぇえ」
私が藤川に小……いや、ど突かれて目を覚ますと、それはそれは奇妙なことが起こっていた。
……私が豆腐呼ばわりになっていた理由?ああ、もちろん「高野」と高野豆腐とをひっかけて……いや、待ってなんで私は豆腐呼ばわりを受け入れてるんだ?
……余計なことを考えるな私、今は周囲に注意を向けるんだ……。そう自分に言い聞かせ、周囲を警戒しながら見回しつつ、一言感想を漏らす。
「こ、ここはどこだ……!!??」
そこには、見たこともない風景が広がっていた。パソコン室の机とPCだけはそのままに、あたり一帯にメカメカしい空間が広がっていた。
「お前が寝始めて数分経ってから、急にパソコン室でおかしな音がし始めて……それで、催眠ガスっぽいのがパソコン室に充満して、全員寝てしまった。それで、気づいたらこれだ」
SF作品なのか。SF作品の中なのかこの空間は。
そうだ、きっとこれは現実じゃなくて漫画か小説の世界の夢だ。きっとそうであるに違いない。そうであってくれ頼むから。あれ頬っぺたつねってもいたくない。現実ですか。……諦めますね。
私以外の部員も次々に目を覚まし、やがて最後の一人が目を覚ました。瞬間。
目の前のPCのモニタに一斉に、ローブを着た人物が映された。ゲームの世界みたいだ。
「……やあ諸君。私の名はテオドル・オーゲン・ニムケ。これから君たちに任務の指令をする組織である「ワールドオカルティストユニオン」の幹部……だ。突然だが、君たちには、ある仕事をしてもらう。拒否権はない。こっちには人質がいるからな。逆らえばそいつを殺す。」
出た! ホラー小説特有のわけがわからない組織! いやまて、そう考えるともしかしなくても今レベル1でラスボス部屋に来てるのと同じことだろうそれは!
……現実が受け入れられなくて、下らないことばかり考えてしまう。ああ、現実逃避はやめよう。
あー、それにしても、えー、このひと、ずいぶん、低い声だ。変声器を使っているんだろうか。名前からして……おそらくドイツ出身の人なのだろう。日本にずっと住んでいる可能性もあるが。
ってか、ホラゲ確定だなこれ。
その言葉を受けて気づいたのか、大立が恐ろしい事実を口にする。
「……あ、浅井と、青山と、飯田と、佐々木と、岩崎が……いない……」
こちらの声は向こうに聞こえているらしくて、
「そう、あー、アオヤマ・ヒロヤスと、アサイ・カズキと、イイダ・リョウスケと、イワサキ・ヒロム、それから、えー、ササキ・サク……?を預からせてもらった。彼らが死んだら困るだろう?
だから、我々に協力してもらうぞ。そこの4人……タカノ・ミクル、ココロ・ヤマト、フジカワ・ゲンバ、オオダテ・アオイ!」
とテオドル氏は言い放つ。何この映画みたいな展開。でもヤバいぞこれ。まあ、とりあえず今は叫ぼう!
「「「「み、みんな――!!!!」」」」
……あれ、さっきなんか名前疑問形だったよね??? 資料読めてないやつじゃないの???
……だーもう、ふざけるのはやめよう。
「それはつまり全員引き受けるということだな。お前らには、エージェントのようなものをやってもらう。怪異を退治するためにな。」
おいおいおい、待て!!! 怪異退治ってプロの除霊師とかがやるアレじゃねーか!!!!
みんな、命の危険を感じたのか黙りこくっている。いや、その、何このホラゲ。
しかしどうしよう、みんなを助けるために命を懸けるなんて……
いや、できるに決まっているわ!!!! 誰が、誰が後悔する道を選ぶというんだ!
友達のためなら、目の前で苦しんでいる人のためなら、命だって簡単に捨てることができるわ。こういう夢の中でも、私は何度だってその選択をしてきたし、ある種の覚悟は決まっている。大体自分の所為でみんなを死なせたらいやすぎる。
だって、私が一番嫌いなのは他者を傷つけたり、迷惑をかけたりすることだから。
「私、皆を助けるために戦います!!」
と、私は声高らかに宣言する。
周りのみんなはどうするのかな、やっぱり怖いから辞退するのかな……?
