第拾伍話 久しぶりの学生生活
……ああ、どうしてあんなに精神的にギブアップ寸前に追いやられ、完全に発狂したのが噓のように気分が晴れやかなのだろう。そして、どうしてこんな気持ちで、転校?をしてきた学校の教室の前に立っているんだろう。
「防衛システムさんが独自の技術で精神安定プログラムを行ったからですよ、先輩。では、僕はこの先の1-C組なので。」と、まるで、心の中で疑問に思っていることに答えているかのように、佐々木くんは小声で告げると、すぐに立ち去っていった。
しかし彼も、中学生ではなく高校生として……年齢を偽装して、ここに来させられたという話を聞いていたが、本当に高校生として参加しているとは。授業は大丈夫なのかな……
……でもまあ、とんでもなく頭のいい子だから、どうにかなるだろう。彼は、この部活の中でも珍しく、いい意味でずれた脳回路をしている藤川の話にまともについていけるほどだし。
……彼の言う、精神安定プログラムとやら……はっきりとは思い出せないが、なんだかずいぶんさわやかな味のするサイダーを飲まされたことだけは覚えている。マズくはなかったが、ミントのような香りがした。
「ほら、入るぞ。僕らはA組だし、ここで合っているんだから。ほら、早く。」と、浅井が言う。促されるままに僕は教室に入る。すると、目の前には、あれほどまで渇望していた「普通の日常」が広がっていた。
「お、転校生が来たみたいだ。では二人とも、自己紹介をお願いします。」
ドアを開けた瞬間にこれかぁ、本当に普通の学校なんだなあ。
あんな防衛システムがあったりすることなどを除けば、だが。
お前から言え、って目線を送ってくる浅井に、僕は少しムッとしながら名前を告げた。
「……初めまして、僕は飯田遼輔です。これから一か月の間、よろしくお願いいたします。趣味はアニメの鑑賞とゲームをすることです。」
僕が自己紹介すると、クラスの人々は少し笑顔を浮かべた。
「はい、拍手~!次、浅井くんよろしくね!」
「初めまして、浅井和樹です。趣味はカードゲームのカードのコレクションです。これから一か月間、よろしくお願いします。」
浅井も自己紹介を終える。……と同時に、教室中がざわめいた。
「……意外と普通だね」「……エリンと一緒に戦う戦闘員って聞いてたからてっきり悪魔かバーサーカーかと……」「ちゃんと人間だったわ……意外……」
……僕らの事を人外か何かだと思っていたらしい。
バカだなあ、僕たち部活メンバーに、人外なんていないのに。
まあたとえ人をやめちゃった人がいても、きっと心は変わらないだろうなあ。だって、この部活のメンツだもの。
「二人とも、一か月の間よろしくね。じゃあ、浅井君は廊下側の一番後ろの席、飯田君は窓側の前から三番目の空いてるところに……」
と、先生が促しかけて絶句した。どういうことなのだろうか、と思ってそちらを見て理解した。
僕の指定された席の左隣に、そう、見るからに怖い生徒が座っていた。
……不良だ、明らかに不良だ。服装がおかしいからわかりやすい。不良が出てくるアニメやドラマで見るような改造学生服。ああ、実際に見るとチョッピリ怖いかもしれない。
ってか、どうしてそんな不自然なところが空いているんだ?
先生に指定されているし、仕方ないのでその空いている席に座ると、声をかけられた。
「誰だ、あんた」
さっきの先生の話を聞いていないー!
「はいっ、さっき自己紹介をした転校生です!」
微妙に怖いけど、返事はどうだろう、いや、まず返事があるのか……?
「……ああ、転校生か。前に来てたやつが休み続けて、いつまで経っても来ねえんでな……この席が話題に上がったんで、何かと思えば、そうか、この空席も埋まっちまうのかよ」
「は、はあ……そ、そうだったんですか……」
……確信した。さっきおかしいとは思ったが、やはり、この席には何かがある。
そんなのは後だ。とりあえずなんとかこの人の人柄をつかまなくては。ま、サンドバッグにされるのも悪くないけどね。痛くないし、むしろ気持ちいいし……。
昔色々あったし、多少殴ったり蹴ったりされてもどうとも思わない。まあМになってしまってる、とも言うが。
「まあ、よろしくな?そんなビビらなくても、あんたがクラスのみんなにちょっかい出さなければ何もしねえからさ」
……機嫌を損ねた感じがしたから本気で暴行されるのを覚悟してたけど、まさか、これは、ぶっきらぼうだけどとってもいい人っていうか、好青年だったか――!?
こっちのやり取りを見てほっとした様子の先生は、恐ろしいことを口にした。
「じゃあ、大丈夫そうだし、ちょっと転校生と会話する時間を設けましょうか!」
せんせぇぃぃぃぃーー!!?? 何を話せって言うのかなああああ!!??
……左を見ると、珍しいものをみるようにこっちを見てくる不良がいる。周りの人は、僕とまともに会話する気はなさそう。浅井の方は普通に馴染んでるのに、どうして僕はこうなるんだ……?
ああ、うん、不良くんと普通に会話してるからかな!
しかし、なんだ!? 君はどこの漫画の、いや、アニメの、いや、何かの創作の主人公なんだい!?
なんで、なんで長ランなの!? よく見たら机の横には太めのズボン……不良が出てくる作品でよく見るやつだこれー!?
「……やっぱり、都会っ子にはこういう不良が珍しく感じるかい?」
考えてる最中に急に隣から声が飛んできて、心臓が完全に宇宙まで飛んで行った。
……僕が彼を見てるんだから、話しかけるよね、うん。
「ふわぁいッ!」普通に答えたつもりだったが、驚きのあまりか変な声が出た。
「……そうか、やっぱり珍しいのか。」焦ってしまって、僕は返す言葉が思いつかない。
……気まずい沈黙が流れた。
「……ああ、君、……あー、名前なんだっけ?……先生の話、聞いてなかったからさ。」
「飯田、飯田遼輔です」
「うん、リョースケ、か。覚えとく。俺は藍原玲人。レイジ、って普通に下の名前で呼んでくれると嬉しい。良かったら、一緒に帰らねえか?どうせあんたも学生寮だろ? 隣の駅の。」
ん???
「……うん、じゃあ、終わったら席で待ってる。」
あ、あれ???
……どうして、どうして僕はいつの間にか一緒に帰る約束をしているんだーー!!??
「はい、交流タイムおしまい! みんな、仲良くするようにね! じゃあきっちり切り替えて、一限目の準備をしておいて下さいね! ……起立! ……礼! ……ありがとうございました!」
こうして僕は、この学園での日々で、とんでもないスタートダッシュをきったのだ。
初日から不良とここまで仲良くなるとか、たぶん同人誌でもないことだよなあ……と思いながら、僕は一限目の数学の準備をしていると、またレイジが声をかけてきた。
この見た目だし、大変なのかもしれない。主に友人関係で。思わず、僕は生暖かい笑みを浮かべた。
この時、僕は大きな過ちを犯した。自らの近くに、ハァハァと息を荒げてこっちを見ながらメモ帳になにかを書き込む少女がいることに気付かなかったのだ。
―僕の胃袋が限界を迎えるまで、あと2日。