そう思ったが、心配は無用だった。
「仲間というか主を見捨てるのは武士の名折れだ」と藤川は心に決め、
大立は「藤川がやるなら、というか皆に勝手に死なれたら胸糞悪いし」と、
志先輩は「まあ、先輩としてさ! かっこいいところを後輩に見せてやるしかねえか!」
と、戦うことを決めた。
でもきっと、皆が戦う理由は、本当はそんなものではない。
……それぞれの本当の動機は胸にしまい、戦いに身を投じることを決めたのだろう。
やっぱり、みんなは強い。私なんかに比べて、何百倍も、何千倍も。
「全員覚悟が決まったようなので説明させていただく。」
全員が不安そうにしている中で、テオドルさんによる説明が始まった。
「今回、皆に討伐を頼むのは……吸血鬼の守護者で精霊化した人間だ。」
……う、胡散臭い。と、思わず疑念を抱いた。
「それほんとにいるわけ??まるで中世の言い伝えのようだし、想像上の生物の話を……」
と、私が言いかけると、テオドルさんはものすごい剣幕で怒り始めた。
「想像上では断じてない!!! 本当に存在しているのだ!!!! もうすでに何十人もの人間が奴の所為で死んでいる!!! お前らの家族にだって危険が及ぶのかもしれんぞ!!??」
……怒るポイントがまともな人間すぎる。この人、実はいい人なのではないだろうか。
「とにかく、そいつをどうにかすればいいんでしょ?」
と志先輩は楽観的だ。
「そんな楽観的で大丈夫でしょうか?」
と私。
「問題ない」
と志先輩は返してきた。いや、それは大丈夫じゃないフラグ。
「そんな簡単に……相手は+1武器じゃないと効かなそうな連中ですよ?」と大立。
正論を素敵なたとえと共にくれてありがとう。ナイス。
「ってか生身の人間にどう戦えと」と私がツッコミを入れると、
「まあ、指示に続きぐらいあるだろう」と藤川が言う。
テオドルさんの様子を見る限り、どうやら、藤川の言う通り、指示には続きがあるらしい。いや、話が長いと聞くのも面倒くさいからさっさと説明を手短にしてくれると助かるのですが。
「仲間割れせずに、まずは話を聞いてほしい。君たちには、カナガワ県のエノシマに行ってもらい、泊まり込みで任務をこなしてもらう。その吸血鬼なんだが、ユイという少女だそうでな、彼女は全く人間に対する悪意は抱いてないらしいんだ。」
ほーん?
「まずは、なんとかして彼女に接触してほしい。そして、できれば彼女自身の手で精霊をこの世から解き放ってもらいたいんだが、どうしようもなくなった時には戦ってその精霊を撃破してくれ。」
精霊、吸血鬼、……。本当に現実味がない。
「そのために対怪異専用の武器、通称イザヨイ……まあ通称こそすべて同じだがそれぞれ元になった武器も得意分野もサイズも違うがね……を人数分支給している。まあ、支給されているのは全部銃なんだが。普段は超小型スイッチだが、スイッチを押すとそのスイッチのあった場所に出現する。今は出してある状態でおいてあるはずだ。」
不思議な武器だ。支給と聞いたので、気になって周囲を見回すと、この部屋には似つかわしくないアンティーク調の机があり、確かにその上に何かの武器らしきものが並んでいた。
「スイッチが変形してるようにも見えるかもしれんな。普段は出すんじゃないぞ。後でケイサツの人に説明するのが面倒になる。簡易防具もそれぞれ全員分支給してある。君たちの命が簡単に失われぬように、こちらも手を尽くさせてもらう。……のような犠牲者が……ないよう……。」
最後の方、彼は何か悲しそうな声で話していたが、よく聞き取れなかった。
「とにかく、任務にしっかり励むように。学校では公欠扱い、家には無料の部活の合宿だと前もって連絡している。」
……歯向かうと後が怖いので、話を真剣に聞いていた皆だったが、彼の指示が終わると、一斉に騒いだ。
「「「「うおおお!!! 休みだ!!!!」」」」
テストはあんまり近くないし!! 心置きなく休める! やった!
「わかった。わかった。そんなにうれしいなら君たちの任務が終わったら私もそちらに向かって、少しだけでもゆっくり過ごさせてやるから……それでいいね?」
……太っ腹だ。やっぱりただのいい人では?
こうして、みんなはテオドルさん提供のバケーションパッケージを目指して……いや、囚われの魂を解き放つために戦いに身を投じることにしたのだった。
中二病みたいな言い方だったが、まあ最優先は人質にされた皆の解放だ。それだけは忘れてはいけない。忘れたくない。
支給された銃……イザヨイを見れば、いろんな種類があった。
オートマチックの拳銃2丁、リボルバーが2丁、ショットガン1丁、ライフル2丁、サブマシンガン1丁、そしてグレネードランチャーが1丁。
リボルバーは私が、オートの拳銃は藤川と大立が、ライフルは志先輩が、それぞれ手に取った。
残りはおそらく、人質から解放されたみんなが、それぞれ受け取るのであろう。
そこからは、イザヨイの扱いと射撃の練習を数日間ぶっ通しでやってから……出動という流れになっていた。ああ、不安だ。
こうして、私たちの部活は表向きには変な部活、実際はゴーストバスターズもどきという珍妙な集団になるのだった。……そうなると思っていた。
結局そんなことは起きることがなく。
吞気こいていられるのもこの時までで。
多くの戦いが命がけで、悲しい結末ばかりで。
―これから先、私たちがさらに大きな事件に巻き込まれ、世界の命運に関わる戦いに身を投じることになるのは……この時の私たちは、まだ知らない話である。